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第十一話 仮面の告白

それから、二人は教室棟へ這入った。


蘭を探し、二年の教室へ向かう。


女子しかいない校舎。この学校で、告白など今まで何度あったのだろう。一冴は今からそれをする。


階段を昇っている途中、そっと菊花はささやいた。


「私、正直なところ蘭先輩に会うのは苦手。」


そして、一冴の手を握る。


「だから――その――」


「分かってる。」


――まあ、そりゃ苦手だろうな。


だが手をつないでいると、菊花と恋人同士のようだ。これから蘭に会うのに、どう思われるのだろう。口元に米粒をつけていると知らず、そんな心配をする。


蘭の所属するクラス――二年(あおい)組の教室へ着いた。


恐る恐るドアを開け、中を覗く。


近くに立っている生徒へと、一冴は訊ねた。


「あの――蘭先輩はいますか?」


彼女は目を瞬かせ、教室の奥へ声をかける。


「おーい、蘭。可愛い二人がお呼びだよー。」


教室中の注目が集まる。


声の向こうに蘭はいた。窓辺で彩芽と談笑している。手をつないでいる二人へ目を向け、怪訝な顔をする。今さらながら居心地が悪くなった。


深い栗色の頭をかたむけ、近づいてくる。


「まあ――菊花ちゃん、いちごさん。どうなさいましたか?」


やはり、一冴(いちご)だけは「さん」づけだ。


いえ――と一冴は言う。


「少し、お話ししたいことがあります。お時間よろしいでしょうか?」


「えゝ、構ひませんよ。」


振り返り、彩芽に声をかけた。


「少し話してきます。」


やや心配そうな顔で彩芽はうなづく。


できれば、ひとけのない処を――と一冴は言う。蘭はうなづき、では中庭へ――と言った。


それから三人で階段を下る。


まるで処刑台へ進むような気分だ。告白すると決めたのは自分なのに、その時が来ないでほしい。


教室棟を出て、中庭の実習棟ちかくへと着いた。


そこは、かつて蘭が本を読んでいた処だ。木々に囲われているため、周囲に人はいない。


木漏れ日の落ちる中、蘭は尋ねた。


「それで――お話したいことは何ですの?」


歯切れの悪い口調で菊花は答える。


「えーっと、ですね。蘭先輩、このあいだの件ですが――」


「あら――わたくしの気持ちにやうやく応へて下さるのですね?」


「いえいえ! 違います、違います! 残念ですが、蘭先輩のお気持ちに応えることはできません。」


「まだ意固地になってをられますの?」


「違います! 私は完全な異性愛者です。何をどうひっくり返しても、女性を愛することはできません! 男性しか恋愛対象にならないんです!」


人差し指を菊花は突き立てる。


「蘭先輩、いま貴女は失恋しました!」


蘭はやや困惑した。


軽く溜息をつき、一冴は口を開く。


「蘭先輩。」


蘭の顔が向く。


三年間、ずっと思い続けていた人と目が合う。


何人もの男が今まで告白して全員が振られた――イケメンも美少年も。男を寄せつけないお嬢様。高嶺の花。鈴宮。鈴宮蘭。鈴宮先輩。蘭。蘭先輩。


「私からも伝えたいことがあります。」


その声は既に震えていた。


自分は――。


菊花とラブラブだと誤解され、片思いの男子がいると誤解され、蘭からは敵意さえ向けられた。


だからこそ伝えたい――たとえ性別を偽っていても、中学一年の冬の日のように拒絶されたとしても。


「蘭先輩。」


息を吸い込んだ。


木漏れ日がゆれる。蘭の瞳の上で輝いている。


ずっと言いたかった言葉を――形にするのだ。


いま――自分は女子なのだから。


「貴女が好きです!」


耐えきれず、目を下に向けた。


どのような顔を蘭がしているか分からない。


視界には、自分の下半身のみが映っていた。


少しして蘭の声が聞こえる。


「わたくしのことを?」


「――はい。」


一冴は顔を上げる。


しかし、蘭を正視できない。


「私が好きなのは、男の子でも、菊花ちゃんでもありません――貴女です。その髪も、栗色の髪も、上品な(たたず)まいも、みんな好きです。私――菊花ちゃんの代わりにならないことは分かってるんです。それでも――すきです。どうか、おつきあいしてください。」


その場が静寂に包まれる。


しばらく返事はなかった。


――失敗した。


やがて蘭は口を開く。


「でも――いちごさんには、片思いの彼がをられるのでは?」


「あ――あれは。言葉の綾というか――。だって、言えないです――好きな人が、女の子だなんて。」


やがて、くすりと蘭は笑む。


「いちごさんも――わたくしと同じでしたのね。」


胸が冷え、小刻みに足が震えだす。


本当は同じではない。レズビアンではないのだ。


だが、否定できない――何しろ告白したのだから。


今は肯定するしかない。


「――はい。」


「勇気を出して仰ってくださって、ありがたうございます。」


硝子細工の繊細さで蘭は応える。


「けど、わたくし菊花ちゃんしか好きではありませんの。」


予想外の言葉に顔を上げた。


何を言われたのか分からない。


「え――菊花ちゃん、異性愛者だって――」


「そんなの、これからどうなるか分かりません――少女は、百合の花を誰もが心に持ってゐるのですから。」


――百合。


自分には――あるのだろうか。


「そして、菊花ちゃんの百合に触れたとき、今までにない激しい恋をいたしました。百二十三人の方の、どなたよりも強い感情です。なので、いちごさんの気持ちにお応へすることはできません。」


蘭は菊花へ向き直る。


「ね――菊花ちゃん。先ほどは『残念ながら』と仰ってましたが、それはいちごさんの気持ちに配慮されたからではないのですか? 残念でないのなら構はないのでは?」


菊花は困惑し、あの、と言う。


「ねえ、構ひませんでせう? ハネムーンはどこに致します?」


そして、菊花のほほに軽く触れた。


「ひっ――」


顔を引きつらせ、菊花は逃げ出す。


「厭あああああああっ!」


「あ、菊花ちゃん! 待ってください!」


蘭は菊花を追いかける。


そんな蘭を一冴も追いかけ始めた。


「蘭先輩! それでいいんですか!」

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