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*



 流石に飲みすぎた帰り道はレイチェルの足元もおぼつかなかった。


ふらふら…と揺れる体を彼は支えてくれて、腰に手を回して一緒にゆっくり歩いてくれた。



「わたくしこんなに飲んだのは初めてだわぁ…ふふふ楽しかったぁ…」


「それならよかった」

「あなた、送ってくれてありがとう」

「はぁ、はいはい」


 ずっとレイチェルの隣にいてくれた彼にお礼を言って、家までの道のりを歩いて行く。


 夜空に輝く星々が滲んでしまいそうなくらい夜道に光るランタンの灯りは眩しかった。おかげで転ばずに歩けている。



家の前まで来ると彼から体を離して手を振った。



「わたくしここで大丈夫、弟が起きてしまうから」

「…………そう」

「今日ありがとう、とっても楽しかったわ!また付き合ってくれたお礼をするわ」

「…うん」


 それじゃ、と足を踏み出したら後ろにいた彼はレイチェルの事を大きな声で呼び止めた。


 その声に思わず振り返って「どうしたの?」と聞けば彼は震える声で尋ねた。



「手、触れてもいいですか…?」



 その言葉にレイチェルはそういえば今日男性に免疫をつけようと参加していたハグ大会で結局男性とは誰ともハグしなかったことを思い出し、一度首を縦に振った。


 彼は一歩踏み出してレイチェルの手に優しく触れる。

その仕草に少しだけドキリ、として肩を揺らした。



「ハグ、してもいいですか…?」



 優しく聞いてくれる声にレイチェルは躊躇いながらも二度首を縦に振った。


 ゆっくり近づいてくる彼に心臓をドキドキさせていると、ふわりと体を抱きしめられた。

 自分も腕を回した方がいいのかしら?とワタワタ彼の背中で手をバタつかせていると、彼に「抱きしめて?」とお願いされたのでギュッと自分からもハグを返した。



 バクバク鳴る心臓にレイチェルは頭が沸騰してしまいそうだった。

やっぱり自分には男性への免疫がないし、こうしてハグしているだけなのに胸が苦しくて恥ずかしくなってしまう、と顔がやけどしてしまったようにヒリヒリした。


 いつまで経っても手を緩めない彼にレイチェルは「離さないの…?」と尋ねれば、彼は少し悩んだようにうーん、と声を漏らして少しだけ腕の力を緩めた。



 不思議に思いながらレイチェルは彼の方を見上げる。


 真上の月明りに照らされる彼の姿に目を細める、その深く被った帽子から見えるピンク色の髪の毛と、レース飾りの隙間から見えるパープルの瞳に思わず固唾をのみ込んだ。



「フィン…?」



 レイチェルが確認するようにそう尋ねると、いままでずっと隣にいてくれた男の人が弟と同じような行動をしていることに合致がいった。


 ひゅ…と喉を鳴らしてから、体を離そうと身を捩る。だが力の強い彼の腕からそれ以上逃れることが出来ず向かい合うように見つめられた。


 そのまま彼の手がレイチェルの顔の方へ伸びてくると思い、目をぎゅうっと瞑れば顎を撫でられるようにリボンを解かれ、被っていた帽子を取られた。


「ふぇ………?」

そしてそのまま彼も自分の帽子を外すとにこりと笑った。



「おかえり、おねえちゃん」



いつもの可愛らしい顔で、いつもの無邪気な声でレイチェルの事を呼んだ。


「帽子は外したからもう収穫祭はおしまい、これからは僕たちの日常に戻るんだよ?」

「あ、そうね……」



「ほら家に入ろう?」


 体を離してニコニコ笑う彼にレイチェルは戸惑いながら一緒に手を繋いで玄関の扉を開いた。ぱたり、と扉がしまった途端。



 がちゃり、と扉に鍵を閉められ、バンっと手を付きレイチェルは扉に体を追いやられる。

「それで?」とどこか冷たいような顔の弟に見つめられ、レイチェルは震えた。


「な、なにが………?」

「ハグ大会とか出た理由は?危ないとか思わなかったの?」


イライラしたような顔をしてレイチェルの顎をクイッと持ち上げ見つめられる、その仕草にドキドキと恐怖心が一気に高まる、今夜死ぬかもしれない…と覚悟を決めるレベルだった。


「あ…ぅ……それは…ぅう…」と口ごもればフィンリーは大きくため息をつく。


「シドニー先輩が僕のことを呼びに来てくれなかったら、みすみす知らない野郎におねえちゃん取られるとこだったんだけど…」

ぼそり、と呟きイライラしたまま自分の前髪を留めているピンを解いた。そしてレイチェルの腰元に手を這わせて、なぞるように手を降ろす。



「作ってもらったとはいえ……こんな体のラインが見える服着て、タイトスカートなんてふくらはぎまでスリット入ってるし…背中とか胸元とか……おねえちゃんは警戒心なさすぎるんだから気を付けてって言ったのに!」



 怒って掴まれ持ち上げられた顎に力が籠る。

腰から撫でおろされた手は這うようにお尻を持ち上げレイチェルの体はぐらりと揺れて、そのままフィンリーの方へ倒れた。


「うう……」とうなだれるように声を出せばフィンリーに横抱きにされてダイニングのソファまで運ばれる。ソファでは隣に座られて、手をぎゅーっと握りしめられた。



(めちゃくちゃ怒ってる……)



 心の中でしょんぼりしてから、確かにこういった行為は品位に欠けていたかもしれない…と素直にフィンリーに謝った。そして言うか迷ったが、彼にはちゃんとなぜこんな事をした理由を告げた。



「……は?つまり僕のためってこと?」



 呆れた顔でレイチェルの方を見たフィンリーは、ガクリと腕にのせていた顎を落として頭を抱えた。

 自分のせいで姉がこんな真似したなんて知ったら、この子にも迷惑よね、とレイチェルはかける言葉を頭の中で精一杯考えたがまだ酔いが醒めずポヤポヤしたままの思考には追い付かなくて諦めた。



(明日のわたくしに託します……)



 そう心の中で告げてからフィンリーの言葉を待てば、彼は口元に手を当てたまま固まってた。


あぁ…困っているわ、どうしようかしら…なんて思いながら彼に向かって手を伸ばせば、ガバッと顔を上げたフィンリーに肩を強く掴まれた。



「おねえちゃんは男の人に免疫がないから、慣れたい……。


それなら、僕と毎日触れ合ったらいいじゃん!毎日ハグしよう?免疫がないなら世界で一番安全な僕と免疫がつくまで触れ合ったらいいんだよ!ね?決まり決まり!」



 嬉しそうな表情を向けて、そのパープルの瞳に見つめられた。肩を掴まれていた手はスルリと落ちて背中をなぞってから腰を掴まれた。


「……え?」


「おねえちゃんは僕と免疫訓練しよう?ドキドキしなくなるまで、毎日ずっとハグしてあげる!」

「…そうしたら…フィンとちゃんと姉弟に………」

「うん、僕はずっとおねえちゃんの傍にいるからね。慣れれるのであれば…慣れてよ?」

そう言って彼はゆっくりレイチェルの体を抱きしめた。

トクトク…と心臓が動く、自分からも彼に手を回してぎゅうっと返した。



「分かったわ、おねえちゃん頑張ってみる!フィンよろしくお願いします!」



ニカっと口角を上げるフィンリーは「こちらこそ!」と言ってレイチェルの頭を押さえるように触れた。



「ぎゅ、だけじゃ足りなくなるまで抱きしめてあげるから…任せて」とレイチェルには聞こえないくらいの声量で応えて、そのままソファに横たわった。




―夜はまだ明けない、ランタンの光に照らされて2人は秘密の約束を結んだ。



 レイチェルはドキドキする気持ちを押さえながら、遠くに見えるランタンの光に目を凝らす、そして彼に抱きしめられたまま酔っ払いは自分の腕をフィンリーの首元に回して囁く。



「まだ……寝たくないの、灯りが消えるまでは…起きてないと…」

「ん、いいよ、それなら僕も一緒に起きててあげる」

「ふへ、ありがとう、フィン」



 とろけるような声でポヤポヤした頭を軽く振って、彼に頬ずりしながらジッと見つめる。


 たくさんお酒を飲んだレイチェルはどうしても眠たくなってウトウト彼に抱き着きながら何度も首を振った。そんなレイチェルを見ながらフィンリーは楽しそうに笑って頬に指を這わせた。


「んぇ……」

「寝ていいよ?灯りは僕が見てるから」



優しい声色で呟く彼にレイチェルはこくり、と頷いて返し、眠気の限界を迎えてしまった。





*




 目を閉じてポカポカなぬくもりに包まれる。

消えてしまいそうな温かさを手放さないように一生懸命捕まえれば、眩しい日差しと小鳥のさえずりで目が覚めた。



 頭が少しだけ痛い、気持ち悪さはないけど昨日の記憶がかなり曖昧だった。


ん~っと伸びをしようとして自分の体に巻き付いているものを見つける。


 自分の胸元に埋まる弟の姿は、腕は腰を掴んで離してくれそうにないし足も絡みついていた。どんな複雑パズルだ?と思いながらレイチェルはため息をついて「これは夢ね…」と言って二度寝を決め込む。


 まさかそんな弟とソファで一緒に寝るなんて、そんなそんな、昨晩何があったのかしら…?と冷や汗をダラダラかきながら自分の手を握りしめた。爪が肌に食い込んで普通に痛かったので夢じゃないわ!と目をばちっと開け、弟を叩き起こす。



「フィン!?!?!?これは何があったの!?!?!?!」

「ん…ぇ………?」

「わ、わたくし…え?なんでソファで…」

「おねえちゃんもしかして昨晩の事覚えてないの?」

ドン引いたフィンリーの顔を見てレイチェルはゾッと顔を青くする。



「覚えていなくとも、約束は約束。だから今日からどうぞよろしくね?」



 にこっと笑う彼はレイチェルの胸元の開いたボタンを丁寧に直してくれた。そしてズキズキと痛む頭は昨晩に記憶を少しずつレイチェルに見せていく。


 毎日触れ合う約束を思い出したレイチェルは、両手で頬を覆い一人で奇声を上げていた。



「ぬぁぁああああああ!?!?!?!?!?」



そんな様子を見てフィンリーは一人声を上げて笑っているだけだった。



「はい立って、こっち向いて、両手を広げて」



 ぎゅうっと抱きしめられて耳元で「おはよ、よく眠れた?」と甘い声で囁かれる。わなわなと肩を震わせながらレイチェルは顔を真っ赤にして「熟睡です」と答えて抱きしめ返した。



 これから毎日こんなことするの!?と心臓はひゅっと苦しくなったがフィンリーは満足そうに微笑むので、はぁ…と大きなため息をついて。




「免疫、さっさと付けてみせますわ…」と一人で意気込んだ。




*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/23になります。



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