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第六話 いいどきょう

一冴(いちご)が蘭に告白したことについて、クラスメイト達は気を遣ってくれていた。むしろ、そのことを大声で明かした桃を白い目で見ていたほどだ。


それでも、居心地が悪くなったことに変わりはない。


蘭には振られ、告白は公開され、百害あって一利ない。


しかも、麦彦と山吹に弁当を食べられて以来、菊花は弁当を作らなくなった――なぜなら、また食べられる可能性があるのだから。代わりに、購買でパンを買って食べるようになる。一冴にとって、そこが少し残念だった。


     *


五月中旬――十四日水曜日のことである。


菊花は学校から帰ると、洗濯物を洗濯機へ入れた。


スイッチを入れ、部屋へ帰る。


三十分ほど後、洗濯場へ戻り、洗濯し終えた衣類を取り出した。部屋へと持ち帰り、ハンガーへかけ、バルコニーで干そうとする。


違和感に気づいたのはこのときだ。


ショーツが一つ足りていない。


首を捻っていると、紅子が声をかけてきた。


「どうした、同志(タヴァーリシ)菊花。」


「いや――パンツが足りてないの。」


「パンツ?」


うん――と菊花はうなづく。


「前に洗濯したのが確か三日前で、靴下も三対あるでしょ? けど、パンツが二つしかない。」


「あれ、菊花もか?」


菊花は目を瞬かせる。


「も――って?」


「いや――このあいだ私も同じことがあったんだが。」


二人は目を合わせ、首をひねる。


やがて食事の時間となったので食堂へ向かった。


食事の時、ショーツのことが話題となる。一冴と梨恵も同じ目に遭っていたと知ったのはこのときだ。


紅子は顔を蒼くする。


「マジか――下着泥棒が出るのか。」


「どうもさぁらしいな」と梨恵は言う。「どうあれ、気をつけた方がええかも。だって、これでもう一〇五号室から八号室までの寮生がパンツを盗まれとるわけだら?」


一冴も同意する。


「とりあえず、パンツは部屋干ししといたほうがいいね。」


菊花は呆れかえる。下着泥棒というのは、女性の下着が好きで盗んでいるのであろう。しかし、一冴が男子だと知ったら何を思うのか。


だが、同時に気づいた。


自分のショーツは――干す前になくなっていなかったか。それはつまり――下着泥棒は内部犯である可能性が高いということなのだが。


ふっと、視線を感じて顔を上げる。


蘭がじっとこちらを見ていた。


酷い悪寒を感じて、顔をそむける。


やがて食事を終え、自分の部屋へ戻った。


窓を開け、下着を釣るした角ハンガーを取り込む。ともかく、外で干すのは危険だと考えたのだ。しかし、不安な気持ちは消えない。


それから課題をすませた。入浴時間を経て、消灯時間となる。


布団に入り、一日のことを振り返った。


胸の中がざわついている。女性の下着で昂奮する人間が寮内にいるというのか。頭に浮かぶのは、蘭に夜這いをかけられた日のことだ。窓の鍵はかけただろうか。また蘭に侵入されたら――。


菊花は起き上がり、窓へ近づいた。


カーテンを開ける。


そこには、栗色の髪を逆さに垂らして部屋を覗く蘭の顔があった。窓をへだてて目が合う。


「ひいいいいいっ!」


菊花はのけぞり、尻もちをついた。


紅子が起き上がる。


「どしたん、菊花?」


震えながら窓を指さす。


「ま――窓に――窓に!」


ベッドから紅子は降りた。


窓を開け、外を見回す。


「誰もいないけど?」


「い――いや――いた! いたんだよ! いいから、とっとと窓と鍵締めて!」


あまりにも菊花がおびえるので、紅子は窓を閉め、鍵をかけた。


菊花は仏壇に近寄り、ろうそくに火を点ける。線香も五本ほど取り出し、火を移した。鉦を鳴らし、数珠を取り出し、一心不乱に両手をすり合わせる。


仏説(ぶっせつ)摩訶般若波羅蜜多心経まかはんぎゃーはーらーみったーしんぎょー観自在菩薩(かんじーざいぼーさつ)行深(ぎょーじん)般若波羅蜜多時はんぎゃーはーらーみったーじー照見(しょうけん)五蘊皆空(ごーおんかいくう)度一切苦厄(どーいっさいくーやく)――」


無我夢中で念仏を唱える菊花を、気味の悪い目で紅子は見ていた。


舎利子(しゃーりーしー)色不異空(しきふーいーくう)空不異色(くうふーいーしき)色即是空(しきそくぜーくう)空即是色(くーそくぜーしき)受想行識(じゅーそうぎょうしき)亦復如是(やくぶーにょーぜー)舎利子(しゃーりーしー)是諸法空相ぜーしょーほうくうそう不生不滅(ふーしょうふーめつ)不垢不浄(ふーこうふーじょう)不増不減(ふーぞうふーめつ)是故空中無色ぜーこーくうちゅうむーしき無受想行識むーじゅーそうぎょうしき無眼耳鼻舌身意むーげんにーびーぜつしんにー無色声香味触法むーしきしょうこうみーそくほう――」


その日から、一〇八号室からは夜な夜な念仏が聞こえるようになった。

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