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ゆめいろジャンピング  作者: 水平リイベ
7/15

えっ!男子がメンバーに入るなんて聞いてないし!

 それからの二週間、私とノノは自転車通学をやめて、学校までの往復三キロの道のりをジャージでランニングしながら通うようになり、放課後にはキリンさんの作った筋トレ&ストレッチメニューとにらめっこしながら体力づくりにいそしみ、キリンさんお手製のレモンはちみつ塩ドリンクのレシピをお父さんづてに伝授されたお母さんの作ったやっぱり誰がやっても不思議味のドリンクも休憩時間に飲み続けた。


 はっきり言ってやる気があって参加したわけじゃないし、芸能界を引退していたトオルpにたのみ込んで、こんな田舎の町のよくわからないプロジェクトに引っ張り込んだお父さんズのメンツとかも正直どうでもいい……

 でも、なんか、私たちは走り出してしまったんだ。

 どこにあるのか見えないゴールに向かって。


「あーあ、でもどうするんだろうね、トオルp、私とこのはの二人だけでデユオでもやらせるのかなぁ」


 もともとやわらかかったうえに、キリンさんストレッチで体操選手張りに股関節ぎにゃぐにゃになったノノが床でべたーっと開脚しながら天井を見上げて、ふーっと息を吐いた。


「どうだろうね、正直ウチらのどっちも歌唱力微妙だしさぁ……」


 私はビリビリする内ももを無視し、ノノの真似をして無理無理ぐいっと開脚をする。


「惜しい、あとちょっと!」


 ノノはそんな私の両足をぎりぎり引っ張り、私の両足は初めてべたんと床にくっついた。


「いたたたたたたー」


 ノノの背中をバシバシ叩き、一瞬で立ち上がっちゃったけど、記念すべき瞬間ではあった。

 けれど、開脚成功の痛みと喜びのせいで、自分が話していた歌問題について、それ以上語ることを忘れてしまったんだ。


 そして、その翌日、久しぶりに集会所を訪れた私たちを出迎えてくれたのは、黄色に黒のメッシュの髪を気合の入った編み込みヘアにしたショッキングピンクのジャージ姿のキリンさん、ゴールドのパイナップルシャツのトオルp、そして……星山中たった一人の男子生徒であり、私とノノのクラスメイトでもある津久葉ゆずる君だった。


「いやー、先週暇すぎてさ、偵察がてら隣町ののど自慢大会を見に行ったんだよねー、そしたらこのゆずる君がトップバッターを務めていてね、あんまりにも歌ウマすぎて、二番手以降が動揺して音外しまくってね、もう感激しちゃって舞台裏まで話を聞きに行ったらこの町の子だって言うじゃない、いやー不覚だったー、トオルpともあろうものがこんなすごい子を見逃していたなんてね、そんで遅ればせながらスカウトしちゃった、てへっ」


 また可愛くない可愛い子ぶりっ子するトオルpの横で、ゆずる君は恥ずかしそうにもじもじしている。


 ゆずる君は普段の学校生活でもこんな感じで、いつもはにかんだ笑顔でもじもじして私とノノのバカ話を黙って聞いていて、すごくおとなしい子だ。

 音楽の授業でも大きな口も明けず、私たちの不安定だけど大きな声の陰に隠れてしまっていて、正直歌が上手いのか下手なのかすら認識できてなかった。

 そのゆずる君が歌ウマだったのもかなりびっくりだけど、でもちょっと待って、これって女子だけのアイドルグループじゃなかったの?

 男子も入れちゃうの?そんなのアリ?


 私の疑問と同じことがノノの頭の中にも浮かんだようで、ノノはまっすぐぴしっと手を上げて、トオルpに質問をぶつけた。


「ねー、トオルp、スターフィールドなんちゃらってガールズユニットなんじゃないの?男子も入れるの?」


 トオルpはノノのその問いに、口をすぼめてふふふーと笑みをこぼした。


「いやいやー、実はトオルpさー、星山中には女子しかいないもんだと思い込んでいたんだよね、だから男子生徒がいたのならそれはそれで全然OK!」


 親指を立ててへらへら笑い続けるトオルpに、私たちはそれ以上突っ込む気力を失ってしまった。

 わりとどうでもいい勘違いで始まったことに、今更文句を言ってもしょうがないし、私たちは別にゆずる君のことが嫌なわけでもないんだし。

 ただトオルpのあまりのテキトーさに、『はー』っとため息がシンクロしてしまったけれど。

 そして、私たちにはもう一つ疑問があるにはあった。

 レッスン再開の今日は土曜日なのに、キリンさんだけでなくトオルpがいることについてだ。


「ねー、トオルp、今日はキリンさんのレッスンの日なのに、どうしてトオルpまでここにいるの?」


 今度は私から飛ばした率直な疑問に、トオルpはなぜか照れくさそうに頭をポリポリ書きながら答える。


「実はねー、トオルp、初回からレッスンには全部顔を出す予定だったんだ、でもついつい金曜に宿の近くの商店街のおっちゃんたちと飲みに行っちゃってさー、二日酔いで今まで来れなかったの、でも今日はゆずる君のお披露目の日だからさー、昨日は寝酒の梅酒だけで辛抱したんだーえらいでしょ、ほらほら褒めてもいいんだよ」


 うわー、めっちゃどうでもいい理由だった。


『はぁー』


 今度は私とノノだけではなく、キリンさんのため息までもがシンクロしてしまった。


 それから集会所のすみっこにあぐらをかいて陣取ったトオルpにガン見されながら、私とノノにとっては二週間ぶり、ゆずる君にとっては初めての体力トレーニングが始まった。

 以前と違うのは、キリンさんが指導するだけではなく自らいっしょに動くようになったことだ。


 ちょっと足の遅いゆずる君を励ますように伴走すると見せかけてぴゅーっとゴールしてしまうキリンさん、レモンはちみつ塩ドリンクに躊躇するゆずる君に発破をかけて二杯飲ませるキリンさん、そこには厳しいだけではない、ちょっとユーモラスなテレビ画面越しに観ただけで、私たちがよく知っていると思っていたおとぼけタレントキリンちゃんの姿があった。


「なんか、キリンさん変わったよね」

「うん、休み前までのあの厳しかったのはなんだったのかなー、このはがやわらかくなったのもめっちゃ褒めてくれたしね」


 そんな休憩中の私たちのひそひそ話を、背後でこっそり盗み聞ぎしていた人がいた。

 そんな人は一人しかいない……

 そう、トオルpだ。


 トオルpは私たちの耳元でいきなり「わっ」と声を上げると、いきなり体育座りして並んでいた私とノノの間に割り込んできて、胡坐をかいてレモンはちみつ塩ドリンクをちびちび飲みながら、、キリンさんについて話し始めた。


「キリンはねー、もともと優しすぎて全然怒れないヤツだったんだよ、十代のときからずっと第一線でアイドルの振り付けを手掛けていたんだけど、サボるヤツらにもそれなりにカッコよく振り付けをこなせるように指導するのが得意だった、それでずっとうまくはいってたんだけどねー、あるときサボリ魔が寝る間も惜しんで自主レッスンしてるグループのセンターの超難しいパートをアドリブで真似してさ、大けがしちゃったの、それで責任を感じたキリンはダンス教室も閉めて振付師の一線から退いて、前から声を掛けられていたタレントに転身したんだ」


 そうかー、だからキリンさんは私たちにあんなに体力づくりの重要さを説いていたんだー、すごい責任感だなー。

 トオルpの話に納得し、キリンさんのプロ意識に感服した私とノノがうんうんうなずいていると、いつのまにか音もたてずにそばに寄ってきていたキリンさんがピンっとトオルpのてかてかしたむき出しのおでこにデコピンをした。


「こらっ、トオルちゃん、余計なこと言わないの!この子たちが気にする必要なんか全然ないことなんだから」

「うひー、すんません、キリン姐さん」

「姐さんって何よ!」


 キリンさんは腰に手を当てて、口調はちょっと怒っていたけれど、その唇の端は微笑みをたたえるようにきゅっと上がっていて、見ているこっちも笑顔になってしまったんだ。

 そして、微笑みでいっぱいの私たちの真横では、初めての体力作りでくたくたになったゆずる君がまるで暑さにダウンしたワンちゃんのように、フロアマットの上に腹ばいでべたーっと伸びてしまっていた。




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