全然変わってない
一人で町の中を歩く。目的地なんてない。ただただ時間を潰しているだけだ。
夜まで帰ってくるなと言ったのは奴隷の彼女で、俺はその主人だ。いうことを聞く理由なんて一つもない。
もし今家に帰って何か文句を言われたとしても、一度くらい怒鳴って黙らせてしまえばいいんだ。
・・・だけどそんな気には少しもなれなかった。
不思議だ。どんなに彼女が俺のことを嫌いと言っても、横暴な態度をとっても、不思議と心からは嫌いになれない。さすがにムカつくことはあるけれど。
「理由もなく俺を嫌いな彼女と、理由もなく彼女を嫌いになれない俺か」
やっぱり、不思議だ。
「ーーーあれ、勇者さん?」
不意に、誰かから声を掛けられる。
「・・・元だよ、元」
反射的にそう答える。少しめんどくさいなと思いながら顔を上げると、そこには・・・
「・・・フェルン?」
☆
「勇者さんでも、女の子には敵わないんですね」
俺の話を聞き終えると、フェルンは柔らかく笑った。
「元だよ、元」
そんな彼女の笑顔に、俺は定型文で答えながら先ほど注文した飲み物を飲み干す。
フェルンと二人でお茶・・・俺たちが『仲間』だったあの時には、一度としてなかったことだ。
俺はもう彼女の仲間でも勇者でもない。だから彼女と二人で過ごすつもりなんてなかったが、フェルンは珍しく俺を強引に誘った。
「元なんかじゃないよ。私にとっての勇者様は、貴方だけだもの」
「そんなこと他で言うなよ?現勇者に聞かれたらどう思われるか」
「そう・・・だね。あの人はあなたと違って横暴ですから」
『アオイ』。その名前を出した瞬間フェルンは少しシュンとしてしまう。
そして、そのまま言葉をつづけた。
「彼の戦いは、いつも自分の力を誇示するための戦い。私は彼に優しさを見たことがないな・・・」
「いいじゃないか、それでも。力がなければ誰も守れない。・・・『想い』だけじゃ足りないんだよ。力がなければ大切な人の隣で戦うことすらできないんだから」
俺は自分の手のひらを見つめる。なんにも持っていない、ちっぽけな手のひらを。
「『想いだけじゃたりない』・・・確かにそうかもしれない。そうかもしれないんだけど、想いだけじゃたりないなんて、とっても悲しいと思うんだよね」
「悲しい・・・か」
とても優しい、彼女らしい意見だと思う。
「確かにそう。想いだけじゃ足りないんです。・・・だけど想いだけで、がんばれちゃう人もいる。きっとあなたは、そんな素敵な人なんです」
「買いかぶりすぎだよ。俺はそんなに『良い奴』じゃない。だって俺は・・・」
だって俺は、お前たちを捨てて逃げたんだから。
「もう一度、私たちの所に戻ってくるつもりはありませんか?私の勇者さんは、やっぱりあなただけみたいだから」
彼女が、包み込まれてしまいそうな優しさで語りかけてくれる。
「フェルンがそう言ってくれたとしても、みんなが認めない。俺は勇者パーティを追放されたんだから」
だけど俺に、その優しさを享受する資格はなかった。みんなを捨てた俺なんかに。
「みんななんて関係ない。勇者さんの気持ちが一番大切なはずです。・・・私、わかってるよ。貴方は自分の力に自信が持てなくて、私たちに気を使って身を引いたんだよね・・・?。アオイさんの方が適任だ、彼の方がきっと世界を救う力があるって。でもそんなの・・・」
「違う・・・っ!」
気が付くと、俺は声を荒げてしまっていた。彼女にこんな態度をとるのはきっと初めてだ。
「みんな俺のことを勇者って色眼鏡で見てるんだ、本当の俺なんて知らないくせにっ!」
そうだ。みんなみんなそうだ。俺の本当の名前なんて知らないし、興味もないくせに。
勝手な理想を押し付けて、夢を託して、勝手に期待して。さして最後はきっと・・・勝手に失望してしまうんだ。
「俺はそんな立派な人間じゃない。あの半ボケのクソ爺が適当に勇者なんて呼んじまっただけなんだよ!」
汚い感情をぶつける。こんなに醜い男が、勇者であってなるものか。
「身を引いた?いいや違うね、俺は単純にアオイに力で負けたんだよ。それに俺は・・・逃げ出したんだ」
奴隷の彼女に嫌われてしまうのだって当然だ。彼女は俺のこの醜い本性を最初から見抜いていたのかもしれない。
「勇者だなんて重たいだけの面倒な肩書から、俺が弱いせいでいつか仲間を死なせてしまうかもしれないって恐怖から、俺は裸足で惨めに逃げ出したんだよ!!!」
人目も気にせずに怒鳴っていた。
これでフェルンにも嫌われてしまっただろうが・・・しかし、心の中にたまっていたものを吐き出せて、少しスッキリとしていた。
・・・いいさ。これでフェルンと『他人』になってしまったとしても。もともと俺が爺に『勇者』だなんて誤審をされてなければ関わり合いも出来なかった人だ。
「・・・ぷっ」
俺の醜い感情を全部受け止めたフェルンは。
「ぷっ、うふふ、あははははっ!」
堪え切れないという様子で笑っていた。
「・・・なにがそんなにおかしかったんだよ」
嫌悪されるか、呆れられるかのどちらかだと思っていたのに。
「うふふっ、ごめんなさい、我慢できなくて」
彼女は目じりにたまった涙を指で拭う。
「笑うようなところあったか?俺は割と真剣だったんだぞ?」
「うん、わかってる。わかってるんだけどさ、なんか安心しちゃって」
「安心・・・?」
「うん、勇者さんってば、少しも変わってないんだもん」
彼女は俺に微笑んでくれる。わずかに胸が高鳴った。
「みんなから求められて、それに応えてあげられるかわからなくて不安だから、イライラしちゃうんだよね?。それにいつか『仲間』を死なせてしまうかもしれないからって・・・思いっきり私たちのためじゃない」
「そ、それは・・・っ」
俺は恐怖から逃げただけだが、確かにそうとらえることも出来るかもしれない。
「・・・『仲間』だって、思ってくれてたんだ」
彼女は胸に手を置いて、少し恥ずかしそうにつぶやいた。
「でも本当に良かった。嫌な噂を聞いて、貴方が変わってしまったんじゃないかなって思ってたから」
「嫌な噂って・・・?」
嫌な予感を感じながらも、俺は聞き返す。
「それはその・・・だから・・・」
彼女は足をもじもじさせる。よく見ると頬もわずかに赤らんでいた。
「ど、奴隷の女の子を買って・・・その・・・え、えっちなことしてるって・・・。変な服とかいろいろ着せて、すけべしてるって話が・・・」
「し、してないが!?」
思わず変な口調でつっこんでしまう。まさかフェルンの口から『えっちなこと』なんて言葉を聞く日が来るとは。
「だ、だよね。貴方はそんなことする人じゃによね」
「もちろん、俺は紳士なんで」
紳士なのか、それともヘタレなだけなのか。それは神のみぞ知るというやつだ。
「でもさ、なんで俺が変わってないと安心するんだ?今日会ったのは本当に偶然で、もしかしたらもう一生会わない奴がどう変わろうと、関係ないだろ?」
「もー、それ本気で言ってる?」
「え、なにかおかしかった?」
彼女はかわいらしく頬を膨らませる。
「ね、ちょっと手を出して」
彼女に言われた通り、俺は手のひらを彼女に向けた。
すると。
「うん、やっぱり変わってない」
フェルンは俺の手に、ぴたっと自分の手を重ねた。
少しひんやりしてて、とても柔らかい。
「君が私の知らないところで、私の知らない誰かに変わっちゃったら嫌なの」
「つ、つまり?」
尋ねると、彼女はきゅっと、優しく俺の手を握った。たったそれだけで、すぐに俺の顔は熱くなってしまった。
「つまりは乙女だってことです。私も、きっとシュトラちゃんもね」
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