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第2話 祝いに水を差す者

 そんな、騒々しくも賑やかな酒場の雰囲気を壊すように、一人の中年の男が酒場に足を踏み入れた。


「騒がしく、薄汚い場所ですねぇ。息を吸うのも汚らわしい」


 血のように赤く暗い朱殷しゅあん色の宝石が付いた金の腕輪を嵌めた、見るからに趣味の悪い、身形の良い恰好をした男が酒場内を見回す。

 男の言葉に、気分良く酒を飲んでいた酒場の冒険者達が空気を読まない乱入者に不機嫌そうに顔を歪める。

 空気の変化に気が付いていないのか、それとも察した上でなのか、周囲を見渡しながら零すのはやはり悪態だ。


「小汚い下民ばかりではありませんか。我輩には似つかわしくない場所ですねぇ」

「なんだあのだせぇチョビ髭の偉そうな奴は」

「わ、我輩の高貴な髭をだ、ダサいなどという愚か者は誰ですかぁ!?」


 ドッと周囲でガサツながらも機嫌の良い笑い声が上がった。

 誰もが思っていた内心を代弁したゲーベンに喝采が飛ぶ。

 翻って、顔を怒りで真っ赤にし、自慢らしい鼻の下にちょんっと小さく生やしている髭を撫でながら、男は激高する。

 眉間に皺を寄せたゲーベンの肩を、湧き上がる笑いを必死に抑えて震えるユキが叩く。


「ちょっと、止めなさいよ。ほんとのこと言ったらかわいそうでしょ?」

「確かに。事実を突き付けるのは残酷だったな」

「事実ではありませんねぇ!」


 可哀想なことをしたと首を振るうゲーベンの元へ、大きな足音を立てて怒りで肩を上下させた男が近付いてきた。


「貴様ですかぁあ! 我輩のアリストクラット家に代々伝わる高貴なる髭を侮辱したのはぁああ!!」

「おい、聞いたか? 代々あのダサいチョビ髭を受け継いでるんだってよ?」

「もう呪いね。酷い話。涙で前が見えないわ」

「これで拭けよ」

「ええ、ありがとう」

「ゲーベン達は、こういう時だけ意気投合するんだね」

「聞きなさいぁあああい!!」


 よよよと嘘泣きをするユキにゲーベンは白い手拭を渡す。

 明らかに煽っている態度の二人に、怒り心頭の男。

 額にかいた汗を拭い、不愉快だと吐き捨てる。


「全く。これだから愚かで汚らしい下民は困るのです。上流階級の品格を理解していないのですねぇ」

「上流階級に失礼だろう」

「謝りなさい」

「謝るのは貴様らだぁああああああ!!」


 あ、崩れた、と誰かが思った。

 似非上流階級の仮面が剥がれ、下賤な本性が露わになったのを見てゲーベンは笑う。


 そも、ここまでゲーベンがこの男に絡んだのも、彼がとても怒っていたからだ。

 ゲーベンの友人である『勇気の剣』のランク昇級パーティ。喜ばしい祝いの席を土足で踏み荒らした男を見過ごす程、ゲーベンは大人ではない。

 売られた喧嘩は買ったると挑発したゲーベンの心情を察したであろうユキが、一緒になって男を煽っていたのだ。


 ギリッと歯を噛み締め、男は憎々し気にゲーベンを睨み付ける。


「くっ。本来ならこのように無礼な者共、とっ捕まえて罰を与えるところですが……ふむ」

「なんだチョビ髭男爵」

「アリストクラット子爵ですねぇ!」


 無礼な奴だと、チョビ髭を撫でるアリストクラットは、嘲弄するかのようにニヤッと笑う。


「くふふ。無礼千万な男が誰かと思えば、噂になっている強化魔法を使うSランク擬きでしたか」

「あ?」


 擬きという侮蔑の言葉に、ゲーベンの口から重低音が発せられた。


「前線で使い物にならない強化魔法で、パーティにおんぶにだっこでその地位まで上り詰めたとか。正に下民に相応しい寄生虫と言ったところですかねぇ」

「ほざいたな?」


 ゲーベンの瞳に剣呑な光が宿る。

 一触即発な雰囲気を発しているゲーベンに気付かず、アリストクラットの口は滑らかに動き続ける。


「おっと。貴様などに構っているほど暇ではないのですよ。我輩はAランク冒険者パーティ『勇気の剣』に用があってこのような場所に来たのですから」

「そうであれば、少し口を謹んでいただけませんか? アリストクラット子爵」


 爆発寸前、アリストクラットが発した『勇気の剣』の名に反応したクラージュが、不愉快そうに言葉を挟んだ。


「僕は冒険者パーティ『勇気の剣』のリーダーのクラージュです」

「ほぉ。貴殿が。では、そちらの女性二人がパーティメンバーですかねぇ?」

「はい。ですが、僕達にとってゲーベンも大切な仲間です。彼を悪く言われて用があると言われても、貴方の助けになろうとは思えません」

「クラージュ……」


 噴火直前であった怒りは急激に冷却され、クラージュの言葉にゲーベンは胸を熱くする。

 感動に打ち震えていると、ちょんちょんとユキが肩を突いてきた。


「お世辞よ?」

「ねぇ死ぬ? 死んじゃう?」


 感動も何もあったものではない。


「宜しい。ここは貴殿に免じて引きましょう」

「ご配慮感謝いたします」

「なに。我輩から頼み事があるのですから、礼節を弁えるのは当然ですねぇ。それが、上流階級の礼儀というものですからねぇ」


 一瞬ゲーベンへ視線を向けたアリストクラット。暗に礼儀のなっていない下民と言いたいのだろう。

 ゲーベンの顔に暗い影が差し、瞳が仄暗く光る。

 無礼者への興味も失せたのか、話は別室でというと『勇気の剣』を連れ立って去って行ってしまう。

 『勇気の剣』のメンバーはそれぞれ謝罪の一言――ユキだけは馬鹿と――言い残していく。

 ゲーベンも構わないと手を振り、彼らを見送った。(もちろん、ユキだけは罵倒で返したが)

 一人卓に残されたゲーベン。卓の上にはまだ手付かずの料理や酒が残っていた。

 ちょっとした寂しさを感じていると、


「ひとりぼっちのゲーベンさ~ん」

「殴っても怒らないよな?」


 面白いモノ発見とばかりに正面に座った受付嬢のリサに向けて拳を握った。


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