いやー、めっちゃ上手いわ、ゆずる君
翌日の日曜、誰よりも早く集会所に来ていたゆずる君は、私とノノが入って来たのにも気づかず一人で発声練習をしていた。
その声は、学校では一度も聞いたことがないほどよく通る大きな声で、すごくすごく澄んでいて、めちゃくちゃきれいなハイトーンボイスだった。
中性的で、以前テレビで観たことのある外国の少年合唱団のような美しい声にうっとりと聞きほれてしまった私とノノがぼーっと突っ立っていると、私たちがいることにやっと気が付いたゆずるくんは、また恥ずかしそうにもじもじしてうつむいて、発声をやめてしまった。
「えー、ゆずるったらなんで止めちゃうの?ゆずるがこんないい声してたなんて、ウチら全然知んなかったしー、ねーまた声出してよ、らららーってさ」
ノノがツンツン肩をつついて頼んでも、ゆずる君は黙ったまま口を開かない。
そんな押し問答が続くさなか、トオルpが集合時間より少し遅れてやって来た。
「いやー、ごめんごめーん、昨日はすっかり安心して飲みに行っちゃってね、すこーし、寝坊しちゃった」
ぼさぼさ頭に眠そうな顔でふらふら歩くトオルpは、ふぁーっとあくびしながら背中にしょった重そうなギターケースをほいっと床に置き、うーんと大きく伸びをしてからのそのそとギターを取り出した。
「よし、今日からいよいよレッスンが始まるよ、俺はキリンと違ってその道のプロでも何でもないから、自己流になっちゃうけど、よろしくな!」
ボロンとギターをつま弾きながらニカッと笑うトオルpの顔は、さっきまでの寝ぼけ眼のつかれた顔と違って、すごく生き生きして見えた。
それから私たちは、練習曲として今一番人気であるバンド、ドリーミーサンダーズのヒット曲、「目を閉じて光を聞く」を三人そろって歌わされた。
「ゆ、めー、ゆめー、夢で見たひかりわぁ~」
私とノノの声は案の定ふらついて、ゆらゆらと不安定にトオルpの奏でるメロディの隙間をさまよってしまったけれど、ゆずる君の歌はまさに圧巻と呼ぶにふさわしいものだった。
「ゆめー、ゆめー、目を閉じてー、僕は光を聞くーそして、夢をいだくー」
同じ歌を歌っているとは思えないゆずる君の確かな歌唱力に、あっけにとられてしまった私とノノは、思わず歌うことをやめてしまった。
その瞬間、ゆずる君はスターフィールド3?のメインボーカルに満場一致で決定し、私とノノはコーラスとしてゆずる君の歌を邪魔しない音程力を身に着けるために努力に励むこととなった。
しかし、どう考えても不思議なのは、音楽の授業でゆずる君がほとんど声を出していなかったことだ。
なんだかめっちゃ気になるので、休憩の時間に私は思い切ってゆずる君に質問をぶつけてみたんだ。
「ねぇ、ゆずる君、なんでいつも音楽の授業のときは口を開けていなかったの?」
ゆずる君はもじもじしながら、ぽっと頬を赤らめて理由を教えてくれた。
「僕さー、小学校のときから歯の矯正していたんだよね、都会では目立たない矯正器具もあるみたいだけど、僕のは近所のおじいちゃん先生にやってもらった銀色のやつで光が当たるとぎらぎらしてすごく目立つんだよ、それで大きく口を開けると見えちゃうのがすごく恥ずかしくって、でも先週やっと矯正が終わって器具を取ってもらってね、思い切ってのど自慢にもエントリーしてみたんだ」
まだ慣れていないのか、控えめに口を開けて矯正の成果のきれいな歯並びでふふっと笑うゆずる君。
えーそんなこと?見えたとしたってぎらぎら光ったとしたってウチら全然気にしなかったよー、全然気にすることなんかなかったのにってちょっと拍子抜けしちゃったんだけど、本人にとってはきっとすごく気になることだったんだろうなぁ。
まぁ、そんな感じで私たちスターフィールド3?は、新メンバーを迎え、メインボーカリストも決定し、順調な再始動の滑り出しができた。
これでとりあえずは一安心だなんて、私たち三人は思っていたのだった。