#2 谷口彩香 襲来!!
ガラガラガラ……
朝のチャイムが鳴るのと同時に、担任の教師が入ってくる。何時もより、少し冷や汗を搔いているような気がする。担任も、宇宙人の声が聞こえたのだろうか。
「よし、全員揃ってるな。今から重大な連絡をする。落ち着いて聞くんだ。」
その言葉に誰もが目線を仕向ける。やはり宇宙人に関することなのだろう。男子達は休校になることを期待に目をキラキラさせている。コイツらは……もういいや。
「お前たちも聞こえたかもしれないが、先ほど宇宙人らしき者が人類に話しかけてきた。未だに信じられないことだが、これから宇宙人が地球に侵略してくる可能性も決してゼロではない。よって、これより我が校は……」
バンっ!!
教壇を両手で強く叩く音に更に注目を集める。
「通常通りの授業を行う! 理由は宇宙人の態度が非常にウザいからだ!」
「岡崎、てめぇふざけるなよ! 宇宙人が侵略してきたら俺たちの命がどうなってもいいのかよ!? 今すぐ休校にしろっ!」
「うるせぇっ! こっちだって月給とボーナスが掛かってるんだ! あと、教師の俺を呼び捨てするなと何度言ったら分かる!」
この学校終わってるだろ。
ちなみに、完全に底辺高に見えるここ、荒川高等学校はびっくりするかもしれないけど、一応みんなそこそこの大学を目指している進学校である。
「はぁ、谷口、お前からも説明してやれ。」
「はい、先生。」
右前から明るい声が起立し、桃色の髪が教壇に向かって靡く。彼女の登壇で反乱する男子達は一気に場が鎮まる。
彼女の名は谷口彩香。文武両道、某大手企業の社長の娘、2年生でありながらも生徒会長を務めているスーパーお嬢様。
明るい性格の上、誰に対しても優しく接しているため、男子からの人気も凄まじい。教師からの信頼も厚く、何故か職員会議にもよく出席しているほどである。
いや、本当なんでだよ。
岡崎先生は反乱する男子達に対し、よく、谷口さんを使って場を沈めている。もはや、先生より谷口さんの方が立場的に上になってきてる。先生、教師として本当にそれでいいのか?
「皆さん、よく聞いてください。先ほど、職員達で宇宙人の声に対する緊急会議を行いました。
『宇宙人』と自称した謎の生命体は、脳内に直接私たちに語りかけてくる特殊な技術を持っています。そしてこれ、『セレクト画面』と呼ばれる謎のモニターも、自身の意思だけで取り出しが可能です。
これらの技術は私たち地球人には存在しません。つまり、宇宙人は私たちの文明より遥か進んでいることを意味します。
正直に言います。私たち地球人の技術を全世界で掻き集めても、あの宇宙人には太刀打ちすることすら不可能だと推測しています。
宇宙人と地球人では、文明のレベルが違いすぎるからです。宇宙人はやろうと思えばいとも簡単に地球を侵略できてしまうことでしょう。
しかし、宇宙人は何故かそれをせず、『地球をファンタジーの世界に変える』と布告してきています。
ですので、私達が出来ることは唯一つ。変わってしまうファンタジーの世界に対し、より多くの備えを用意することです。
ファンタジーの世界に変われば、何が起きるか分かりません。しかし、ファンタジーの知識を事前に持っている程、生存率は高くなるのもまた事実です。
従いまして、我が校はファンタジーの世界に対する特別授業を実施することが決定しました。明日から毎回5時間目をお借りします。
皆さん、私達が出来ることは学校を休校にすることではありません。変わってしまう世界に対して、なるべく高い確率で生き抜くことです!
休みたい気持ちはよく分かりますが、皆さんが生き残るために、もう少しだけ頑張ってください!」
「た、確かに休校になったら谷口さんが見れる時間が減ってしまう!」
「俺は谷口さんの後ろ席。休校になったら彼女の後ろ姿が見られなくなってしまう!」
「世界が変わったら彩香ちゃんが危なくなるかもしれない! なるべく強くなって俺が彼女を守らないと!」
「「うおおおおおお!!! やるぞぉぉぉぉぉ!!!」」
お前ら、絶対に話聞いてないだろ。
しかし、流石は我らが英雄谷口さん。迅速すぎる判断と行動力に腰が引ける。まだ宇宙人の声が聞こえてから1時間程しか経っていないですよ? この対応速度は本当に人間業なのかと思うくらい引くレベルである。『谷口さん、実は宇宙人説』をここに提唱します。
それにしても、ファンタジーに対する特別授業か。よく進学校で認められたな。まあ、緊急事態なので仕方ないかもしれないが。
普段からRPGやっている自分にとってはどんな授業になるか普通に楽しみだな。あと無条件で、休校にならずに5時間目の憂鬱の授業が消えるのは普通に神展開である。補講追加されたらクレームあげるけど。
「連絡は以上です。何か質問はありませんか?」
「はいっ! 谷口さん! 世界が変わったら俺と一緒に冒険者パーティー組みませんか!?」
「はぁ!? ずるいぜぇ! 谷口さんとパーティー組むのは俺だ!」
「お前ら抜け駆けするなよ~! 俺と一緒に組もうぜ~! うひゃひゃひゃ!」
「お前、それ谷口さんじゃなくて、もしかして俺たちに言ってる? うわっ!? やめろ! 来るなぁぁぁ!!!」
冒険者パーティーか。谷口さんの倍率はエグイことになりそうだな。さて、谷口さんはどう答えるのだろうか。
「あの、パーティーを組むってどういうことですか? パーティーって楽しむものじゃないのですか?」
「え?」
「え?」
その後、しばらくうちのクラスルームは南極という空間に包まれた。
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「たしゅけてくださいぃ!!! お願いします!」
ここは学校の屋上。現在、自分はあの谷口さんに泣きべそかかれながら助けを懇願されている。
別に自分と谷口さんは何かしら深い関係を持っているわけでもない。ただのクラスメイトであり、まともに会話すらしたこともない。間接的な他人であり初対面なのだ。
なのに、どうしてこうなってしまったのかって? そのお言葉、そっくりそのままお返しさせていただきます。
事の発端は、午前の授業が終わり。昼食を取り出そうと机の中を調べたら、見知らぬ手紙が紛れ込んでいた。
手紙の宛先はまさかの谷口さん。内容は昼休みに屋上で話があるということ。
流石に目を疑ったね。全く関わりを持ったことが無いこんな自分に、一体何の用かと。
大人気アイドルの谷口さんが、こんな陰キャボッチの自分に用事があって、更に直接話しかけるのではなく、わざわざ自分の引き出しに手紙を入れる確率より、他の男子が自分に罠を仕掛ける確率の方が圧倒的に高いので全く期待していない。
けど、決して確率はゼロではないので、結局向かうことにした。
もちろん期待していない。
してるわけがない、どうせ罠なので。
あーやばい、凄い緊張する。
屋上に行くと、谷口さんが普通にいた。まさか本当にいるとは思わなくて心の臓が飛び出ると思った。
と感じる暇もなく、彼女は自分の存在に気づくと真っすぐこちらに向かい、半泣きになりながら助けを懇願してきたのだ。
そして今に至る。こんな惨めで残念な谷口さんを見るのは生まれて初めてで、驚愕と困惑でいっぱいである。自分は必要最低限な会話しかしないので他人に話しかけるのは苦手だ。だが、この状況で流石に黙っていられないので口を無理やり動かしながら慎重に声を掛けてみる。
「あ、あのー、急にどうしたんですか? ま、まずは落ち着いて、そして経緯を。」
「あ、そうだね。ごめんね、急に呼び出して。」
マジでどうしたんだ、完璧美少女。
「朝のホームルームで明日からファンタジーに関する特別授業をするって連絡したよね。」
「はい。」
「特別授業は全クラスが体育館に集まって実施するんだけど、問題は誰が講演者になるか。ファンタジーの知識を持ってる教師が周りに誰もいないの。」
「まぁ、当たり前ですよね。完全に学問とは専門外の内容ですから。」
「そこで、私が講演者として選ばれたの。大人より子供の方がゲームの知識ありそうだからと。」
「マジですか?」
「うん。」
「……」
なんか荒川の教師共の対応が適当すぎない? 何でそんな命に関わる大事な講義を生徒会長一人に押し付けるんだ? ま、まぁ、過去にも何故か谷口さんが教師側になった経緯が数えられないくらいあるし、ここまでくると不思議にはならないんだけど。
ああ、谷口さんがヤバすぎて、自分でも感覚が麻痺してるよ。