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うさん臭い男

「それじゃあ、気を付けてねー」


翌朝、昨日愚痴を聞いてくれた彼女に見送られながら家を出る。


「・・・本当に何もなかった」


別に期待していたわけではない。


だけど、だけどさ。


一晩をともにした仲だというのに、俺は彼女の名前すら聞けていない。


・・・まあ、仕方ない。健全なのはいいことだ。教会の爺に選ばれた勇者としては上出来の立ち居振る舞いだろう。


「さて、と」


気持ちを切り替えるために深呼吸を一つ。


昨日の考え通り、家を探しに行こう。広い王都だ、空き家なんていくらでもあるだろう。


長らく勇者をやっていた身だ。お金はたくさんある。


重たい肩書を脱ぎ捨てたんだし、まずはゆっくりできる場所の確保。


『世界を救う』・・・なんて重圧から解放された両足はとても軽かった。




「うし・・・と」


一通りの掃除を済ませ、新しい家をもう一度見て回る。


元勇者の家というには質素な気もするが、まぁいいだろう。


あんまり広すぎると手入れも大変だろうし、なにより寂しいし。


「予定よりも早く終わったな」


家の購入は、大したエピソードもなく終わった。


今朝、勇者が変わったということが発表されたから、事情を聴かれたり、少々憐れまれたりしたくらいか。


「・・・暇だな」


今日はもう予定がない。


・・・というよりもこれから先の予定がなんにもない。


一昔前なら、空いた時間があるたびに鍛錬をしていたものだが、もはやその必要もないだろう。


「散歩にでもいくか」


そう呟いて、新居の扉を開ける。


大きいな深呼吸を一つ。うん、美味しい。空気の味が昨日までと変わっている気がする。


「ま、気がするだけなんだけどさ」


行く当てもなく、歩く。


街行く人々の視線が刺さり、ひそひそ話が僅かに聞こえてくる。なに、気にすることはない。人の話題とはすぐに移ろうものだ。


・・・そう、気にすることはない。『その他大勢』の視線なんて。


今の俺にとって彼らは、救うべき世界の人々ではなく、赤の他人なんだ。


・・・他人にどう思われようが関係ない、が。


今の俺の姿を見たら、両親はどう思うだろうか。


大切なものをすべて奪われ、そのことに怒りも覚えず、取り返そうともしない軟弱な俺を見たら。


それに、気にかかるのは教会の偉い爺さんだ。・・・まだ生きているかわからないけど。


選んだ勇者が本物じゃなかったとなれば、風当たりも強くなってしまう事だろう。


「・・・ま、気にしてても仕方ないか」


そう結論付け、歩調を早める。


嫌なことばかり考えていても仕方がない。こんなに空は青いのだから。


「ちょいと、そこの道行くお兄さん」


不意に、しらない男に呼び止められる。スーツで全身を包み、シルクハットを被った男だ。・・・が、俺は無視して歩き続けた。


理由は簡単。・・・なんだかこの男はうさん臭い。特に理由はないけれど、直感的にそう思ったのだ。


「あれれー聞こえてないんですかー?しもしもー?」


男は俺の横について、同じ速さで歩き始める。


「元勇者さーん?おーい!」


「・・・・」


俺の目の前で手をぶんぶんと振ったり、遠慮がちに頬をつついてみたり。


「元勇者さーん、本当は聞こえてるんでしょう?いいんですか、このまま無視されてたらおじさん泣いちゃいますよー?いい年したじじぃが、割と大声で本気泣きしちゃいますぞー?」


「・・・あぁ、もうっ!」


このまま無視している方が面倒だと思いなおし、足を止めて男を見る。


やはりうさん臭い。姿も声も。


「なんだぁ、やっぱり聞こえていたんじゃないですか」


「なんの用だよ、視線が痛くて落ち着かないから手短に頼む」


もともと集めていた視線が、この男の登場でさらに増えてしまっている。


異世界人にあっけなく負けた元勇者と怪しげな男。人目を引かない方が不自然だ。


「勇者パーティを追放され、寂しい想いをされているんじゃないかと思いましてねー、お声をかけたんですよ」


・・・寂しい想いをしているのは事実だな。


「そ、れ、で。ぜひ元勇者様に紹介したい商品があるんですよ。・・・お金(これ)、それはそれはたくさんお持ち何でしょう?」


手でお金を現し、男はにやりと笑った。


「そりゃ多少はあるけど・・・」


「ならぜひ、ぜひおすすめの商品をばっ!」


「・・・わかった、わかったから」


唇が触れてしまうんじゃないかというほど詰め寄ってきた男を押し戻し、深いため息を吐く。この男が初めての相手なんて冗談じゃない。


「・・・みるだけだぞ」


おすすめの商品とやらを一度見て、それからきっぱりと購入を断る。それが一番早そうだ。


「うひょー、ありがとうございます!・・・ささ、ついてきたください」


スキップで移動する男の後ろを、ため息交じりについていくのだった。

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