表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/112

第三話 お嬢さまは高根の花

その光景は頭から離れなかった。


蘭は――女子が好きなのだろうか。


もしそうなら、この想いは行き場をなくした。


陰キャでボッチなだけではない。自分は男だ。髪だって短い。


いや、髪の問題ではない。服の問題でもない。風呂あがりに鏡の前へ立つと、男の身体は(いや)でも目に入る。ほぼ直線の細い胴――股間には丸い物もついている。


――男は身体なんだ。


胸の奥がきしむ中、蘭への想いは強まった。


それまで、蘭を眺めたいという思いは抑えていた。しかし次第に節操がなくなる。そして蘭の姿を見るたびに、あの雨上がりの光景が頭をよぎり、胸が痛んだ。


一冴の態度が気にかかったのだろう。


ある日のこと、教室の窓から中庭の蘭を眺めていると声をかけられた。


「あんた、鈴宮さんのこと好きなの?」


振り返ると、蘭と同じ制服を着た幼馴染がいた。


菊花は一冴の従姉弟(はとこ)だ。同い年であり、家も近い。このときはクラスも同じだった。


しどろもどろになりつつ、別に、と一冴は言う。


「ふぅん。」にやにやと菊花は笑う。「けど、あきらめることね。なんせ――あの旧伯爵家の鈴宮さんなんだから。」


一冴は首をかしげる。


「何――その伯爵家って?」


「あ、知らないの? バカなの? 鈴宮家って、元・貴族だよ? 元々は鈴宮藩六万石の主。」


「マジで?」


「マジ。マジ。江戸時代までは鈴宮城に住んでたらしいんだけど。」


行ったことのある場所で驚いた。


鈴宮城は市役所の近くにある。山の麓に三の丸と二の丸の跡が、山頂に本丸と天守台の跡が残っている。石垣と堀の他は今や何もない。


「しかもお父さんは参議院議員。お嬢様中のお嬢様なんだから。卒業後は、白山女学院か学習院かな。潰れかけのザコ企業の愚息にゃ無理ね。」


白山女学院は鈴宮市の女子校だ。名門として知られる。歴史は古く、明治二十七年に創立された。成績優秀で奨学金を得た女子や、裕福な家庭・高貴な家柄の女子が全国から入学している。


調べてみればそうだった。


鈴宮伯爵家は、旧憲法時代を通じて貴族院議員として活躍した。加えて、皇籍を後に離脱する宮家と血縁を結ぶ。戦後は鈴宮市へと戻り、地方議会議員や国会議員を代々輩出している。


そんな蘭が白山女学院へ入る可能性は高い。ただでさえ手の届かない存在が、さらに離れるのを感じた。


髪を伸ばし始めたのもこの頃からだ。


徐々に伸びてゆく髪を目にして、父は眉をひそめた。一冴、髪が長すぎるぞ、男なら短くしろと言われ、そのたびに黙って部屋へ引き返した。


やがて二学期も終わり、三学期に入る。


初日のこと、雪が降った。


始業式が終わり、生徒たちは体育館から出てゆく。


体育館から出る二年生の列に、蘭の姿を見つけた。


この頃には、男子としては長いほどに一冴の髪は伸びていた。しかしまだ足りない。蘭と唇を重ねたあの女子は、射干玉(ぬばたま)の長い髪を持っていた。


ふっと、蘭の顔が一冴を向く。


目と目が合った。


蘭は露骨に眉をひそめ、(いや)な物でも見たように目を逸らす。


眺めていたことに気づかれたのだ。


いや――前から気づいていたのかもしれない。


口から()れる白い息が震えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ああああああああああああダメージ!!! あああああああああダメージが!! ああああああああ!!! [一言] わたしは、そういう自分の性に疑問を持つ方ではありませんが(男性という生き物にあこ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ