#4 谷口彩香 襲来!! ③
「あのーなんでここにいるんですか?」
「にひひー! 放課後に松本君をこっそり追跡したんだー! 偉いでしょ?」
成程。というわけで、スマホを彼らに連絡する必要があるようだ。
「あのー何をして……」
「ストーカーが目の前にいたので警察に連絡しようかと。」
「ちょっと待ったー!!! ねぇねぇ、そんなことより、今から授業作るから手伝ってよ!」
「話を逸らさないでください……というか、 今からですか?」
「うん♪」
『うん♪』 じゃなくて。もう真っ暗だけど。
「自分がバイトしている間何していたんですか? もしかして、ずっとここで待っていたんですか?」
「うん♪」
だから、『うん♪』じゃなくて。
バイトの時間は3時間くらい。ということは、3時間もこの雨の中、ずっとここで待機していたのか。マジかよ。
3時間も一人の女性を待たせてしまった心咎めさより、こんな陰キャオタクのために3時間も待つことができる胆力に感心してしまっている。でも……
「自分を待つためだけに3時間使う胆力があるなら、その胆力で親の教訓をぶち破って、インターネット使えば良かったのでは……」
「グサッ」
あ、また刺しちゃった。そんなつもりはないのだが。
「ううう……確かに、松本君の言う通り、バイトしている間に学校のインターネットを使おうと心掛けたの。」
「あ、そうなんですか。」
「でも、大きな課題に直面しちゃって。」
「大きな課題?」
「うん。学校のPCのパスワード忘れちゃったの。」
おおおい!? お得意な記憶力はどうした!?
「パスワードくらい先生に聞けばよかったのでは?」
「先生に聞いたら、なんでそんなこと覚えていないのかと不信がられちゃう。あと、使用目的とか色々追及されそうで、怖かった。」
「そんなことないと思いますけど。」
まぁ、気持ちはとても分かる。
『分からないところは先生に聞け!』、『質問は恥ずかしいことではない!』 という物言は、義務教育受けている以上、誰もが一度は言い聞かされているだろう。そして正しいことなのだろう。分かっている、それでも、謎のリミッターの発動で行動に移すことができない。この世とは思えない精神的苦痛が脳内に襲ってくるからだ。
『恥ずかしくない』と連呼されても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。特に、誰もが知ってる一般常識を質問することは。谷口さんの場合、なんでもできる生徒会長と世間で知られているから、更に質問をする難易度が高いのかもな。
「松本君もバイト終わりで疲れてるから本当に申し訳ないと思っているよ? でも、色々考えた挙句、松本君にしか頼るしかなかったの。お願いします! 力を貸してください! 私ができる事ならなんでもやるので!」
まさか、谷口さんの執念がここまでだとは思わなかった。しかも、その執念は自分の為ではなく、他の生徒達の為のもの。どうして、そこまで動くことができるのだろうか。そこが、彼女の魅力であり、惹かれる人も多い理由であるかもしれない。
「分かりました。自分でよければなんとか力になりましょう。」
「ふっふっふ……本当に断るんですか? ここで断ったら、松本君がアメリカ人のスーパースター、クリス・カーターの写真集で×××していることを明日の新聞部に……え? 今なんて?」
「自分でよければ力になろうと。」
「……ぇえええ!!?」
なんだその反応。
「本当にっ!? 本当にいいの!? てっきりまた断られるかと!?」
「自分を何だと思っていますか? 今まで断った理由ってバイトがあるからですよ? その断った理由が今無くなったわけですから、引き受けるものは引き受けますよ。」
「ありがとう!本当にありがとう!」
「あと、谷口さん。」
「ん? どうしたの?」
「さりげなくとんでもないこと言ってますよね? 聞き逃していませんよ? 自分がクリス・カーターの写真集で……」
「あっ」
「確かに自分はクリスさんのファンであり、ファンとして写真集も持っています。だけど、どうして貴方が、それをご存じなのですか?」
「えっと、それは……」
「それに、写真集は持ってますけど、×××はしていません。×××をしていない証拠はありませんけど、×××している証拠もありませんよね? その嘘かもしれない情報を新聞部に?」
「……はい。」
「……やっぱり、お断りします。」
「え!? そ、それはっ! あっ! 松本君、何処行くのっ!? ちょっと! 本当に、すみません! すいませんでしたー!!!」
********************
はぁ、なんで自分がクリス様のファンだというの流出してるんだ。谷口彩香、今までの個人情報は何とか気を許せる範囲だったが、流石にクリス様の情報となると……彼女を危険人物と判断せざるを得ない。流石にこの空気で協力する気にはなれなかった。
この雨の疲労の中で全力で逃げようと試みたが、振り切ることはできなかった。なにせ、女子の平均より体力が無い自分が逃走者となり、男子のトップより体力がある谷口さんがハンターになっているのだから。まぁ、逃げれる要素が微塵もないよね。でー、でっででっでで! 確保ぉ! が勝手に頭の中で再生されている。
「はぁはぁ……結局、自分ん家まで来たんですね。」
「ここまで来て帰ると思ったの? 私の執念を舐めないでよね? それにしても、ここが松本君の家かー! アパートで1人暮らしなんだね! 私と一緒だ!」
あら、谷口さんも一人暮らしなのか。親の門限がないか心配にはなったが、一人暮らしなら問題ないのだろう。今まで1人で何とかしてしてきたのだから今回の件も1人でもなんとかやっていけるのでしょう。さて、さっさとお風呂の準備でもしますか。
「わーい、お邪魔します!」
「ちょっと待ってください? 何、当たり前の様に入ってこようとしてるんですか?」
「え!? 入れてくれないの!?」
「入れるわけないでしょう!!!」
「酷い!こんなか弱い女の子を1人廊下に置いてけぼりにするの!?」
「スーパーの前で3時間待ってる人が何言ってるんですか? それに、もし入れたら、自分の個人情報全て新聞部に晒すんでしょ!?」
「晒さないよ! まだそれ引きずってるの!?」
「引きずりますよ……次々と自分の大事な個人情報晒して。」
「そ、それは……あ、そうだ! 松本君今日の夕ご飯何にするの?」
「また話を逸らして……ええと、夕飯は、あっ。」
そうだった。今日はコンビニで肉まんと適当な弁当を買うつもりだった。だけど目の前の人と逃走中ごっこしてたせいですっかり忘れていた。
しまったな、今からコンビニ行くの大分辛いな。けど、食べないよりはマシだし、行くしかないか。
「ふふ、どうやらご飯を買い忘れたみたいだね。」
「はい、誰かさんのせいで。というわけで、今からコンビニに戻りますね。」
「待って!今からコンビニに戻るの大変でしょ? そこで私から提案があるんだけど!」
「提案?」
「もし、よかったらだけど、今から、私が松本君の家でご飯作らせてもらえない? ほら、材料は松本君のスーパーで調達済みだよ?」
「ええっ!?」
谷口さんはいつも昼休みに自分が作った弁当を何時も持参している。彼女の料理は男子の間で『神の品々』と噂されている。そんな神の品々を自分のために作ると言い出したのだ。そんなの恐ろしくて手を出すことなんてできない。文字通り手が出せないというオチかもしれないけど。
「いや、流石に……」
「どうせ、碌な物食べていないでしょ?」
グサッ。
「ねぇねぇ、等価交換しようよ。私は栄養満点のご飯作るから、松本君は授業づくりの手伝い。材料費はこっちが全負担するから、どうかな? 」
コイツ、さっきまで何でもするとか言ってたのに、突然、等価交換とか言いやがった。
「よし、決まり! では、お邪魔しまーす!」
「ちょっと! 自分はまだ何も……」
「どうせ、松本君にとって断る理由もないでしょう?」
「そうだけど……」
「じゃあ、問題ないね!」
問題しかないよ。未成年の女性を親の許可無しで人の家に入れることは、未成年者奪取罪で捕まるんだよ。はぁ、私のこれから見える世界はファンタジーの世界ではなく牢屋の世界なのかもしれない。
「おー意外と部屋綺麗だね! あ、キッチンもある。お借りするね。少し時間かかるから松本君は先にお風呂に入ってきてよ!」
気付いたら、勝手に話進められてるし。彼女は他人想いなのか、自分勝手なのか、よく分からなくなってきたな。