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第4話 正常で異常な貴人の男

 他の住人同様目が赤く充血しているが、理性的な男。彼に見覚えがあったゲーベンは伺うように目を細める。


「確かAランク冒険者パーティ『貴人の会』のリーダーだよな」

「覚えてもらえていて光栄です、ストレーガ殿」

「その名で呼ぶな」


 男の名はブルーノ・ボンサンス。

 ゲーベンたちと同じ冒険者ギルドに所属する上級冒険者だ。

 冒険者であるというのに普段から仕立ての良い礼服を着ている見た目そのままで、彼はボンサンス子爵家の三男であり、れっきとした貴族に連なる血筋である。

 というよりも、『貴人の会』に所属するメンバー全員が貴族の子弟という、珍しい構成なのだ。

 

 初対面時には強化魔法しか使えない魔法使いとして馬鹿にされることの多いゲーベンであるが、稀なことにブルーノは初めから礼儀正しく接していた。

 だからといって、別段ゲーベンの能力を認めているかというとそうではない。

 その理由を知っているゲーベンは、胸に手を当てて流れる動作で恭しく頭を下げるブルーノに向けて、嫌そうに表情を歪めて見せた。


「ブルーノさん……。まさか、この騒ぎは貴方が?」

「騒ぎ? なんのことでしょうか? 私はただ、麗しの姫君に捧げ物をしたいだけなのです」

「捧げ物? それは、無関係の人を巻き込んでまでやらなければならないことなんですか?」

「巻き込む……? 先ほどからおかしなことばかり言う」


 白目の充血以外、冒険者ギルドで出会うのとなんら変わらない態度。

 常通りのブルーノであり、どこもおかしな言動は見られない。

 けれども、それがそもそもおかしいのである。

 町中で偶然顔を合わせたわけでもなし、多くの住人が気絶して倒れている異常な光景を前にして、平時と同様であるほうが異常なのだ。


「私を含め、皆、麗しの姫君のために、自発的に行動しているに過ぎません。巻き込むなどと、強制したかのように言うのは止めていただきたい」

「皆、自身の意思でやっていることだと?」

「当然です。美しきあのお方のためであれば、我が身を粉にするのも幸せというもの」


 語る声音に熱が帯ていく。

 発言内容は灰色どころか真っ黒なのは間違いないが、普段のブルーノを知っているだけに、今の彼との微妙な差異がゲーベンは気になってしまう。


「おい? クラージュ。こいつこんな奴だったか?」


 麗しの姫君と呼ぶ、恐らく主犯であろう人物。

 その女性を崇め奉るかのような振る舞いは、いつものブルーノであればしないのではないかとゲーベンは首を傾けた。


「前はもっと、なんというか、自分こそが一番で、誰かのために行動するタイプじゃなかっただろ?」

「そう、だね。ただ、他の人達と違って意思疎通は取れるから、狂っているという感じでもない」

「相談は終わりましたか?」


 狂ってはいない。けれど、正常でもない。

 新しい症例にゲーベンたちが警戒心を強めていると、ブルーノが予想だにしなかった目的を口にする。


「では大人しく、我が麗しの姫君であられるルスラン様のために精を捧げなさい」


 精。

 体の元気とか、体力とか、そういう類のものであろう……と思うには、これまでの経験によってゲーベンは汚れ過ぎた。

 ――つまり、《《そういうこと》》なんだろうなぁ。

 顔を背けて深いため息を吐き出す暗雲を背負うゲーベンとは対照的に、リーナは見た目の年相応に顔を赤らめて色気の乏しい起伏の少ない己の体を守るように抱きしめた。


「えぇっ!? 急に出てきてせ、精だなんて!? も、もしかして狙われていますか、私!?」

「いいえ。我が麗しの姫君が欲するは男性の精です。女性は必要ありませんので、殺させていただきます」

「がーん」


 至極真面目な男に精を求められる現状に、男二人は揃って嫌そうに顔をしかめた。

 この場にいる唯一の女性であるリーナは余程ブルーノの言葉がショックだったのか、両手両膝を突いて打ちひしがれている。


「いや別にいいだろ。むしろ、性的に襲わないって言ってんだから」

「そうなんですけど、そうなんですけど……っ!」


 ガバリッと勢いよく立ち上がったリーナは、背伸びをして潤んだ瞳を精一杯ゲーベンに近付ける。

 女性の顔が下から迫る。

 先日の出来事を感触と共に思い出してしまったゲーベンは、頬に朱を差し唇を隠すように手で覆った。

 ――どうしてこう、最近出会う女は距離感がおかしいんだ。

 自身のことで手一杯のリーナは、彼の変化に気付かない。


「それはそれで魅力がないと言われたようでショックです。田舎娘ですから、町の人たちと比較すれば、そりゃー綺麗じゃないでしょうけど、それでも落ち込みます」


 肩を落としてとぼとぼとあまりに落ち込むものだから、居たたまれなくなったゲーベンは彼女を慰めずにはいられなかった。


「……美醜なんぞ人それぞれだろ。別段リーナが劣ってるわけじゃない」


 ゲーベンの本音であり、紛れもない事実である。

 体の起伏は薄く、肉感的な艶っぽさこそないが、整った目鼻立ちに十代特有のきめ細かなもちもちとした肌。神官服を着ていながら清廉さの欠片もないが、変わりに笑顔が魅力の華やかさがある。

 現状で十分可愛らしい美少女であり、将来的に見目麗しい美女になることが約束されている容姿だ。


 彼女を醜いと言ったら、世の女性たちが激怒するに違いなく、憂う必要はなに一つとしてない。

 ゲーベンなりに言葉を選んで慰撫いぶしたのだが、笑顔のクラージュが余計な一言を付け加える。


「リーナさんは綺麗だって、ゲーベンは言ってるんだよ」

「ゲーベンさん……!」

「余計な翻訳するんじゃねぇ!?」


 事実なだけに否定しづらく、ゲーベンは目を剥いて怒鳴る。


「キレイじゃないんですか?」

「うっ……」


 悲しみと期待の入り混じった瞳を上目遣いで向けられたゲーベンは小さく呻く。

 じっと見つめられながら詰め寄られ、いつの間にか壁際に追いやられてしまった彼は、命を削るように喉から声を絞り出す。


「き、れい、というよりは、かわ、いいとは、おもう、が」

「――! ありがとうございます! 嬉しいです!」


 本当に嬉しいのだろう。

 道端に生えていた名もなき野花の蕾が花開いたかのようなリーナの笑顔。

 緩んだ顔を見られるわけにはいかないと表情筋を引き締め、険しい顔をしたゲーベンは弱音を吐くようにクラージュへとぽつりと零した。


「クラージュ……俺はこいつ苦手かもしれん」

「そう? 気が合いそうだけど」

「節穴かよ」


 人形の目玉でも嵌っているのかと思わせるクラージュの言葉に、ゲーベンは心底失望したと唇の両端を吊り下げ不快感を露わにする。


「……にしても、男の精、ね」


 人々を狂わせ操り、男の精を求める犯人。

 段々と正体が見えてきたゲーベンは、嫌だ嫌だと首を振るう。


「ルスラン様におのが身を捧げられる幸福に感謝してください」


 現状に嫌気の差しているゲーベンとは違い、ブルーノはやる気に満ちている。

 腰に下げていた細く長い鞘から抜くのは、針のように鋭いレイピアだ。もう一方にはマンゴーシュと呼ばれる短剣を握り、戦闘態勢を取る。


 どちらかといえば、貴族が護身用や決闘のために持つような、対人向けの武器である。

 基本、自身と同等かより大きなモンスターを相手にする冒険者稼業には不向きな武器であるのだが、ブルーノはそのような苦難に音を上げることもなく、貴族の誇りを手に持ち現況の辺境ギルドで最上位のAランクにまで上り詰めた猛者だ。


 大楯を構え、隙間なく鎧を着込む重戦士のクラージュが有利なはずだが、彼の表情に余裕はない。

 同格の強者同士の激戦が予想される場面。

 けれど、そんな拮抗を容易にひっくり返してしまう規格外がこの場にはいた。


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