#5 谷口彩香 襲来!! ④
谷口さんに踊らされたまま、現在入浴中。彼女は陽気な鼻歌を振る舞いながら、フライパンを揺らしている。
ここまで来ると分かってきたことが1つある。想定される自分の死因である。
普通、自身の死因など死ぬ直前まで理解できないものだが、自分の場合は刻刻淡々と映し出されている。つまり、自分はもう直ぐ4ぬということだ。想定された4因候補は以下の通りである。
その1:男子達に刺されて死亡。
その2:男子達に公開処刑にされて死亡
その3:未成年者奪取罪で首に縄を掛けられ人生死亡。
その4:宇宙人に襲撃されて死亡。
さぁ、好きな死に方を選ぶがいい! やめろーっ! 死にたくないー! 死にたくないーっ!
自分は長湯が出来ない体質なので入浴時間は短い。身体が温まったら本能的にすぐ上がってしまう。
「お、早いね! ご飯出来てるよー!」
「お、おお。」
素朴な机の上には目が奪われるような料理で埋め尽くされていた。
こ、これが『神の品々』か。人の弁当なんて覗き見すると気持ち悪い奴だと思われそうだから、なるべく目を逸らしていたが、実際に間近で見るとそんな2つ名があるのも納得するよ、こりゃ。
「ふふふ、驚いた? 普段から栄養が足りない松本君の為に張り切っちゃったからね!」
「これ観賞用じゃないんですか?」
「違います! ちゃんと食材用ですー! ほら、早く食べて! 冷める前に!」
「ちょ、ちょっと……」
谷口さんに引っ張られ、無理やり席に座らされる。食欲がそそる匂いが漂い、思わず息を飲み込む。彼女は向かいに座り、自分に圧を掛けながら満面の笑みでこちらを見つめ始める。まるで、早く食べろよと言ってるようであった。
「い、いただきます……」
圧に負けた自分は、本能的に箸を持つ。右手の震えが止まらない。
まさか、『神の品々』を口に含む日が来るとは。
果たしてこれは本当に『美味しい』のだろうか? あまりの美味しさで気絶しまうのだろうか。それとも、見た目とは逆にクソ不味くて、想像を絶する吐き気で気絶してしまうのだろうか。
どちらにせよ、気絶だけは絶対に回避せねばならない。
1番最初に目に入った肉汁が溢れるトンカツを挟みこみ、覚悟を決め勢いよく口に放り込む。噛んだその瞬間、脳内に電撃が轟いた。
こ、これは……!
「こ、これは!? なんて普通なトンカツなんだーっ!!!」
「それ一番傷つくやつなんだけど。」
冷たい目をした谷口さんがそう返す。
「いや、すみません! 美味しいです! 本当ですよっ!?」
しまった……あまりにも感想が思い浮かばない程普通すぎて、反射的に叫んでしまった。え? そこは日本人として意地でも口を慎めって? ムリムリムリ! じゃあ、お前も食ってみろよ! 絶対に99.9%の人間が『こんな何も感じない食べ物初めてだ!』と叫ぶからな!?
「ふーん。ならいいけど。ほら、手が止まってるよ?」
「あ、はい。」
谷口さんの料理の期待値がカンストしてたことにより、例え普通の味でも、より美味しく感じることが……出来ないくらいに味が普通なんだけど。
一人暮らしを始めてから、今までロクな物を食べていなかった。家庭の暖かい料理は時々恋しく思う。独り暮らしの自分にとっては家庭の味は正に絶品! と感じることが出来ないくらい普通だったから仕方ないよね。
それにしても、普通に美味しい食事なのに、何故か違和感が歯に食い掛かり、食を進めることが出来ない。なんでだろう、えっと……あっ、そうか。
「あの、谷口さんは食べないのですか?」
「へ?」
「ずっと、こっち見つめられたら食べにくいんですけど。一緒に食べましょうよ。」
「私は別にいいよ。これは松本君の為に作ったものだからね。」
「何言ってるんですか? 谷口さん、何も食べてないですよね?」
「食べてないけど……」
「じゃあ、食べましょ。自分、少食でこんなに食べれないので。」
「え? あ、そうだよね! よく見たらこれは作りすぎちゃったかも! でも、本当にいいの? 」
「当たり前じゃないですか。自分が作ったものですから。」
「そうだよね、えへへ。じゃあ、お言葉に甘えて。」
彼女の痩せた背中が起き上がり、食べる意図を見せる。しかし、自分は彼女の不審な言動に目を細める。
まさか、谷口さん。何も食べないつもりだったのか?
「味、普通ね。」
いや、お前が言うんかい。
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食事と洗い物を終えると、遂に谷口さんに知識を搾り取られる時間がやってきた。
「じゃあ、約束通り、授業づくり手伝ってもらうからね♪」
「はい。でも、もうこんな夜ですけど大丈夫ですか?」
「誰かさんがバイトしていたせいでね。」
グサッ。
「とにかく、締切は明日の5時間目まで! 今日は徹夜で教えてもらうからね。覚悟してね!」
「はい。あ、帰りはどうするんですか? 深夜に女性1人歩くのって不味いと思うんですけど。自分が送っていきます?」
「タクシー呼ぶからそこは問題ないよ。」
「そうですか。それにしても、RPGの知識ですか。一体何から教えればいいか全く検討がつかないのですけど。」
「そこは問題ない! 予め、私が疑問に感じたことをノートに纏めてきたから! 松本君はそれに答えてくれるだけでおっけー!」
いや、たかがRPGで真面目すぎる。でも、質疑応答形式ならなんとか答えられそうだ。流石、コミュ障相手にも優しい谷口さんである。
「では、最初の質問! 『パーティを組む』ってどういうことでしょうか? 『パーティ』って楽しむものじゃないのでしょうか!?」
……そこからか。
その後、谷口さんからRPGに関してあらゆる方面で聞き出された。
RPGの専用用語、ステータスの説明、宇宙人に出された職業の特徴の予想、お勧めの職業、etc。累計30個以上の質問に対して、なるべく丁寧に答えた。
世間から見たらかなり下らないものばかりだったが、RPGオタクにとって、RPGについて話すのは楽しいことなので、そんな苦にはならなかった。
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「ありがとう! まさか質問表が1日で全部埋まるとは思わなかったよ!」
「こちらこそ、まさか30個以上質問があるとは思いませんでしたよ……」
気が付くともう日が昇りそうになっている。バイトの疲れもあって、眠くて眠くて堪らないが、なんとか必死に堪え切った。
「これで明日の授業はどうにかなりそうだよ! 松本君は恩人です! ホント、あざすっ!」
「別にそれは構いませんけど、流石に帰った方が良くないですか? 時計見てください。」
「え? あああ!!! もうこんな時間! こんなに長居しちゃって、ごめんね!」
「タクシーで帰るんですか? 気を付けて帰ってくださいね。」
「うん! それじゃあね! お世話になりました!」
そう残し、慌てて谷口さんは家を出て行った。
ふぅ、なんとかやり切れたな。明日の授業どうなるんだろ? 自分の下らない知識が全校生徒の前で発表されると思うとめっちゃソワソワする。谷口さん曰く、自分の名前は隠してくれるらしいけど。
それにしても、谷口さんは凄い人だったな。今まで、彼女は根本的なIQを持っている人だと思い込んでいたけど、意外と人間らしい所もあったんだな。
基本、人は短所を誤魔化そうと精進するのだが、彼女はその短所と向き合い、徹底的に潰そうとしている。RPGの知識を持っていなかった『短所』を徹底的に潰そうとしてたでしょ? 自分に押し掛けてる時点で、その本気さが伝わったよ。
そう、彼女は『秀才』兼『努力家』だ。
その時、玄関先のドアが再び開く。中から谷口さんが顔を出してきた。
「あのー松本君。私、何時もタクシー呼ぶ時は学校の公衆電話使ってるんだけど、もしかして、ここの近くに公衆電話って……」
「ありませんよ?」
訂正しよう。彼女は『秀才』兼『ポンコツ』だ。