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09

*



 自分のスカートを手ではらい、髪をささっと整える。

手土産を籠の中に入れて領主さまの住んでいる所で歩き始めた。


「これから暫くの間お世話になるのだし、しっかり印象良くご挨拶しないと!!」



気合十分で向かえば、そんなレイチェルを迎えてくれたのは…


「え!?!?ステンリー夫人!!!!どうして………」


―伯爵夫人のステンリー様だった。


「ごきげんようレイチェルさん、思っていたよりも早く再会出来たわね。また会えて嬉しいわ!」

ニコニコと微笑むステンリーにレイチェルは開いた口が塞がらなかった。


そのまま周りをキョロキョロ見渡し自分の頬を勢い良く抓った。

「い…ったい…………」

「夢ではないわよ?」

「ですね…ここはもしかしてステンリー伯爵領なんですか?」

「えぇそうよ、ここではみんなわたくしの事をロベイラと呼ぶの。レイチェルさんもわたくしの事はステンリー夫人ではなくロベイラ夫人と呼んでね?」


―昨日までは王都に居たのでステンリー夫人と呼ばないといけなかったようだが、自領ではステンリーの名を持つ女性が他にもいるらしく夫人のお名前で呼ばせてもらう事になった。


「はいロベイラ夫人!どうぞこれから暫くの間よろしくお願いいたします!」


 頭を深く下げてお辞儀すれば、クスクス笑うロベイラに頭を上げるようにお願いされた。

 そのまま頭を上げれば、ロベイラは近くにいた使用人の一人をレイチェルに紹介する。


「レイチェルさん、ここの暮らしは大変だと思うわ。でも二日に一回はうちのメイドのナンシーに食料なんかを届けさせるので安心してね?体調も悪くなった時にはすぐに教えて」

「はい!何から何までありがとうございます!」

「こんな事くらいしか出来なくてごめんなさいね…」

「そんな!充分です…突然来たのにこんなに良くして頂いて…」


両手をぶんぶん振るレイチェルにロベイラは自分の手を重ねて握った。

「レイチェルさんの思い描く静かな土地での暮らしにはなりそうかしら…?」

心配そうに瞳を揺らすロベイラにレイチェルは大きく頷いて笑った。

「はい!理想通りです!」



 畑に囲まれた土地だが、空気は美味しく澄んでいて体も自然と軽く感じる。緑がたくさん見えるし、静かで自然の多い素敵な土地だ。

 こんな所でスローライフを送れるなんてラッキーかもしれないと考えるほどだった。


 ロベイラは「あ、そうそう!お家は見てもらえた?」と手を打ってからレイチェルに尋ねた。

 まだちゃんと確認してはいないが、荷物を置きに行った時に少し中を見ただけなので「玄関のあたりは…」と答えると、そうなのね…としょんぼりさせてしまった。


「でも!内装はまだ見てませんが外観はとても素敵でした!!!」

「本当?」

「はい!早く中も見てみたいです!」

「楽しみにしてくれているのね?良かった…」

そう言って胸をなでおろすように微笑むロベイラは家までナンシーと一緒に行くといいわと送り出してくれた。


 レイチェルはもう一度しっかり頭を下げてロベイラにお礼を言うとナンシーと一緒に自分のお家へ帰って行った。



 家に着く寸前で「あっ!!!」と大きな声を上げる。

ナンシーは何事かと目を見開いてレイチェルを見る、すると両手に持った籠に入れていたお土産を渡し忘れた…とガックシと肩を落としている所だった。


「レイチェル様は……聞いていたよりもドジな方なんですね」

「ええっ…!酷いわナンシー……わたくしは実家ではしっかり者なおねえちゃんだったのに!」

「そうなんですか…?では今は少し緊張していただけなのかもしれませんね?」

「そういう事にしておいてください」

ふふふ、と笑い合ってナンシーと上手くやっていけそうだとレイチェルは安心して胸をなでおろした。



 レイチェルに用意された家は小さな二階建ての黄色いお家だった。家の前には小さな庭があり、ガーデニングでも出来そうなスペースが用意されている。

 玄関から家に入ってすぐダイニングとキッチン、その奥にお風呂やトイレがあった、そして階段を上って二階には部屋が三室あり荷物を降ろしてくれた御者はその部屋の一室に荷物を全て入れ込んでくれていた。気が利くわ…と頷きナンシーに送ってくれてありがとう、と声を掛けると彼女はキョトンと首を傾げていた。


「何を言うんですか、ご飯の用意をさせていただいてから帰りますよ」

「え?」

「この辺りにご飯の売っているようなお店はありませんよレイチェル様」

「そうなの…?」

「そうです、ご飯は二日に一度私が用意に来させていただきます。食事の後にこれからの生活に必要なものを一緒に相談いたしましょう、レイチェル様が何をしたいかもお聞きしたいです」


 丁寧に説明してくれるナンシーにレイチェルは感動しながら頷いて話を最後まで聞いた。

 この家の灯りの場所や水道、食事の作り置きなどテキパキ作業をしてくれる姿を後ろからワクワクした瞳で見つめる。



(これからわたくしの一人暮らしが始まるのね!!)



 そう胸を高鳴らせているとナンシーは笑う、手に持った食事をテーブルの上に置き「召し上がれ」と部屋から出ようとしていたので慌てて止めた。


「ナンシーは一緒に食べないの…?」

「私の分は作ってませんので」

「それならわたくしの分を分けますから!一緒に食べましょうよ」

にこりと楽しそうに笑うレイチェルにナンシーは困った表情を見せたが、そのまま椅子に座ってくれた。


「今日は一人分しか作っていませんので食事は遠慮します、ですが…今度作りに来るときは二人分作りますので…その時はご一緒させてください」


 顔は無表情のままだったが、耳が赤くなっているのを見て照れているんだなと思い思わず笑ってしまった。


 ナンシーは表情には出ないがとってもいい子のようでレイチェルはもっともっと仲良くないたいな。と心の中で思うばかりだった。


 夕食を頂きながらナンシーとこれからの相談をする。

何がやってみたいのか、どういう暮らしがしたいのか、そんなことを事細かに聞かれてレイチェルは少し困ってしまった。


(静かな土地で犬と一緒に暮らしたいという事しか考えていなかったわ…)


 この時点で静かな土地というのはクリアしている。

犬はもう少しこの生活に慣れてからお迎えしたい、どんな暮らしがしたいか、何をしたいか……腕を組んだり、こめかみに手を当ててみたり、体を振ったり…と色々考えてみて出た答えは。


「毎日新聞を読みたい…かしら?」

「新聞…ですか?」

「えぇ、今まであまり触れてこなかったから……」

「承知いたしました、では明日ポストを設置しましょうか!」


ポストと聞いて心が躍った。

「か、可愛いポストが、いいわ…!」

小さなお家に可愛いポスト…それならお庭にはお花でも育ててみたいかも、とその事をナンシーに提案する。


「ではガーデニングですね!」とメモを何個か取ってナンシーはその日は帰って行ってしまった。


 明日必要なものを揃えたらまた伺いますと一言添えて帰ってしまうその背中をちょっとだけ寂しい気持ちで見送った。


「わたくしってばもうホームシックなのかしら………」

両頬に手を添えムニムニと引っ張った。


 二階にある自室に入り、ベッドに体を埋める。

カーテンの隙間から夜闇が広がっているのが見える、外は真っ暗で月明りだけが頼りのようだった。


―ベッドの上で寝がえりをうちゴロゴロと転がりながら考え事に頭を集中させた。


 新聞を読みたいと思ったのは、王子と聖女の情報を少しでも集めておきたいと思ったから、大好きな小説通りに進んでいると思っていた現実も、気づけば知らない未来を歩みだそうとしている。

 どこで2人の恋は食い違ってしまったのだろう、と考えやっぱり悪役令息という存在がこの恋には必要不可欠だったのか…と肩を落とした。


 黒猫に導かれて恋は進展しなかったのか、それでも彼女が聖女とわかるイベントまであと少し…、エイリスが聖女と認定されたらきっと環境が大きく変わるはず。


 本来なら来年18才になる2人は菜の花のブーケを腕に抱いて国民から盛大に祝われながら結婚式を挙げる。そして物語は終わるはずなのだ。


「わたくしが弟を断罪させないように育ててしまったから…?」


 それだから本来のお話とは違う進み方をしているの?ここまで自分がジョルジュから愛されるとは思いもよらなかったし、逃避するまでの現状に気持ちが少しばかり揺れて不安定になる。



「はやく、はやく本来の道筋に戻って…聖女と王子は結婚してこの国は豊かになっていきましたとさ、って終わりを迎えてよ…………」


 自分の顔を手で覆い、超リスペクトをおくっていた田上Pの作品をめちゃくちゃにしてしまったことを悔いた。

 やっぱり悪役令息という存在なくしてハッピーエンドは迎えられないのだ。


でも大好きな弟にそんな役割を押し付けたくない、ここから先の未来は自分が姿を消してひたすら傍観者として身を隠すことしか出来ない。


 いつか、ジョルジュがエイリスと幸せになったその時一目だけでも会いに行けたら…ふたりを祝福することが出来たら、それがこの世界の物語の終わりという事に出来るのではないかと自分なりのこんいたの最終回を考え、はははと声に出して笑う。


「結局わたくしは自分の好きな物語を最後まで見届けたかっただけなのね…」


 この物語の主人公は自分ではない、エイリスだ。

平民の女の子が王子様と出会って恋をして身分に悩んで乗り越えて、聖女となってみんなに祝福されながら王子様と結婚をする。

 そんな物語のわき役で当て馬を演じられる自分に誇りをもっていたのに、前世の記憶を思い出したときは胸が熱くなったのに…断罪される弟の存在を守ろうと物語の在り方を変えてしまった。


「だって仕方ないじゃない…わたくしはフィンを守りたかったんだもの…」


大切な可愛い弟、あの子の幸せのために頑張ってきたのに、そう考えて首を振った。


「だめだめ、まだジョルジュ様の卒業までは時間があるし、ふたりの恋の進展はどうなるか分からないんだから!わたくしとの婚約が破棄されるのは来月と考えて……」


(うん、十分愛を育むための時間はあるわ!)


 そうと決まれば自分にできる方法で2人のこれからを見守ろう、当て馬令嬢はもう表の世界から姿を消したようなものなんだから、絶対に上手くいくわ!と元気に布団を被りなおして目を閉じた。



 明日からは念願の田舎暮らし!

家を整えて部屋を片付けて、庭にお花の種を埋めて、可愛いポストを設置して、この付近に何があるのかお散歩をしよう!と決めワクワクした心地のまま眠りにつく。



(きっと大丈夫、オランジェーズ王国の未来は明るいわ。)



心の中で言葉を噛みしめ手放した意識を見送った。




*


読んでいただきましてありがとうございます。

次回更新は5/12になります。



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