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*



 2人が婚約者という話を聞いてしまいレイチェルは大困惑に思考が包まれていた。

 オロオロした瞳で2人のことを行ったり来たりして見つめればナンシーがため息をつく。


「……婚約していたのは昔の話です」


「昔の?」とレイチェルが聞き返せばナンシーは頷く。


「私の家は没落貴族なので、まだ家があったころに結んでいた婚約です。なので没落した時に破棄になっていますよ」

それに今の私はステンリー家の使用人ですから。と一言付け加えた。


「没落…婚約破棄……」

なんとも今の自分の境遇に近しいような言葉に思わず息を飲めば、シドニーは自分の膝を叩いて笑って見せた。


「婚約を結んだ時から俺はずっとナンシーしか嫁にする気がないので、破棄されても挫けずにアプローチ中の身なんですよ!」

まぁ、最初から一目惚れしてたのは俺だけなんですけどね。と付け加える彼の言葉に

「…全く迷惑な話です、本当に」

と答えるナンシーの耳元がほんのりと赤くなっているのを見て、2人は相思相愛なのかもしれない、と自分の頬に手を当てる。


「婚約破棄しても続いて行く恋、素敵ね」

レイチェルがうっとりとそう言えば2人はハッとした顔でお互いを見合わせていた。


そんな事気にも留めずレイチェルは話を進めていく。


「シドニー、あなた婚約破棄した後は…どう思った?」

「どう…とは?」

「その、悲しかったとか、つらかったとか…あぁダメね、人並みな言葉しか出ないわ」

困ったように顎に手を置き悩んだ素振りを見せるレイチェルに2人はまた顔を見合わせる。そしてふわりと笑った。


「婚約破棄になった後、両親に頼んでナンシーを家に置いてもらいましたよ、絶対手放さないし離れたくないと思っていたので。それから自分自身を見てもらおうと毎日アピールして結婚を申し込みましたね、今でも返事はNOですけど」


「そうなの?」とナンシーの方を見れば彼女も頷いて答えた。

「そうですね、今の私があるのは彼のおかげですし、婚約に応えられないのも今の私のせいですね」

「身分が違うから、もっといい身分の令嬢を見つけてくれの一点張りですよ本当」

「身分違い………」


 ナンシーは身分が合えばシドニーとの婚約を受け入れる気でいるのか、とレイチェルは考えて笑って聞いてみた。


「それならナンシーはドルレット家の養女になる?」


いずれステンリー家に嫁ぐのであればこちらは問題ないわよ、と言えばシドニーは「それはいい!」と拍手して立ち上がる。ナンシーは顔を青くして首を振っていた。


「そ、そんな…私なんかがドルレット伯爵の養女なんて……畏れ多いです…」

「レイチェルさん!是非こいつを養女に!!!俺は身分なんて関係なくナンシーを娶りたいですけど本人が身分差を気にするんで!!」


 勢いよく2人がレイチェルに向かって話始めるのを、目をまるくして見つめる。二人の様子がなんだか面白くなってしまってプハっと吹き出したらナンシーにジロリと睨まれてしまった。


「遊びではないんですよ…?私は今の使用人という立場に満足しています、なので……」

「そう…わたくしはナンシーのお友達なのでここにいる間ならいつでも話を聞きます、でも気が変わったらいつでも言ってね?」

ウィンクして彼女にそう伝えれば、少し困ったような気まずそうな顔をしたナンシーがレイチェルを見つめた後下を向いた。



―きっと今は考える時間が必要なのだろう。


 レイチェルの目から見ても二人は両想いの相思相愛だ、ナンシーがシドニーのためを思って他の貴族との婚姻を進める気持ちも分かる。でも自分に相応の身分があればきっと彼女はいつかシドニーの気持ちに対して踏み出すことが出来るだろう。


 そこまで考えてレイチェルは「焦らず、ゆっくりね?」とシドニーに向かって微笑んだ。

 その微笑みに笑い返すように彼も頬を赤らめて頷いた。そしてコッソリ耳打ちで「こいつに選択肢を与えてくださって、ありがとうございます」とレイチェルにしか聞こえない声で囁かれた。




―このふたりには幸せになって欲しい、とそう願わずにはいられなかった。


 婚約破棄から本気になっていく恋の行方…というやつをどうにかここに居る間に見届けたい、そんなことを考えながらレイチェルは両親に書く手紙の内容を思案した。


(もしも、の展開に備えておくのは…大切よねぇ………?)




*




「やっぱりレイチェル様は貴族令嬢っぽくないですよね」



 そう言い放ったナンシーの言葉に眉をひそめながらレイチェルは自分で焼いたケーキをパクリと大口開けて食べながら聞いていた。


「それは俺も思ってた」とシドニーがうんうん、と納得したような顔をするのを見てレイチェルは不本意だ!と抗議した。


「それはわたくしが令嬢らしい仕草とかが出来ていないという事かしら!?それともオーラがないのかしら!?」


確かにここに来てからは気が緩んでいるけど!とぷんすかと頬を膨らませたのを見て、2人は慌てて否定するように声を揃えて言う。


「「優しすぎるんですよ!なんかもう……全部が!!」」と。


 思い切り声を上げるよう言われ、思わず口元をお押さえて「あら…」と呟いたレイチェルは頬をポリポリと掻いた。そして照れたように2人のことを見つめた。


「こう…俺の知っている学園の令嬢たちってもっとわがままで甲高い声を上げてる感じで…」

「そうなんです!レイチェル様私の知る貴族令嬢とは違って慈悲深く穏やかで、癇癪も起こさないし…初めから自分の事は自分でなさる手のかからない方です…私としてはお世話したいのですが、それでも………」

そこまで言うと言葉を止める。


「それでも…?」と聞き返せば、ナンシーはレイチェルの手を取って食い入るように瞳を見た。


「あなたが婚約破棄という言葉で傷物にされた事が許せないです…たとえ相手が王子と聖女であっても………こんなに素敵な方ほかにいないのに…」

悔しそうな表情を浮かべて唇を噛むナンシー、それに同意するように首を縦に振ったシドニー。


レイチェルは何かとんでもない勘違いが起こっている…?と首を傾げた。


「王子様との婚約破棄が決まってすぐにこちらに療養のため移られたと聞きました。私は王子様に対して怒りが収まりません……心を痛めこの土地で穏やかに過ごされるレイチェル様の何かお役に立ちたいといつも考えているんです…」


拳を握りしめて目を吊り上げるナンシーにレイチェルは困ったようにまた首を傾げなおした。


「俺もレイチェルさんとお会いしたばかりですが、母から聞いていた以上に素敵な方だと思います。どうして王子があなたでなく聖女様を選ばれたのか不思議なくらいで…」


2人は幼い頃から婚約されていたのでしょう?と不思議そうな表情をするシドニーに顔を向けられ、レイチェルはハッとした。


(世間ではジョルジュ様が一方的に婚約破棄をして、悲しみに暮れたわたくしが王都を離れて療養している、ということになっているのね……?)


 現状が勘違いされていることに驚き、すぐに2人に訂正を入れた。


「違うの2人とも!わたくしが婚約破棄を望んだの!ジョルジュ様には聖女様がお似合いだと思って…その、お慕いしてくださったあの方の気持ちを裏切るような真似をして……」


その、あの…とワタワタ身振り手振りで伝えようと頑張ったが、上手く言葉が紡げない。一方的に婚約破棄されたわけではないのだと必死に伝えれば、ナンシーは手を頬にあて困ったような顔をする。


「でも、レイチェル様はここで療養されているでしょう…?少なくとも婚約破棄にショックを受けて体調を崩されたのではないですか…?それに……今後の事だって…」


「婚約破棄を望んだのはわたくし、望めば側妃として受け入れてもらえたけれども…それを蹴ったのもわたくしの意思よ。ここには療養という名目で逃げてきたの、王都には…いられなかったから」

これからの未来ならちゃんと展望があるのよ?とほのめかして笑うレイチェルを見て2人はまた顔を見合わせた。


「伯爵家のご令嬢がまた良い相手と婚約は…その難しいのでは…?」

「レイチェル様がどんなに素敵な方かよく知っておりますが………」

困惑したような表情でこちらに視線を向けられた。そうねと頷き返したレイチェルは机をバンっと叩く。


「わたくし、結婚する気はないから!」

そう言って置いていたフォークを手に取り2人に向かってビシっと向けた。


「わたくしは自由に生きたいの、静かな土地で犬と一緒に暮らすのが夢なの!」


 向けていたフォークを自分の方に戻してまたケーキをサクッと切り分けて口の中に放り込んだ。モグモグと口を動かしてからごっくんと飲み込み、口角を上げる。


「わたくしって……とっても、我儘な令嬢でしょう?」


 ふふん、と鼻で笑って見せ、持っていたフォークをまた机の上に置きなおす。

 肘を机の上に置いて指を交差に組んでその上に自分の顎を乗せてから、ゆっくり2人の方に視線を向けた。


 レイチェルは呆れられてしまうかしら、と内心ひやひやしていたが2人は吹き出して「やっぱりとってもいい人で、可愛い人」と大笑いされてしまった。


(な、なんで!?思っていた態度と違う………)


 声が部屋の中に響くくらい大きな声で笑われて、机をバンバンと叩く2人にレイチェルは恥ずかしくなって頬を赤く染めながら「そんなに笑わないで!」と怒った。

そんなレイチェルの頬をナンシーが人差し指で突きながら謝る。


「あなたは素敵な方ですレイチェル様、私たち色々と誤解してました…でも大丈夫ですよ、状況は何となくですが理解したと思います」

「レイチェルさんは自由が欲しくて王子様から逃げて来られたんですね?捕まらないように」

笑ったままシドニーにレイチェルの本当の逃避の理由を当てられ、思わず目を泳がせた。

その様子を見て彼はやっぱり、と小さく声に出した。


「レイチェルさん、俺の渡した新聞…やっぱり今見ましょう」

「え?」

「あなたの知りたい事が書かれています。それが真実なのか判断できませんが…レイチェルさんなら分かるかと」

その言葉に頷けば、2人は「私たちの事は気にしないでください」と声を掛けてくれた。

申し訳ないがお言葉に甘えてレイチェルはもらった新聞を机の上に広げた。


 パッと目に付いた見出しには『ルベライトの姫、婚約破棄』と大きく書かれていた。

 その記事を指で押さえて文字を目で追う、そこには王子と自分の婚約破棄についてが書かれ、同時に王子の新しい婚約者で恋人の聖女について、関係や経緯などが記されていた。

 王子は依然にせよ現状婚約破棄についても聖女との関係についても否定されているようだった。


レイチェルは「なんで…」と声を漏らして他の新聞も手に取る。


『王子と聖女の恋愛模様』『運命の恋の始まりは!?』『消えたルベライトの姫』など見出しには色んな言葉が悪戯に書かれていた。

 自分のことはもちろんだが、記憶にないような王子と聖女の出会いが捏造されていたり、と新聞の内容は酷いものだった。


 少しだけ心を痛めながら最後の新聞の記事を手に取ると、そこには自分について書かれたものだった。

『消えたルベライトの姫の行方』と書かれた見出しには、一方的に婚約破棄の末に元々体の弱かった令嬢は体調を崩して療養に行ったまま戻ってこなかった、と記されていた。

 王子の初恋の姫は、彼の身勝手な恋心に踊らされ一人寂しく散っていったのだ、その行方は……


「クラーク領の…教会にある、墓地…………?え、わたくしって世間的に死んだことになっているの!?」


 握っていた新聞をもっとぐしゃりと握りつぶし、目を見開いて驚愕した表情を2人に向ければ、ははは~とあからさまに目を逸らされた。


「信じられないわ……これじゃぁジョルジュ様が悪役みたいじゃない!わたくしは元気そのものなのに」

「まぁ、世間に出回っているのはこの新聞なので…」

「私も読んだときは王子様に殺意が湧きましたよ」


「でもわたくしはこれを否定するすべを持たないわ…王都にまだ戻るつもりもないし……もし王妃様の命でこの新聞の内容になったのであれば………余計に…」


「ではここで噂が消えるまで一緒に暮らしましょう!レイチェル様!」


 ぱちんっと手を叩いたナンシーがにっこり笑う、レイチェルは本当にこれで良かったのだろうかと、逃げてしまったことを考える。


 でも物語がようやく悪役令息の姉で婚約者だった令嬢という肩書を捨てさせてくれた、それならやっぱりここで自分のために過ごして噂が消えた頃に家に戻ったほうがいいのではないか?と思い直しナンシーに笑顔で頷いた。


「そうね!当初の予定通りここでゆっくり過ごすわ!」

「嬉しいです、レイチェル様との暮らしはとても楽しいので」

「レイチェルさんって本当に自由に生きたいだけだったんですね、あ、これ渡すかずっと悩んでいたんですけど大丈夫そうみたいなのでどうぞ!」


 レイチェルの笑顔をみて安心したのか、他の新聞もシドニーは手渡してくれた。そこには今の王子と聖女についてが書かれていたり、2人の婚約や結婚についての事情や予定などがびっしり記されていた。

嬉しそうに新聞を受け取ったレイチェルはシドニーにお礼を言った。


「そうそう!こういうのが知りたかったのわたくし!!!!」


 どうやら世間的にレイチェルが死んだとされて以降は2人の熱愛報道的な記事が増えて行ったらしい。どこに2人で出かけられた、デート先ではこんな事を!みたいな記事に詳細にデート内容が書かれていて少し気の毒に思えた。


(わたくしならこんな風に自分たちのデートをネタにされたら首吊って死にたくなるわね…)


 でも、これのおかげでこんいたのお話通りに進んでいるか確認できるわ!と心の中でガッツポーズをしてニコニコ明るい表情で喜んだ。



そして、レイチェルは一つ気づいてしまった。



「あ…………フィン……」



―自分の大切な弟にまだ居場所も現状の説明もしていないことを。



*



 楽しい三人のお茶会は終わりを迎え、シドニーは数日後には王都に戻るのだと言う。

 レイチェルはお茶会の間ずっとフィンリーの事を考えていた、姉が事実死にされている中あの子はちゃんと学園生活を送れているのか心配で仕方なかった。

 学園に戻るシドニーに弟宛の手紙を一通託し、そして彼にフィンリーの様子を教えて欲しいと頼むと、シドニーには快く引き受けてくれて、学園に戻って様子を見たらすぐに報告するよと約束までしてくれた。


「シドニー、ごめんなさいねお手間をかけて…でも、確認するだけでいいの。フィンにはわたくしの居場所は教えないで…」


それだけお願いすると、彼に手を振ってわかれた。


 パタンと閉めたドアの後ろで一人立ち尽くすレイチェルは、どこか心がざわざわと揺れていた。


「どうしてこんなに胸騒ぎがするのかしら……」


 あの子は、原作通りに聖女を虐めたりなんて…していないわよね?と心の中で呟いてから笑った。


 そんなわけないわよね。と二階にある自分の部屋に戻ってベッドに腰かける。

カーテンを少しだけ開けて、窓ガラスをなぞるように手を伸ばした。



「またあなたに会いたいわフィン、わたくしの可愛い弟…実家に戻ったら学園のお話をいっぱい聞かせてね、新しく出来たお友達の事も知りたいわ」



そう小さく声に出して、レイチェルは少しだけ開いたカーテンの隙間をまたシャッと閉じるように埋めた。



*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/15になります。



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