第九話 月下の使者
一冴が口を利いてくれないことは、菊花にとって痛かった。
しかも、その原因は碌でもないものだ。蘭はどうかしている――他人の部屋で胸元を顕わにした挙句、押し倒してくるなど。
――だが。
そんな蘭の前で妙な気分になった自分は何なのだ。
ともかくも、一冴の機嫌を直さなければならない。
幸い、幼馴染であるがゆえに、一冴が好きな物を菊花は知っている。
その日の晩のことだ。
消灯時間のあと、しばらく菊花は寝なかった。ベッドの中でスマートフォンをいじり、少しのあいだ起きていた。紅子は何も気づかず、すぐに寝ついた。
窓を叩く音が聞こえたのはそのときだ。
顔を上げると、窓の外に一人の人物が立っていた。女子寮の周りに街灯はない。しかし、月明かりに人影が浮かび上がっている。
菊花は窓を開けた。
山吹は一つの小包を菊花に差し出す。
「ご所望の物をお持ち致しました。ドライアイスが中に入っておりますので、冷蔵庫に入れずとも朝までは持つでしょう。」
菊花は小包を受け取った。
「ご苦労――山吹。」
「わたくしは菊花お嬢様の召使ではございません。くれぐれもこのような真似は今回にお限りください。女子寮へ忍び込むのでさえ簡単ではございません。」
「分かってる。」
では――と言い、木陰の中に山吹は下がる。
黒づくめの姿が暗闇に消えた。




