13
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「フィン、一緒に住むってどういうことなの?」
「どうもこうもないよ、僕がおねえちゃんの家に一緒に住むだけだよ」
「だけ、って……そんなお父様もお母様も心配するわ?帰りなさい」
しかるようにそう言葉を紡げばフィンリーはケラケラと笑って答えた。
「心配いらないよおねえちゃん、学園を卒業した僕はお父様とお母様に一年間だけ自由にしていいという約束をしたんだ!だから一年僕はおねえちゃんと一緒に暮らしたいんだ」
「約束って…」
普通は学園を卒業すれば当主になるために父について回るはずだけど…と頭の中で考え、フィンリーの方を見たが答えてくれなさそうだったのでため息をついて家に住むことを許可した。
「お父様もお母様も知っているなら、仕方ないわ…ようこそフィン、わたくしのお城へ」
そう言って彼に手を伸ばす。そして廊下に置いていた彼の荷物をレイチェルの隣の部屋へ一緒に運び込んだ。
「この部屋は客間として使おうと整えていた部屋なの、フィンにあげるからここで生活してね?狭いけど慣れたら快適よ」
部屋のカーテンをバッと開け窓を全開に開いて部屋の空気を入れかえた。少しだけ埃っぽい部屋でフィンリーは何度かくしゃみを繰り返していた。
「ごめんなさいね、ここの部屋使っていなくて……大丈夫?今日はわたくしの部屋で寝る?」
そう尋ねれば彼は「そうしたい~」と頷いた。
レイチェルは部屋を換気したまま隣にある自分の部屋へと弟を案内する。
そして荷物を置くとベッドの上に置いていた枕を手に取った。
「じゃ、今日はここを使っていいわ!」
そのまま部屋から出て行こうとすればフィンリーは首をかしげてレイチェルの腕を掴んだ。
「おねえちゃんは?どこで寝るの?」
「え?隣の部屋だけど…?」
「一緒に寝ないの?」
「寝ないわ、だってベッド狭いじゃないの」
ポカンと彼を見つめて答えればフィンリーはしょんぼりした。そしてパープルの瞳をうるうるさせながらレイチェルの腕を掴んだまま離さない。
彼の名前を呼べば、一度だけレイチェルの方を見た、がそのまま視線は下を向く。
はぁ、とため息をついて「どうして欲しいの?」とフィンリーに尋ねた。彼は少しだけ顔を上げてから「昔みたいに一緒に寝ようよ」とお願いしてきた。
そのお願いにレイチェルは困ってしまった。
何て言ってもベッドが狭いのだ。一人なら寝れる大きさだが2人で寝るには狭すぎる。実家にいた時のような広々とした大きさではないのだ。
それに、あの頃のレイチェルよりも背が小さかったフィンリーはもういない。今の彼はレイチェルよりも遥かに背の高い男の人なのだ。
眉を下げたまま「我儘言わないで?一緒に寝たらわたくしがフィンに潰されちゃうか、あなたがベッドから落ちちゃうかもしれないのよ?」それでもいいの?と諭す。
彼はレイチェルの腕をぎゅうっと握って、ストンとベッドの端に座った。そして
「おねえちゃんの事潰さないし、ベッドからも落ちないから…一緒に寝たい、今日だけだから!」と懇願するようにレイチェルに引っ付いてお願いしてきた。
ベッドに腰かけたフィンリーはレイチェルに潤んだ瞳で上目遣いして判断を鈍らせる。
思わず「あぁ…今日だけ、今日だけだからね?」と許可してしまったレイチェルは手に持っていた自分の枕をベッドに戻して大きくため息を漏らした。
そのままフィンリーに下に降りているわ、と声を掛けて一人で階段を下りて行った。
キッチンに入ってからレイチェルはしゃがみ込んで盛大なため息を吐く。
「はぁーーーーーー!!!絶対にそれはダメでしょうレイチェル!!!!!」
流石に学園を卒業した弟を今までのように扱ってはいけないと、甘やかしてはいけない、と頭の中では分かっているが可愛い記憶のままの笑顔を見せる彼には抗えなかった。
「わたくしもお父様たちの事言えないわ…どうしても甘やかしてしまう、だって可愛い弟であることに変わりないんだもの」
でも今日は数年ぶりに再会したから甘やかしてしまったのだ、と気合を入れなおして明日からはちゃんと姉として未来の伯爵に相応しい彼を育て上げます。と心に誓った。
きっと両親も彼を甘やかしてしまうことが分かったからこちらに送り込んだのだろう、とすぐに思い至った。
(いつまで経っても、仕方のない子ね…)
くすりと笑ってから夕食の用意をして、その夜は2人だけの晩餐会を開いた。
そのままお腹いっぱいって横になるフィンリーを叩き起こしてお風呂に投げ入れ、レイチェルはベッドに毛布を増やした。
「おねえちゃん、お風呂ありがとう~」
「あら、早かったのね?」
「うんのぼせちゃうから」
そう?と軽く笑って彼に部屋でくつろいでいて、と言ってレイチェルもお風呂に向かった。
そのまま少しだけ長風呂してからフィンリーが眠たがっていそうだな、と考えて髪をタオルで拭きながら二階の自室へと上っていった。
扉を開けるとフィンリーが一人本を読んでいた。
そして彼の髪から水滴がぺたぺたと床に落ちていく。
レイチェルはフィンリーから本を取り上げて自分の髪を拭いていたタオルを彼の頭に乗せた。そして有無を言わさず思い切り髪の毛をガシガシと拭き上げる。
ベッドに座る彼の背中に回って「もうこんなに濡れたままで!風邪ひくでしょう」と怒って手を動かした。ビックリした顔のまま固まるフィンリーは頬を少し染めてレイチェルの方に頭を向けて目を瞑った。
「こうして髪の毛を拭いてもらうなんて何年ぶりだろう…」
「え?そうね………あなたが来たばかりの頃だから…」
そう言って髪を拭く手を止めて指折り数えれば、タオルの隙間からこちらを見るフィンリーと目が合った。そしてレイチェルの髪に彼も手を伸ばすとふわりと微笑んだ。
「おねえちゃんの髪もまだ濡れてる」
フィンリーはタオルを頭から外してそのままレイチェルの方に被せる。レイチェルが声を上げる前にワシワシと髪に触れて拭き始めたのだ。
「わ、わたくしは自分で出来るから!」
「だーめ、おねえちゃんの髪は僕が拭くから、それで…終わったら一緒に寝よう?」
向かい合って髪を拭かれる、妖艶に笑う弟の姿を見てドキリと心臓が跳ねた。
(この子、モテただろうなぁ……17才の色気ってすごいわ…若いわ……)
心の中でそんなことを考えながら、彼の拭いてくれる手に頭を委ねて目を瞑った。
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ぎゅう、と後ろから抱きしめられる。
回された腕が自分のお腹の前でがっちり止められると、少しだけ緊張した。
「こうすれば、ベッドから僕は落ちないし、おねえちゃんも壁に押しつぶされないね」
首元にフィンリーの笑った時の吐息がかかってくすぐったい。そのまま体をよじれば、動かないでと体に回っていた腕に力を込められた。
「そんなにぎゅっとしなくてもいいんじゃない?」
レイチェルの後ろ側に抱き着いていた弟に向かって顔を向ければ、彼は顔をレイチェルの首元に埋めた。
「だめ。僕はこうやって眠りたかったんだもん」
「そうなの?」
「うん、昔もこうやって一緒に眠ったよね?おねえちゃんにぎゅっと抱き着いたらよく眠れて、すごく幸せな夢が見れたんだ」
首元に埋めた顔を上げてレイチェルの耳元でそう話す彼に、自分の手を伸ばして頭を撫でてあげる。そしてぐるりと自分の体をフィンリーの方に回転させてまた髪の毛を指で梳いてあげた。
向かい合う形になってフィンリーは驚いて思わず「えっ!?」と自分の回していた腕に力を入れた。
レイチェルは髪の毛を指で触りながら近づくフィンリーの顔を胸元に埋めた。そのまま彼の頭をポンポンと撫で、手を滑らせていくように首へ、背中へと下ろして行ってゆっくり撫でてあげた。
「学園卒業おめでとうフィン、きっと良い成績を修めたんでしょうね。実家であなたの帰りを待っていてあげられなくてごめんなさいね…黙って出て言った事も、おねえちゃんが居なくて寂しかったわよね。本当にごめんなさい」
ポンポン、と撫でながら彼に謝る、きっと心細かっただろう、と姉と言う存在に頼りたい日もあっただろう、とそんな過去を想像して自分の心が締め付けられるようだった。
じわり涙を浮かべながら、彼を撫で続けそのままゆっくり目を瞑って「ごめんね」と言いながら眠りに落ちてしまった。
*
急に撫でる手が止まり不思議に思っていたら頭上から小さな寝息が聞こえてきた。
まさか自分の顔を胸元に埋めたまま姉が寝てしまうなんて、と驚きながらむくりと胸から顔を上げた。そして彼女の指先が自分の髪の毛に引っかかっているのを見てくすりと笑みをこぼした。
「あやし疲れて寝たの?ほんっとに……俺のこと弟としか見てないんだね」
髪を梳いていた彼女の指を自分の手のひらで覆い掴んで、その指先に触れるようにキスをした。そして布団の中に手を入れてあげれば、姉の体をまた壁の方へ向かせた。
「まだ弟でいてあげる、これから一年一緒に暮らせるんだから…」
こんな所で嫌われたくないし、と小さな声で呟いた。
またベッドに横になって姉の体に自分の手を巻き付けお腹の前でがっちり止めた。
顔をうなじに近づけちゅうと吸い上げる、久々の感覚と鼻いっぱいに吸い込んだ姉の香りにクラクラきた。自分の唇をペロリと舐め、うなじに痕がついたのを確認した。
「婚約破棄まで本当に長かった、でもようやくここまで来たよ…」
静かな部屋の中に響く自分の声に思わず笑ってしまいそうになる、一体何の報告をしてるんだよと突っ込んでしまいそうな気持を抑えて、姉の肩に自分の顔を擦り付けた。
―本当はレイチェルが王子から逃げて田舎で一人暮らしを始めたことは知っていた。
上目遣いで強請ったら両親が秘密にしないといけないんだけど、と言いながらも教えてくれたからだ。その時は既に婚約破棄の書類のサインが終わっていてレイチェルは傷物令嬢という扱いを受けていた。
正直王都の実家にいてくれなかったことは寂しかったけど、王子が未練たらたらでずっとレイチェルの事を探し回っていたから早めに逃げてくれていた事は助かった。
このまま自分が学園を卒業するまでは安全な土地で変な虫が付かないように静かで平和な暮らしを彼女には堪能してもらおうとすぐに手紙を書くのをやめた。
下手にこちらから手紙を送って王子に居場所を知られるリスクを下げたかったからだ、いつもレイチェルはどこにいる?あわせて欲しい、とお願いに来る王子にイラつきと鬱陶しさを感じていた。
俺が学園に入学したころ、一番驚いたことだがレイチェルの婚約者である王子は他の女と浮気していた。有り得ないと憤り、その女には冷たく接していたけど、ある時にこいつと王子が結ばれれば姉は婚約破棄になるのではないか?と考えた。
そして二人を結ぼうと行動に出たら思いのほかうまく行った、恋の女神の後押しでもあるかのようにスルスルと2人の距離が近づいていったのだ。そして学園中に2人の噂を流して恋人同士のように扱わせた。
それだけで婚約破棄に繋がると信じていたら、なんとその女は聖女だったんだ。もう笑いが止まらなかった、これは完全に天は俺の味方をしていると確信したし、仲良くなったその聖女と友人関係も続けて王子の外堀を埋めていった。
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ススス…とレイチェルの首筋を指でなぞる、ビクっと体をのけぞらせる彼女の姿を見て思わず頬が緩んだ。
「可愛い、これからも一緒に寝たいな…」
ようやく王子から離すことに成功したのだから、と自分の前髪をくしゃりと上にあげた。
彼女の布団をかけなおしてあげて、引っ張って肩までかけると胸元で握っていた拳が緩んでいくのがわかった。
レイチェルがお風呂から上がった時、普通に集中して本を読んでいたけど彼女に髪を拭かれた時、あまりに薄着のナイトウェアを着ているのに動揺した。
びっくりして声が出なくてよかった、と今更胸をなでおろした。
実家にいた時はそうでもなかったが、この田舎暮らしを始めたレイチェルはとても無防備だった。服は薄い生地のワンピース一枚だし、寝間着もキャミワンピを一枚着るだけで下着もちゃんと身に着けていないようだった。髪を拭かれているとき胸が背中に当たっていてどうしようかと混乱したくらいだ。
前はきちんとした貴族令嬢だったのに、どうしてこんなに無防備な人になってしまったのだろう?と考え、周りに注意する人がいなかったのだとすぐに思い至った。
そうでなければ来年成人を迎える弟とこんな格好で同じベッドで眠ろうだなんて思いもしないはず。まぁ、自分が弟だからと安心しきっているだろうことも否定はしないが。
「いつまでも姉弟が2人同じベッドで眠るわけないじゃん、ほんと箱入り娘なおねえちゃん……」
一緒に寝たいなんて、そんなの下心しかないし傍に居たいからなのに。
この人は自分が家にいなくてごめんと泣きながら謝ってくる、寂しかったのは事実だけどいつまでも子供じゃあるまいし姉がいないと寝れないわけないのに。
そんな事すら思いつかないのだろう、と可笑しくなって声をかみ殺して笑う。
髪の毛を指で梳いてもらって撫でられて、体を抱きしめられて、胸に顔を埋められた。
柔らかかったな、と視線をそちらに向けてから首を振った。布一枚隔てた先の胸元にさっきまで顔が埋まっていたのか…と考えると恥ずかしさと勿体なさで心が苦しくなった。
(でも…もう少しだけ埋まっていたらよかったかもな……)
向かい合って眠ったらきっと手を出してしまいそうだからと、2人で壁の方を向いて横になったけど……姉を後ろから抱きしめて眠るというのも少しクるものがあった。
手をお腹に前で少しうごかすと「んん…」と小さな唇から吐息が漏れる声が聞こえる。
そのまま指先だけ…とレイチェルのお腹の上でおへその下を小さく指先を走らせ撫でた。寝息に乱れはなかったけど小さく開く唇から漏れる声色はどこか甘く感じるようだった。
「レイチェル、寝てる?」
一度耳元で声をかけて寝ているか確認したが反応はない、彼女は昔から寝つきがよく朝までぐっすりタイプのひとだった。ただ一つ雷の夜を除いて。
ふと、ここで暮らしていたころは雷の夜は一人で耐えていたのか心配になった。
1人で怯えて怖がって体を膠着させて耐えていたのかと思うと、守ってあげたい気持ちで胸が苦しくなる。
(約束してたのにな、雷から守ってあげるって)
学園に通うことは両親との約束で、伯爵令息として生きるための約束だった。
それに卒業したら一年間は好きに過ごしていいというお願いも条件付きだったが聞いてもらえたから両親には感謝しかない。卒業してすぐにレイチェルの所で暮らすと言えば、驚いていたけど納得もした顔だった。2人とも娘に会いたくて堪らなかっただろうに快く送り出してくれた事が嬉しかった。
「俺をここまで育ててくれた両親の愛娘であるレイチェルは、絶対に幸せにするから…」
小さい声で彼女にそう誓う、これは長期戦の恋を自覚した時からずっと思っている事だ。
自分の将来には、隣にレイチェルがいてくれるのだと。姉ではなくて大切な恋人として、2人で家族になるんだと。
「だってさ、言ってたもんね…昔大切なものは隠しておかないとって…」
―あの絵本を読みながらずっと胸に秘めていた。
大切な気持ちは相手を手に入れるまで隠して、相手を手に入れるためにここに隠し続けた。全部王子の執着から守るためだったかもしれないけど、自分にとっては幸運なことでしかなかった。
「ははっ、あー…早く俺の手の中に落ちてきて……、大好きなんだよレイチェルのこと」
暗闇の中、カーテンの隙間から照らされる月明り。その灯りの下でフィンリーは片思いをし続けた姉の頬にキスを落とした。
唇は奪わない、だってレイチェルの気持ちをまだ振り向かせられていないから。弟からのおやすみのキスだよ、なんて…笑ってまた髪をくしゃくしゃ掻いた。
「一年間の猶予で俺は弟から脱却してみせるから、覚悟してて」
俺としか生きれない身体にしてあげるよ、と小さく呟いてからフィンリーも眠りにつく。
ぎゅうと彼女を腕の中に抱きしめて、柔らかなぬくもりに包まれながら幸せに浸った。
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