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ふわふわの羽とキラキラした飾りがふんだんに使われたレースの生地で作られた帽子飾りを手に取って、レイチェルは鏡の前で被ってサイズ感を確認した。
「すごいわ…わたくしの頭にピッタリ……!」
目を煌めかせながら衣装や帽子を作成してくれたナンシーに向き直る、彼女はふふん!と鼻を高くしてレイチェルの方を見た。
そして少し手直し、と言って顎で留めるリボンの長さを少しだけ短く調整してくれた。
―収穫祭はいよいよ明日に迫っていた。
領内では収穫祭の日程が決まってから一ヶ月程度ずっとお祭り騒ぎのようにバタバタ騒がしく、毎日領民たちの楽しそうな声や歌を聞きながらレイチェルは過ごしていた。
ナンシーは一応、とフィンリーの分の衣装と帽子も作ってくれたが彼は頑なに行かない!と言うので作ってくれた衣装だけ受け取りナンシーにお礼を言っておく、いつか着てる所を見せることだけでも出来たらいいのに…思いはするが、どうしてフィンリーがこんなに収穫祭に参加したくないと言うのかレイチェルもよく分かっていなかった。
「この衣装を着て、帽子を被って領民たちと楽しく騒いで遊んでって…本当に楽しそう!わたくしこういった行事に参加することが初めてだからとってもワクワクしているの!」
それに去年やったというランタンに光を灯す催しもやってみたいわ!とナンシーに伝えている。今日は衣装とランタンを届けにやって来てくれたのだ。
―去年の収穫祭はレイチェルは不参加だった。
誘われてはいたが、領民の楽しみの輪の中に貴族令嬢であるレイチェルが入るのは何か違うのではないか…と一歩が踏み出せなかったのだ。
でも今年は違う、自分の畑も花壇もこの領地に住む人々のためになっていると分かったので、自分も皆に労いの言葉をかけるため、そして男性に免疫をつけるため…ひいては弟と変わらぬ関係を築く為に参加することを決めたのだ!!!!!
ランタンというのは事前に希望者に配られるものらしく、収穫祭の夜を一晩中明るくするためのものらしい。
家の周りであればどこでもいいので一つ置き、光を灯し朝まで消えないように、収穫祭の帰り道を照らすための光らしい。
これがあると酔って畑に落ちたりする酔っ払いが減るのだとナンシーは笑って言っていた。
レイチェルの家の前を通って帰る人なんて居ないが―町外れの畑ばかりの土地なので―それでも朝までランタンの光を見ながら収穫祭の余韻に浸るのも楽しいかもしれない、と受け取った。
「はい、レイチェル様!このランタンをお好きなところに置いてくださいね?出来れば朝まで光を絶やさずにいて欲しいですが…寝ている間に消えてしまったのであれば仕方ないので大丈夫です!」
「そうなのね…」
「えぇ!この辺りは人通りもありませんから、レイチェル様が帰るときに暗い道が怖くないように灯しておくようなものです」
「分かったわ、届けてくれてありがとう!」
ナンシーにお礼を言ってランタンを手に取るとズシリと重みを感じた。
そのままランタンを持ってナンシーを外まで見送る、明日は彼女が傍にいてくれるようだった。流石に一人で参加するのは危ないからと言われ、シドニーとナンシーの婚約発表までの時間は2人とお酒を飲みかわそうと約束をしている。
その後は例の催し物やらなんやらがあるので、好きに参加してみたらいいと言われていた。
「ふふ、楽しみね」と声を弾ませ、手に持っていたランタンを庭の近くに置くことにした。
ここならダイニングからも光が見えるし、家に戻ってからソファに座りながらランタンを見つめて夜を明かすのも楽しそうだと胸をときめかせた。
「フィンはお留守番だし…ご飯用意しておいてあげないとよね…?わたくしが夜更かしするなら朝食の用意も……」
わたわたと明日の準備を進めていくと、弟のご飯の事ばかり気になってしまう。
自分がいないと自炊の出来ないフィンリーは飢えてしまうのではないか!?と心配になり、大慌てで何かつまめるものをとお菓子作りを始めた。
クッキーにマフィンにマドレーヌにビスコッティ…と見事に焼き菓子を量産したレイチェルは少しだけナンシーにおすそ分けしようと袋に詰めた。
そして庭に咲いていた綺麗なピンクのコスモスを小さな花束にして添えた。
コスモスとカスミソウ、他にも何種類かのお花を合わせる、そして可愛らしい色合いのペーパーでくるりと巻いて籠の中に仕舞った。
「これで準備は大丈夫かしら……?」
周りを確認してからお菓子に布巾を被せておいた。
明日これをフィンリーにお腹がすいたら食べる用に伝えようと決めて少し早いけど先にお風呂に入ってご飯の用意をすることにした。
その夜ワクワクした気持ちで中々寝付けず、レイチェルは自分の胸元に手を置いてドキドキ高鳴る心臓をぎゅうっと手で押さえて頑張って眠った。
*
「レイチェル様!こっちです!!!」
大きく手を振って名前を呼んでくれた方に向かえばシドニーとナンシーがお揃いのデザインの衣装を身に着けてソファに座っていた。
―収穫祭はお昼から始まっていたらしく、参加している人々はみんなほろ酔い状態で楽しそうに踊ったり歌ったりしていた。
急いで2人の元に駆けつけ「遅くなってしまってごめんなさい!」と言えば「早すぎるくらいですよ!」と笑ってくれた。
一緒の席で2人の前のソファに腰かける、そして卸したてだというワインの瓶を開け一緒に乾杯させてもらった。
こぽぽ…とワイングラスに注がれるところを見つめ、空にかざして一回ししてからクイッと一口頂いた。芳醇な香りが鼻を抜け、絶妙な甘さが舌を痺れさせる。
「ん…ん~美味しい~~!!」
そう言ってニコニコ笑いながらもう一杯おかわりを貰う。
「レイチェル様って見かけによらず結構お酒飲みますよね」
「ふふふ、ワインって結構好きなのわたくし」
ナンシーと2人でキャッキャウフフと手を組み合いながらお酒を飲み交わしていると、辺りが少しずつ暗くなっていった。
そろそろ収穫祭の夜の部が始まるようで、シドニーは席を立って開会の挨拶に向かって行く。レイチェルはナンシーの方を見て行かなくていいのか聞けば、まだ婚約発表していないから大丈夫なのだと返された。
(確かに婚約発表してないのに一緒に挨拶にはまだ行かないわよね…!)
それでも1人にならずに済んだことを感謝してナンシーにありがとう~~と頬ずりしてみたら「実は結構酔っていますね…?」とワインの瓶を取り上げられてしまった。
口寂しくお菓子を摘まんだりして彼女と楽しくおしゃべりに花を咲かせているときに自分が2人にプレゼントを持ってきたことを思い出した。
「あっ!」と大きな声を上げて、隣に置いていた籠をナンシーに手渡す。
そしてニコぉ…と笑って「中あけてみて?」とお願いした。
ナンシーは笑いながら籠の蓋を開けなかを見ると、途端に顔を覆ってしまう、思わず何かやらかしてしまったのかとレイチェルは隣に駆け寄ってナンシーの肩を抱いた。
「ごめんなさいナンシー、わたくし何か良くないものでも渡してしまったのかしら!?」
「違うんですレイチェル様、私本当に花束とお菓子が嬉しくて…その、お酒の勢いで言うのもなんですが………
今年中に肥料の研究結果が満足するものにならなかったら…私は養女になる件を受けようと思っていたんです……本当に浅はかな考え方で申し訳ないです…」
そう言って涙を流す彼女にレイチェルはぎゅっと体を引き寄せた。
「でもナンシーは諦めなかったじゃない、最後まで頑張り続けて結果を出した。それはとても素晴らしいことだと思うわ?だから涙を拭いて?ね、笑顔見せて?」
レイチェルは優しくナンシーに笑いかけて頬を流れ落ちる涙を拭った。そのまま彼女の為を想って作った花束を籠から取り出して手渡す。
「ナンシーが養女になってくれたら嬉しく思ったけど、でもわたくしは自分の力で道を切り開くあなたの事が大好きよ。これからの未来でもずっと仲良くしてほしい、一緒に笑い合いたいわナンシー」
花束を受け取ったナンシーは吹き出して笑うと「まるでプロポーズみたいです」と涙を拭って笑顔を見せてくれた。
「あら、それなら今年二度目のプロポーズねナンシー」
「本当ですねぇ、レイチェル様のプロポーズの方が感動して泣いちゃいそうでしたけど」
「うふふ〜それは嬉しいわ!」
手を取って、初めてできた大切な友人の門出を祝うように手を繋いだ。大丈夫、大丈夫、と彼女の背中を押すように立たせてあげて、にこりと笑って見送る。
シドニーが近くまで迎えに来ていてこれから婚約発表をするみたいだった。2人で手を繋いで歩いて行く姿を一人ソファに座って眺めていた。
「幸せに、なってね」と小さく呟いて大きな拍手を周りの声援や喝采と一緒に贈った。
こんな素敵な景色一生忘れないわ、と笑みを浮かべ2人が戻ってくるまでの間一人でぐびぐびと取り上げられていたワインを飲み進めていたのであった。
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「レイチェル様!お待たせしました、これからハグ大会するみたいですよ!」と呼びに戻って来てくれた2人に、にこりと笑って「ありがとう」と返す。
「レイチェルさん結構酔ってたりします?」
「ぜん、ぜん大丈夫!」
「出来上がっているわ…」
「この状態で本当に行けるのかな……」
そう声がしてレイチェルはグッと親指を立ててぱちんと帽子で見えない瞳でウィンクした。
まぁ、本人が楽しそうなら…と言われてルンルンと頷くと、近くにいた可愛らしい女の子たちの群れに混ざて貰った。
「えっ、そっちは小さい子たち…」という制止も聞かずレイチェルは楽しそうに可愛らしい女の子たちとぎゅうっとハグをする。
遠くで「これ恋活ってやつだろ?これで好きな子見つけられるかな~」とかいう話が聞こえた。
レイチェルはポヤっとする頭で「こいかつ……」と呟くと前世通った婚活パーティーの事を思い出して少しだけ酔いが醒めてしまった。
目の前にいる可愛い女の子たちに「お姉さん大丈夫ですかぁ?」と心配そうな顔で尋ねられ、首をブンブン縦に振ると籠の中に落ちていた花の欠片を彼女たちの頭にスッと差してあげる。
「ふふ、みんな可愛らしいお姫様みたいねぇ」
そう言って手を振ってその場を離れれば他の女の子たちにも声を掛けられる、先程の子たちよりも小さな女の子たちにレイチェルはニコニコ笑顔を振りまいて一人一人とぎゅうっとハグをした。
その子たちには持っていた手作りのお菓子を配って手を振りサヨナラする。
―前世ハグはストレス解消に良く効くと言われていたけど、これは本当に癒されるわね…とハグをした女の子たちの温もりを思い出してニヤニヤした。
そのままフラフラ…と歩いていたら少しだけ風が顔に当たって気持ちよくなった。
今日はとっても素敵な日になったわ…2人の婚約発表も見れたし、ナンシーの気持ちも聞けたし。と気持ちを満たしてハグ会場の周りをウロウロする。
(あ、今日はわたくしって男性に免疫をつけるために参加したんだった…)
自分の予定を思い出してもう一度ハグ会場へと足を戻していった。
ふらふら、誰かハグしてくれないかしら?とポヤポヤ回らない頭を一生懸命に動かし、酔いを醒まそうとしていたら後ろから声を掛けられた。
「お嬢さん、良かったらお手をとってもいいですか?」
そう尋ねられて、ハグ大会する上での男女での注意事項を伝えられたことを思い出す。
相手にまず手に触れていいか聞かれて、大丈夫そうなら一回頷き、ハグしていいか聞かれて、大丈夫なら二回頷くというものだった。
レイチェルは問題ないわねと思い頷こうと首を振った瞬間後ろから手を引かれた。
「へぇぁっ………!?」
バランスを崩しそうになりながら引かれた手を見れば、帽子を深く被った男の人が舌打ちしていて、その姿にどこか覚えのある気がするが、思い出せなかった。
きっと誰かと間違われているのだわ…と心配してその男の人に声を掛けようとしたらその場から強引に連れ去られてしまった。
(…???一体何事なの……!?)
訳も分からず、先程の声を掛けてくれた男の人にごめんなさいね、と口パクで伝えると笑って手を振っていてくれたので怒っていないみたいねと安心した。
ズイズイと腕を引っ張って歩いて行くその人にレイチェルは身の危険を感じて、手を振り払おうと体を捩るがびくともしない。
ハグスペースから抜け出すと、周りをキョロキョロ確認する彼は「よし」と言ってレイチェルの手を離してくれた。
レイチェルの頭の上には無数のハテナマークが飛び回る。
この人一体何がしたいのだろう、と酔った頭で一生懸命考えるが何も思いつかない、むしろ少し喉が渇いたからワイン飲みたいな…と意識はワインに引っ張られていった。
ふらふら…とでも確かな足取りで近くのワインを配っている人からグラスを受け取り一杯グイっと飲み干す。
「ふはぁ………おいしいぃ……」
上機嫌に戻ったレイチェルは先程の手を引っ張られていた人に「それでは、ごきげんよう」と声を掛けてまたハグスペースに戻って行こうとする。その途端自分の耳元で「バカなの?」と囁かれ、後ろからぎゅうっと抱きしめられた。
突然のことに頭が追い付かない、帽子を深く被った彼は「はぁあああああ…」と深いため息をついてレイチェルを抱きしめる腕を強くする。レイチェルは首元に彼の吐息がかかってくすぐったくてまた身を捩った。
「知らない人とハグしたいなんて、わけわかんない」
「………?」
聞き覚えのあるその声にレイチェルは首を傾げる。
こめかみを軽く押さえてから、思考が上手く回らなくて考えることを放棄して彼に笑いかけた。「ふふっ、それならワインを飲みましょう!」と。
訳も分からずハグ出来ないなら美味しいワインをたらふく飲んで帰るわ!と元気になり、シドニーたちのいるソファ席に戻ると手を振ってワインのボトルを机の上に置いた。
「レイチェル様?やっぱり結構酔ってますね………」
「大丈夫でしたか…?」
「これが大丈夫なもんか…」
「えへへ、ふふふっ、ワイン美味しい!もっと飲む!」
ごくごく飲み進める様を見て周りの領民たちも騒げや踊れとレイチェルの元にワインをいっぱい持ってきてくれる。
レイチェルは少しだけ頬をピンクに染めてニコニコしながら手渡されたお酒をぐびぐび飲み続ける。
―レイチェルはお酒を飲んでも見た目が変わらないタイプで勧められたら勧められただけ呑める人間だったー
「げんかいなんて、なぁい!」とふにゃふにゃ笑い、グラスを夜空に掲げてみんなで乾杯して気分よくまたワインを飲んでいく。
隣に座っていた彼の手を取って、立ち上がり歌いながらレイチェルは一緒に踊った。
クルクル確かな足取りで楽しそうにステップを踏む姿を見てまさか酔っぱらっているだなんて誰も気づかない、普段より元気そうにはしゃぐレイチェルを見て隣の彼はまたため息をついて「はぁ、こんなことばっかり……」と小さく声を出す。
「えへへ、楽しいね、きみ!ふふふ、わたくし今日の事忘れないわ!」
レイチェルの浮かれ具合を見ながら彼は、また深いため息をついて「それは良かった」と声を掛けた。
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