この世界の現実
「お願い、私の勇者・・・さま。シュトラちゃんを・・・助けて・・・」
俺の腕の中で、フェルンは途絶え途絶えそういった。その存在はとても儚くて、今にも消えてしまいそうだった。
「なんだよいったい・・・何がどうなって・・・」
意味が分からない。一つとして。まったく。
手首から先を失っている彼女の血液が、行き先を求めてバカみたいに流れ出ている。
現代の医学や半端な魔法では、まず治すことができない重症。
その重症を完璧に治すことができるのは・・・きっと天使のような力だけだろう。
例えばそう。勇者パーティが一人、フェルン・レーベンが持つギフトー--『天使の指先』。あれくらい規格外な力じゃない限り、この怪我は治せない。
そしてその指先は今・・・。
・・・もう、失われてしまっている
「彼女の手はもう・・・治らない・・・?」
現実を口に出すと、実感を帯びる。そしてその実感は絶望となり、俺の全身を駆け巡った。
「西にあるダンジョン・・・勇者様を呼んでこないと・・・シュトラちゃんを、殺すって・・・」
うつろな目でフェルンが呟く。
「シュトラ・・・?あいつが殺されるって、負けたってことなのか?」
彼女はとても強い。その強さは同じパーティだった俺が一番よく知っている。その彼女が負けることなんて・・・
「どういう事なんだよ、シュトラは誰に負けたっていうんだ。ヴィルラドやアオイは?・・・いったい何がどうなって・・・」
何も状況が飲み込めずに、思ったことを片っ端から言葉にしていく。
「それに、お前の怪我はちゃんと治るのか・・・?いつもみたいにさ、時間でも戻した見たくパパっと・・・」
言いながら、俺だって理解している。彼女の能力は、指先で触れたものの傷を癒す能力だ。・・・その指先が失われてしまっている今、彼女の手首から先は二度ともと通りには戻らない。
「なぁ、なんとか言ってくれよ。その傷はちゃんと治るんだろ?シュトラが殺されるなんて、きっと嘘なんだろ?」
俺は今、きっと混乱している。何もわからない現状と、フェルンの痛々しい姿に。
「なぁフェルン、何とか言ってくれよ。また俺にさ、笑いかけてくれよ。勇者じゃなくなった勇者の俺に、なんの取り柄もない俺にさ・・・また元気をくれよ・・・」
涙でかすむ視界の中、彼女の体を軽く揺さぶっていると。
「なぁ・・・フェルン・・・」
奴隷の彼女が、俺の肩を叩いた。
「・・・もう、死んでるわ」
信じたくない、だけど信じるしかない絶対の現実を、俺に突きつけるのだった。