わかってるよそんなこと
彼女がこの家にやってきて、数日がたった。
・・・やってきた、なんて言い方を彼女は嫌う。どうやら自分のことを『モノ』扱いしてほしいようだ。
だというのに奴隷とは思えない不遜な態度を改めることもなく、それどころか・・・罵声は定期的に浴びせてくるし、俺のことを大嫌いだと毎日言ってくる。
そんな彼女に腹を立てることもなく一緒に生活している俺を誰か褒めてほしい。
さすがは勇者!海よりも深い心の持ち主っ!!!ってな感じで。・・・あ、『元』勇者だったわ。
まあ、いいんですけどね別に。一人寂しく生活するよりは。
「・・・相も変わらず不味いわ」
今日も彼女はそう言いながら俺の用意した朝食を食べる。
毎回不味いとは言うんだけど、残しはしないんだよなぁ。朝食を食べ終え、二人分の食器を片付け、一息つく。
今日はなんの予定もない。まあなんだ、今日というか昨日もその前も特に予定なんてなかったんだけれども。
昨日は目の前にいる彼女と親睦を深めようといろいろ質問してみたが、親睦なんて1ミクロンも深まらなかった。
そもそもだ。俺は彼女とどんな会話をすればいいのかがわからない。女性と楽しく話した経験なんてないし。
・・・なんて、俺がどうでもいいことを考えている間も勇者パーティはいろいろと頑張っているのだろうか。
困っている人を助けたり、ともに困難を乗り越えてお互いの信頼を確かなものにしたり・・・。
「・・・はぁ」
もう手に入らないものを想い、自分との『差』に思わずため息が出た。
「・・・しなびた野菜みたいな顔でため息をつくのはやめてくれない?こっちまで気が滅入るんですけど」
「なんだよなんだよ、もっとご主人様に優しく接してくれよな」
「ここ数日で私にそんなこと求めても無駄ってわからなかったの?あんたって本当にバカなのね」
「うぐっ・・・」
奴隷の先制攻撃。元勇者に30のダメージだ。
「で、あなたは今日も一日中この家にいるの?」
「特に予定もないからそのつもりだね」
「呆れた、あなたって友人の一人もいないのね」
「あべっ・・・」
奴隷の追加攻撃。元勇者にさらに40のダメージ。
「それも当然のことで、仕方ないことよね。だってあなたは勇者様だったんだから」
彼女は俺を挑発でもするかのように笑った。
「そう、あなたは勇者だった。だからこそ価値があった。だからみんなあなたに良くしてくれたし、期待もしてくれた。ーーーでももう、あなたは勇者ではなくなった」
「・・・」
「恋人はおろか友人の一人もいない。当り前よね、貴方は勇者だった、それだけがあなたの価値の全てだったんだから。・・・ねぇ、勇者じゃなくなったあなたはいったい誰?何一つ大切なものを持っていない、無価値なあなたはどこのだぁれ?」
・・・彼女の言っていることは正しい。ここにいるのは元勇者なんてかっこいいものじゃなくて、ただ惨めなだけの一人の男だ。
大切だったはずのものを守ろうともせず、重苦しい肩書を背負うことに疲れ、全部捨てちまったダサい男だ。
・・・確かに彼女の言うことは正しい。だけど、正しいことを言われたからって、決してムカつかないわけではない。
こいつに、何が分かるというんだ。
いいや、わかるわけがない。俺の苦しみのひとかけらでさえ、わかるわけがないんだ。
そんな奴に、俺自身だってとっくに理解していることをグチグチ言われる筋合いなんて存在しない。
「・・・おいお前、いい加減にしろよ。いくら俺だってーーー」
怒るときは怒るぞと、そう言いかけたところで。
コンコンっと、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。
「・・・ほら、早く開けてきなさいよ。それくらい無価値なあなたでもできるでしょう?」
俺の怒りを感じていないのか、それとも気にしていないのか。彼女はいつもの様子でそういった。
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