パイナップルシャツが、町に嵐をまきおこす?
「あー、つっかれた!乗り換え三度で計三時間半、体がバッキバキだぜー!」
無精ひげにオレンジ頭、紫の大きなサングラスにド派手な青地に大きなパイナップル柄のシャツを着た怪しげな風貌の若い男が、山のふもとにある小さな駅に降り立ってうーんと大きく伸びをした。
山のはざまにある人口たった九百五十五人の小さな町、星山町、私の住む町、のんびりのどかで、でもどこかたいくつで平和な日々、そんな日常がこのうさんくさい男によって激変してしまうことを、そのときの私たちはまだ何も知らなかったんだ。
「今日もあっついなぁ、ねぇノノ帰りにみどり屋でかき氷食べて行こうか?」
「えーまたみどり屋ぁ、ヴィレッジカフェのダブルストロベリークラッシュフラペチーノが飲みたいよぉ!」
「ここいらにそんなシャレオツなお店なんかないでしょ!電車乗り継いで花岡の駅ビルまで行くの?一時間半かけてさ」
「そうだけどぉ、言うだけタダでしょ!」
私、花池このは、田舎の普通の中学二年生、そしていつものようにダベってる相手は、結城ノノ、ちょっと都会かぶれでいつもネットや発売日より三日遅れで商店に入荷される都会の情報誌で得たお店や商品のことを、まるで見てきたみたいに語っている。
一個上の中三、だけどクラスは同じなんだ。
どうしてかって?だって、ここって過疎も過疎、住民のほとんどはおじいちゃんやおばあちゃんで、私たちの通うたった一つの星山町立中学には中一が十人、中二がなんと私一人!そして中三はノノと中学全体で唯一の男子生徒である津久葉ゆずる君のたった二人、なもんで中二と中三は合同クラスになっているんだ。
担任の常田先生は、朝の会やホームルームのとき以外は黒板を滅多に使わずに私たちの間を行ったり来たりして、いつも勉強をていねいに教えてくれている。
ノノは個別指導の塾みたい!だなんてまたここいらには無いものに例えて喜んでいるけどさ、私はちょっと寂しい。
だって、ほんの数年前、小学校のときまではここまで子供は少なくなかったんだよね。
たった一クラスではあったけど、私には同級生が十五人もいたんだ。
でも、小六の夏、町で唯一のそこそこ大きなショッピングモール、出来たときにはローカルニュースだけどテレビ局まで取材に来て大々的に宣伝されていたティンクルフィールドモールが町から撤退してしまうことが決まってから、モールで働いていたお父さんやお母さんの子供たち、私の同級生たちはみんな町外に引っ越してしまった。
その冬、星原町の人口は町の誕生以来初めて千人を切ってしまったって、町役場で働くお父さんが、晩ごはんのおかずのイカそうめんをぽろっとお箸から落としたのも気づかずに、はぁぁって前髪が吹き上がるぐらいの大きなため息をついていたんだ。
まぁ、そんな感じで私たちは町にいる数少ない子供たちになってしまったわけで、少しは大事に扱ってもらいたいもんなんだけど、お父さんもお母さんも無くなってしまったモール以外に唯一町に残った古くからあるスーパーまで、学校帰りにお使いを頼んできたりしてさ、こき使われちゃってちょっと不服なんだよね。
「ねー、ノノもみどり屋のついでに花丸ストアも行くでしょ?」
「えー、また荷物持ちの手伝い?それ目当てで誘ったんでしょ」
「まぁまぁ、かき氷のおまけにミルクチョコチップおごるからさ!」
口を尖らせるノノの肩をポンと叩き、私たちはヘルメット着用で自転車に跨り、三キロ先の駅前までチャリをこぎこぎ出発した。
そして、その駅前の花丸ストアで、私とノノは人生をがらっと変えるような‥‥‥ってほどでもないんだけど、そこそこ大きな出会いをすることになるんだよね。
まぁ、そのことがわかるのは、まだちょっとだけ後のお話。