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ゆめいろジャンピング  作者: 水平リイベ
6/15

はじめてのレッスン、まさかのキリンちゃん登場

 そして、翌週の土曜日の午後、とうとう私たちスターフィールドシックスの初レッスンの日がやって来てしまった。

 お父さんズに連れられレッスン場所、といってもこの前のオーディションと同じ集会所に行くと、いつもの畳の上にフロアシートが敷かれたその奥で腰に手を当て仁王立ちで待ち構えていたのはトオルPではなく、会ったことは一度もないけどよく知っている顔、有名なオネエタレントのキリンちゃんだった。


 キリンちゃんは小中学生参加型のバラエティ番組のスクールアイデンティティのアシスタントを務めていて、そのとぼけたキャラクターで子供たちの爆発的な人気を集めて、うちの中学でも放送の翌日には結構話題に上がっているんだ。


「わー、キリンちゃんがいるー、なんでなんで?顔めっちゃちっちゃーい、テレビで観るよりずーっとかわいいー」


 いつのまにか私たちの後ろにいた一年生カルテットも大興奮して、きゃーきゃー騒ぎながらキリンちゃんのそばに駆け寄ろうとした。

 でも、キリンちゃんはテレビで見せるほんわかしたにこにこの笑顔とは全く違う全然違うぎゅっと目じりの吊り上がった険しい顔で、「シャラーップ!」と地鳴りのようなハスキーボイスで一年生カルテットを一喝した。

 無言ですごすごと後ずさりする一年生カルテットを気にも留めず、キリンちゃんははぁーっと大きなため息をついて、独り言ちた。


「あー、もう日曜日は番組収録があるから土曜はお肌つやつやを保つために十時間睡眠で夕方には寝ているっていうのに、全く、ほかならぬトオルちゃんの頼みだから引き受けてあげたけど、アタシダンスレッスンも振り付けももう廃業状態なのよ……土曜日までさっきごぼう畑から引っこ抜いてきましたーみたいな日焼けしたガキンチョたちのお守りする羽目になるとは、はぁ……でも歴代のトップアイドルを全て手掛けてきた中田キリンが指導する以上あんたたちをただの田舎の村娘のお祭り企画グループじゃ終わらせないわよ!」


 あの、ここって、村じゃなくて一応町なんだけどな……

 私とノノは思わず顔を見合わせたけど、そのときのキリンちゃんはなんかもうひたすら怖くって、とても村じゃなくて町ですよだなんて物申せる雰囲気ではなかったんだ。


 キリンちゃんのものものしい雰囲気にすっかりのまれてしまった私たち六人とお父さんズの総勢八人が押し黙ったまま集会所の入り口で固まって突っ立っていると、キリンちゃんはまたはぁーっと深いため息をついて、それから背筋をピーンと伸ばし手をパンパンパンと何度もたたいて張りのある大きい声を上げた。


「ハイ、いつまでもぼけーっと突っ立ってない!保護者の方は六時のレッスン終了時間までどっかで時間をつぶしていてくださいね、ここ狭いからボケーっとされていても邪魔なんで、それからアンタ方ヒヨコちゃんズはさっさと体操着に着替えてそこに並びなさい!」


 キリンちゃんに邪魔と言われたお父さんズはぺこりと頭を下げた後、「娘たちをよろしくお願いいたしますー」と弱弱しい言葉を残し集会所を去り、いつのまにかごぼう畑のガキンチョたちからヒヨコちゃんズになっていた私たちは集会所の給湯室で体操着に着替えて、集会所の中央で整列をした。


「ハイッ、もっと背筋をピッと伸ばして!ハイ、挨拶!言われなくてもするもんだよ!あとね、これ重要!アタシのことはこれからキリンちゃんじゃなくて、キリンさんと呼びなさい!一応アンタ方ひよこちゃんズの指導者のひとりなんですからね、その辺きちっと線引きしてください」

「よろしくお願いしまーす、キリンさんっ!」


 実はかなりの体育会系だったキリンさんに言われるがまま背筋を目いっぱい伸ばし、お辞儀付きの挨拶をして、その後すぐに始まったレッスンは、これまた私たちが想像もしていなかったものだったんだ。


「まさか、いきなり手取り足取りダンスを教えてもらえるなんて思っていた甘ちゃんのひよこはいないわよね?ダンスに必要なのは一に体力、二に体力!まずはここの横の空き地で百メートルダッシュを五本!」


 内心、えーっと思ったけど逆らえるはずもなく、かわりばんこに百メートルダッシュを済ませた私たちは汗だくだくで集会所の中に戻ると、キリンさんお手製の甘い中にしょっぱさとすっぱさ、なぜかほんのり辛味もある不思議な味のするレモンはちみつ塩ドリンクを飲まされたあと少し休憩し、その後は股関節から始まる数々のストレッチを延々と思えるぐらいやらされたのだった。

「うっわー、このは固いねぇ、全然足開かないし、もっと押してあげるよ」

「いたー、痛いよ、ノノもっとやさしくやってよ!」


 やりなれないストレッチをノノは手荒に手伝ってくれたけど、がちがちの股関節が悲鳴を上げて私はつい文句が出てしまう。

 そんな私のぼそぼそとした小さな声すら、キリンさんは聞き漏らしてはくれなかった。


「ちょっと、そこのひよこちゃん甘えないの!体ががちがちのままダンスをやって怪我をするのはアンタなのよ!これは誰のためでもないアンタ自身のためなのよ!」


 おっしゃる通り、その通りなんでしょうが、だって痛いんだもーん。

 ひぃひぃ言いながら肩甲骨がばっと開き、足首くねくねストレッチをなんとかこなし、だんだん味に慣らされてきたレモンはちみつ塩ドリンク休憩をはさんで、今度は筋トレが始まってしまった。


 腹筋百回、腕立て五十回、それに背筋三十回を休憩をはさんで二セット、人数が少なすぎて部活動もない星山中でのほほんと過ごしていて、今までチャリ以外で筋力を使うことなんてやってこなかった私は休み休み叱られながらなんとか必死にクリアして、ぜぇぜぇ言いながら終了の六時を今か今かと待ち続けるばかりだったので、一年生カルテットの様子がどうだったのかなんて、ちっとも気にしている余裕はなかったんだ。

 それから汗でぬるぬるになったフロアシートを雑巾がけして、迎えに来たお父さんズとミニバンに乗って家に帰る道中、私もノノもへとへとで口を開くことすらおっくうで窓にもたれかかりうとうとしていた。


「よくがんばったなぁ、今日も焼肉行くか?」


 先週は大喜びでほいほい乗っていたお誘いにも、ゆっくりと首を振ることしかできなかったんだ。



 家にやっと着いてからはすぐにベッドに直行したかったのだけれど、「ひよこちゃんズ、おうちに帰ってもお布団にダイブしてバタンキューはダメよ、ご飯をしっかり食べてお風呂でゆっくりあたたまったあとに、アタシの教えた寝る前ストレッチで体をちゃんとほぐしてからぐっすり寝るのよ!いい、わかったわね」というとぼとぼと集会所を出ていく私たちの背中にキリンさんが言いつけた言葉にしたがって、のそのそとお母さんのじっくり煮込んだビーフシチューとご飯と野沢菜のお漬物を大好物のはずなのに味もちゃんと感じられないままなんとか飲み下し、お風呂で百数えてからベッドにもぐりこみ、首をこっくりさせながらキリンさん流柔軟ストレッチをしてから意識を失ってこんこんと深い眠りに入った。


 翌朝、十時間睡眠で頭はすっきりだけど体はバキバキの私とノノは、筋肉痛で変な歩き方をしながら集会所に入った。

 そして二日目にして顔を出したトオルpといっしょにほかの五人を待っていたのだけれど、待ち合わせ時間の十時を五分、十分と過ぎてもだれも来なくて、二十分後にやっとつまんなさそうな顔の小杉ツインズ、そしてその十分後に前田アンナちゃんが泣きべそをかきながらやって来た。


「まつりが熱出しちゃって、あんまり体強くないのに私が無理やり誘っちゃったから、うえーん……」

 まつりちゃんは大好きなキリンさんの期待になんとか応えようと、「具合が悪くなった子は手を上げなさい!見学でいいんだから」という言葉があったにもかかわらずがんばりすぎて、家に帰り着いたとたんにぱたんと倒れこみ、そのまま高熱を出して今日も寝込んでいるのだという。

 まつりちゃんのお母さんからは、今回のプロジェクトを辞退するというトオルPあての筆文字で書かれたとても丁寧な手紙が、アンナちゃんから手渡された。


「君のせいなんかじゃないよ」




 トオルpが優しくなぐさめてもアンナちゃんの涙は止まらず、それから私たちはアンナちゃんを元気づけることにかかりっきりで、とてもじゃないけどヴォイストレーニングを始める雰囲気にはならなかったんだ。


 それでも次の日の月曜の朝礼では、小杉ツインズがうらやまし気な顔のきらりちゃんに向かって、キリンさんに指導を受けた話を身振り手振りをつけながら楽しそうに語っていて、スターフィールドシックス改めファイブは順調とは言えないまでもそれなりの滑り出しをみせたと思っていたんだ。


 でも、その次の土曜日、集会所に来たメンバーは私とノノの二人だけだった。

 今度は何十分、何時間と待っていても、辞退したまつり以外の一年生トリオの誰一人たりとも現れてくれることはなかったんだ。

 結局、トオルpとキリンさんが電話で連絡を取って相談し、その週と翌週のレッスンは中止になることになった。


「全く、村娘はもうちょい根性があると思っていたわよ」


 ぶつぶつ文句を言いながらタクシーに乗り込むキリンさんの横顔は、夕日でできた影のせいかなんだか少しだけ寂しそうに見えたんだ。


「何シケた顔してんのよ!いい、これで終わりなんかじゃないわよ、あんたたち残ったひよこ二人はアタシの作った体力強化メニューをしっかり自主トレとしてやっておきなさいよ!今度会ったときにしっかり確かめるわよ!いいわね!」


 見送る私とノノに向かって、タクシーの窓を開けてビシッと人差し指を突きつけて言い放ったときには、すっかりハキハキずばずばしたキリンさんに戻っていたんだけどね。



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