パイナップルPって実はすごい⁈
前菜のキュウリと玉ねぎのごま油ドレッシング和えサラダもそこそこに、網いっぱいに並べたカルビやハラミがじゅーじゅー焼けて油がしたたるのを、今にもよだれがしたたれそうな顔でお箸片手に待ちかまえる私とノノの前で、お父さんズは遠い目をしながら自分たちの青春の話をし始めてしまった。
「いやー、お父さんと保が学生時代は日本中で第二次バンドブームっていうのがあってねぇ、クラスのほとんどの生徒がバンドを組みたがっていたんだよ」
けむりでくもった眼鏡をくいくい押しながら、ちびりちびりとナムルをつまむお父さん、保というのはノノのお父さんのことだ。
「そうそう、雄一と俺はドラムとベースでバッティングしなかったけど、みんなボーカルかギターをやりたがるからほとんどバンドが組めなくて、俺らは地味メンから一躍人気者になっちまったんだよな」
お父さんたちがバンド組んでたなんて、ちっとも知らなかった。
ちょっと興味あるけど、でも、肉が焦げちゃうし!
あっ、ノノはちっとも聞いてなくて、もう口がリップ塗りたくったみたいにてかてか油まみれになってるし!私も、私も!
手を伸ばしてちょうどいい焼け具合のカルビをがばっと三枚取りして、パッと口に放り込んでもぐもぐしながらお父さんズの思い出話に耳を傾けようとしたんだけど。
「あちちっ」
あわてて網から口に放り込んだせいで舌を火傷しそうになって、ウーロン茶をぐびぐび飲んでいたら、ノノにくすくす笑われてしまった。
「ちょっと、このはったらがっつきすぎだしー」
「だって、ノノがいっぱい食べちゃうから!」
「もー、人を食いしん坊みたいに言わないでよね」
ぷーっと頬を膨らますノノを横目に、私は焼けたてのハラミを自分の小皿にささっと移動させる。
今度は、ちゃーんと冷ましてからね。
「あっ、それ私が育てていたのに!」
目ざといノノはお肉の横取りを見逃してくれなかったけれど、ノノだって私が目をつけていたカルビをさっき食べちゃったもんね。
私たちがぷーっと口を膨らませてお肉の取り合いをしているのに、思い出話に花を咲かせていたお父さんズはやっと気付いて、やれやれと言わんばかりにふーっとため息をついて、お肉を追加注文してくれた。
「奥さん、カルビとハラミ、後三人前おねがいします、それとカルビクッパ四人前ね」
「はーい、承知しました」
軽快な店のおばさんの返事の後に、お父さんズの思い出話は意外な方向に転がっていった。
「いやー、しかし、あのドルフィンエコーズの早原トオルに会えるとはなー」
「おー、まさかまさかだよな、会えただけでなくいっしょに仕事までできるとはなー、十年前の俺らに教えたら目を丸くして驚くゾ」
早原トオル‥‥‥何か聞き覚えが、あっ、パイナップル!トオルPの名前じゃん!
「えっ、お父さん、前からトオルPのこと知っていたの?そのどるふぃんナントカって何?」
私の質問に、お父さんズは顔を見合わせて腕を組み、ますます遠い目をしながらトオルPに対するお父さんズの一方的な思い出を語りだした。
それは私とノノにとって、意外すぎる話だったんだ。
トオルPは高校二年の十六歳のときに華々しくインディーズシーンに躍り出て、ドルフィンエコーズというバンドのギター兼ボーカルとして絶大な人気を誇っていたそうだ。
作詞作曲のほとんども手掛け、メジャーデビューと同時にその年の年間チャートのトップテンを自分たちの曲だけで埋め尽くし、三大ドームホールのチケットは秒で売り切れだったそうだ。
「いやー、ゴリゴリのロックでありながら絶妙にメロディアスでなー、才能のきらめきってヤツを、目撃した感じだったよな」
「うんうん、ドルエコ、早原トオルのおかげで俺らのバンド活動へのくすぶりもすっかり鎮火できて、社会人バンドもすっぱりやめられて仕事に専念できたんだもんな」
えー、お父さん社会人バンドまでやっていたの、十年前って私まだ三歳だぁ、お父さんが聞いてた音楽とか全然記憶にないなぁ、トオルPがすごかったとかそういうことより、衝撃的な話が多すぎだし。
ちらりと横のノノを見ると、さすがのノノも口をあんぐり開けてびっくりしてるみたいだ。
「ねー、お父さん、そろそろデザート頼んでよ」
そうでもなかった……そして、私たちがタピオカプリンパフェを食べている最中も、お父さんズの思い出話は止まらない。
「いやー、すい星のごとくサーっと音楽シーンに現れて、高校卒業と同時にたった一年半で活動を終わらせてけむりのように消えてしまった早原トオルを、今更になってネットで発見できるとはなー」
「おう、ぷかぷかチャンネルの【最新ヒット曲を弾いてみよう】で見つけたときはまさかと思ったよ、若いヤツらがギター上手いですねなんてコメントして全く気づいてないんだもんな、ヤツらの大好きなドリーミーサンダーズがあこがれてドルエコのコピーはじめたのがバンドのはじまりだとも知らずにな」
うーん、本当に大好きだったんだな、お父さんズの目がめっちゃキラキラしてるもん。
いつもはぼやーっと眠そうにしてるのにさ、こんな二人の顔、今まで一度も見たことなかったよ。
「これで、俺たちの星山町の人口を四桁に戻すという目標も達成に一歩近づいたな!なんたってあの早原トオルが味方に付いてくれたんだ」
ノノのお父さんはぐっと握ったこぶしを天に突き上げ、家のお父さんも「おー」と控えめな掛け声をかけながら、満面の笑みでその拳にがっと自分の拳を当てた。
うわー、お父さんズ盛り上がってるなぁ、なんか壮大な野望まで語ってるし……
私にはあのパイナップルひげ兄さんに、そんな力があるなんて思えないけど……このままいくと朝まで語り合ってそう。
でも、こっちはそろそろ限界かも。
「お父さん、足がしびれたよ、帰ろう」
「うん、私もお腹いっぱいでめっちゃ眠いよ」
私とノノに思い出と野望話を打ち切られたお父さんズは、ちょっとしょぼしょぼしながらお会計を済ませ、帰りの道中も車の中でドルフィンエコーズがいかにすごかったか、新幹線に乗ってドームツアー最終日に行ってどれだけ感動したかについてを延々と語り続け、私とノノはそれを聞きながらうとうとと眠りについてしまった。
「このは、いいかげん起きなさーい、もう家に着いたのよ」
お母さんに肩を何度もゆすられてやっと目を覚ましたとき、お父さんの目のキラキラはいつの間にか消えていていつものおだやかな静かな目に戻っていた。
「ちょっと、お父さんったら自分たちだけ焼肉食べてきて、もうっ、こっちはオーディションの報告を待ちかねて、このはの大好物のからあげを山のように作っておばあちゃんと二人でお腹を空かせて待っていたのよ、あんまり遅いもんだからおばあちゃん待ちくたびれてもう帰っちゃったわよ」
「ご、ごめん、お母さん、スマホ寝室に忘れて家を出ちゃったんだよ……僕が全面的に
悪かったよぉ、これおみやげの特上カルビの焼肉弁当、ちょっと奮発しちゃった、えへへっ……」
お母さんにプンスカカリカリ怒られて、しょぼしょぼの子犬みたいな目になっちゃうまではね。
おずおずと差し出された焼肉弁当をひったくるようにして奪ったお母さんの小言は、まだまだ全然止まらない。
「スマホを家に忘れていたのには私も気付いたけれど、それでも誰かに借りるなりして連絡くらいできるでしょ、どうせ興奮してそれも忘れちゃったのね、全くあなたったらときどき子供みたいなんだから!」
ノノのお父さんはちゃんとノノのお母さんに外食のこと言っておいたのに、うちのお父さんはその場の勢いで行くって決めちゃって何の連絡もしてなかったみたい。
そりゃお母さんも怒るってもんだよ。うん、仕方ないなぁ。
だから、しばらくがんばれお父さん。
多分ね、そのうち許してもらえるよ。
私だって鬼じゃないし、この修羅場を最後まで見守って応援してあげたい気持ちもちょっとはあったんだけれど、それから私はカクカクと首を傾けながら自分の部屋に直行してすぐに眠ってしまったから、その後お父さんがいつまで怒られてかは結局わからず仕舞いだ。