#3 谷口彩香 襲来!! ②
「もしかして、今から明日までに一人で授業を作って完成させないといけないってことですか!?」
「そこは問題じゃない。授業くらいなら知識があれば無理やり繋げられるから。」
なるほど、彼女は天才だから問題ないのか。
「では、何が問題なんですか?」
「私、肝心の知識がないの……」
「はい?」
「私、生まれて一度もゲームしたことがないの。だから知識が誰よりも空っぽで。」
ほぉ、まさかのゲーム未経験者。
「えっと、ゲーム未経験者なのにどうして講演者を引き受けたんですか? 谷口さん一応生徒ですし、少なくとも断れたはずだと思いますけど。」
「他にやれる先生いないし、私が引き受けるしかなかったの。 それでも、図書館やインターネットで調べれば何とかなるとまだ思って。」
言われてみれば。図書館はライトノベルしか参考になるものなさそうだけど、インターネットは間違いなく、世界最強の百科事典である。ファンタジーというくだらない内容でも精密に出てくるからね。いくら、ゲーム未経験者の谷口さんでも最強のIQがあれば、未接点な内容でも豊富な知識を放り込めるだろう。
「いくらネットがあるとはいえ、何も知識を持っていない状態から、たった一日で授業まで作るとなると、ご心中をお察しします。」
「あ、1日もあれば全然時間足りるから大丈夫だよ。」
「あ、うん、そうですか。」
谷口さんがやってる事って、日本語しか喋れない日本人が1日でドイツ語勉強して、明日ドイツ語の授業やれって言っているのと同じ事だよね? それなのに、彼女のこの余裕そうな表情。やばいかっこいい、憧れる。
「だけど、たった一つだけ重大なミスを見逃してしまって。そこで松本君を呼んだの。」
「重大なミス?」
「うん。」
いくら谷口さんとはいえども、ケアレスミス自体は犯してしまうものなのか。やっぱり彼女も自分と同じ人間だと言う事。最強のIQに加え、人間らしく、可愛いとか最強か?
「私、インターネットはお父様に禁止されて使えなかったの!」
「……」
あれ、この人もしかして結構ポンコツ?
「ええと、ネット使えないなら詰んでません?」
「いや、まだ詰んでない! 最終手段に松本君がいる!」
「じ、自分がいるってどういうことです?」
「私、知ってるよ? 松本君がRPGの達人だということを。だからRPGの知恵を少しわけて欲しいの。放課後少し時間貰えないかな? お願い!」
成程。つまり、放課後に一緒に特別授業を作ろうということか。しかも、絶対に関われることがないあの谷口さんと二人っきりで。
こんな機会はたとえどんな災害が起きても、二度と訪れることは無い、宝くじで1等当たるくらい奇跡に奇跡が重なったような特権なのだろう。もし、他の男子にバレたら、間違いなく刺されるくらいにね。
ならば、答えはただ1つ。
「ごめんなさい。」
「ええ!? ねぇ、どうして!?」
「谷口さんが自分がRPGオタクだと知っているからです。 自分のその重大な個人情報は両親にすら晒していません。別に、晒す機会が無いだけですけど。誰にも晒していない情報をなんで谷口さんが知っているのですか? そんな怪しい人に知恵をお貸しする気持ちにもなってください。」
「ふっふっふ、私は生徒会長ですよ? 生徒会長として、松本君だけはなく、全校生徒の氏名とある程度の個人情報は全て頭の中に入ってるんですよ。」
「記憶力とストーカーの化け物ですか? 」
「ですがご心配は要りません! 私は皆の個人情報をしっかり守ります! 無論、松本君の個人情報も誰かに晒す真似など決していたしません! なのでご安心を!」
「そういう問題じゃ無いと思いますけど。というか何で一人一人の個人情報を調べて記憶してるんですか?」
「皆をより良くしたいから。それが生徒会長の役目。皆の為には、まず私が皆の事を知らなくちゃ駄目でしょ?」
マジかよ。最初はとんでもない趣味なのかと思ってたけど、想像を遥かに超える真面目な理由だった。
「今回の特別授業も皆の命を守るためのもの。だから松本君にも協力してほしいの、お願い。」
そっか。谷口さんは自分の為ではなく、誰かの為にこうして動いているのか。彼女の瞳には真剣さがビシビシと伝わってくる。これには、流石に笑う訳にはいけないね。
「ごめんなさい。」
「どうして!? 私は生徒会長として、どうしても特別授業を実施しないといけないの! 最悪、荒川の生徒が犠牲になったらと思うと、じっとしていられないの!」
「学校のPCでなんとかしてください。」
「授業以外でインターネットを使うことはお父様に……」
「自分達の生徒の命より親の規律の方が大事なんですか?」
「グサッ」
あれ、なんかダメージ入っちゃってる。そんなつもりは無かったんだけど。
「うう、駄目なの。どうしても規律を守らないといけない理由があるの。」
「そうですか。では、頼る人を他の人じゃ駄目なんですか? RPG自体の知識なんて大したことないですし、実質初対面の自分よりも信頼できるお友達が沢山いると思いますけど?」
「中途半端な知識じゃダメなの。一般人が知っている程度の知識じゃ授業する意味なんてないでしょ? 有意義な授業を作るには、RPGの総プレイ時間が15000時間以上やってる松本君にしか頼めないの!」
「自分の総プレイ時間晒されたのでお断りします。」
「ねぇねぇ、どうしても駄目なの? じゃ、じゃあ、もし、頼みを聞いてくれたら、私ができることならなんでもするよ? 」
な、なんでもするだとっ!? あんなこともこんなこともか!?
もう、彼女は自身の犠牲を払う覚悟で来ている。『なんか喰いついた!(キラーン⭐︎)』という顔してるけど。それなのにどうして、自分はこんなに意地悪な対応をしているのだろうか。人間として最低だ。もはや、男子に刺されるだけでは済まないだろう。わかりました。自分の負けです。
「ごめんなさい。」
「ねぇ、ここまでやってるのにどうして断れるの? 流石に白状すぎない?」
「なんとかしたい気持ちはありますけど、自分にもできない理由があるんですよ。すみません。」
「え? 松本君って帰宅部で放課後いつも暇じゃないの?」
失礼な。
「はい。放課後に『バイト』があるので放課後は物理的に無理なんです。すみません。」
「そ、そんな……」
彼女は肩を深く落とし、黙り込んだ。流石に人の生活費を稼ぐ重大なイベントを邪魔するつもりはないらしい。
彼女のことだから、バイトしていることも晒されてるかと思っていたけど、まるで初めて知ったかの様な反応をしている。
うーん、晒される基準がよく分かんないや。
ちなみに今日の放課後にバイトがあるのは本当だ。実家が物凄い田舎で、近くに高校が無かったため、高1に近くのアパートに引っ越して、独り暮らししている。
学費や生活費は両親からある程度貰えるが、それとは別で、ゲームや漫画・ラノベという娯楽のためにバイトで稼いでいる。
まぁ、自分もバイトがなかったらふたつ返事でOKしていたけど。なにせ、なんでもしてもらえるらしいからな、ぐへへへへ。
ちなみにバイトの内容はスーパーの清掃で定員は一人の為、原則キャンセルは出来ない。サボったら多大な迷惑をかける事になる。緊急時でキャンセルするなら分かるが、『クラスメイトの宿題を手伝うから今日のバイトキャンセルさせてください』と言えば、間違いなく店長にクビにされるだろう。
「お力になれず、すみません。それでは自分はこれで。」
というわけで無慈悲だが、自分は帰らせてもらう。
まだ、昼食も食べていないからね。もし、昼休憩で昼食を食べ損なうと、夜まで何も食べずに過ごさないといけなくなる。
谷口さんには悪いけど、そもそも、今回の事件は特別授業することを決めた谷口さんの自業自得だしね。
まぁ、自分より5億倍真面目な谷口さんならこんな状況でもなんとかしてくれるでしょう。自分はそう信じることしか出来ないけど、応援だけはさせていただきます。頑張れ。
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「お疲れ様ー!」
「……」
バイト帰りという、薄暗い空間の中で希望を照らすような明るい声が聞こえた。その矛先を向けると、1人の非常に可愛らしい女性が姿を現す。
女性はクリーム色のスカート、桃色のカーディガンを纏い、赤暗く輝く白い傘を差している。まるで、幻と言われている谷口さんの私服姿の様に見えた。
谷口さんに非常に似ている女性は誰かを呼んでいるようだったが、自分とは全く無関係な人なので、目を合わせないように心掛けながら通り過ぎる。
「ちょっとー! 何当たり前のようにスルーしているの!?」
「ド、ドチラサマデショウカ?」
「谷口彩香です♪ 松本直人さんをお待ちしておりました♪」
「知らない名前ですね。人違いだと思いますよ? 他を当たって下さい。」
「では、貴方の持っているその鞄は何でしょうか? それは我が校、荒川高校の鞄に見えます。よろしければ、中身の教科書を見せていただけませんか? 名前を確認したいので。」
「はい、降参です。すみませんでした。」
谷口さん……確かに心の中で応援するとは言いましたけど。
ナンデコンナトコロにイルの?