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オルグの戦士ヨドス 本当の最期のことば

 サンドウィッチとドリンクを買い、足の赴くままに二人は甲板に出た。カップルらしき狼人が、海を眺めている。ゴブリンの家族が和気あいあいと歩いている。かと思えば、剣を携えた人の戦士がいたり、頑丈かつ艶やかな鱗を持つ竜人族の戦士も歩いている。ララが周囲の観察をしていると、トアがおもむろに歩き出し、甲板の先端に立った。そして、剣を空に突き出した。周囲の視線が集まる。


「な、何してんの!」


 とララはトアのマントを引っぱり、甲板をあとにする。


「キーラにも見せようと思ってな」


「あんた、ちょっとあれだよ。ていうか、目立つな云々と」


 ララのことばにも、とうのトアは変わらず無表情であった。

 前方から、マントを羽織った小太りの男が、少しふらつきながら歩いてくる。ララとぶつかる。


「大丈夫ですか?」


 ララが問うと、男は不思議そうにララを見た。


「ん、貴殿は、失礼だが、何族であるか?」


 口が隠れるほどの豊かな髭を動かしながら、こもった声で男が問うた。


「ヒト族です」

 

「そ、そうか。いや、親切なヒト族の方よ。種族を超えた同胞であることを願う。オルグの戦士ヨドスが残した、『本当の最期のことば』だ」


 男はしわくちゃの紙をさっとララに渡すと、再び歩き出した。

「あの」とララが呼び止めようとするも「同胞にのみ、そのことばを広めてくれ」と男は振り返らずに言った。ふらつきながらも小さくなる背中になにか大きな決意を感じ、ララはそれ以上呼び止めることはしなかった。部屋に戻り、紙に書かれたことばに目を走らせる。


『生き残ったものがただ唯一の勝者である。我々は、その簡潔且つ純然たる条理に膝まづき、行き場のない闇の中で剣を振るった。しかし、私は、我々は、一つになることを選んだ。そして、我々は、一つだったという事実を得た。果てに脱するは光りがある。それは神か、はたまたただの陽光か。果たしてようやく、戦友が、自身が、矮小なるものであると理解し、歯車の一つであることを理解し、次なる戦いの種火であることを理解する。賽は振られる前より、振られる運命にある。自身もまた賽と同じであり、万物の流転することに小さな歪みすらつくりだせないことを心得るのみである。価値あるものに価値がある、しかし、大局すらも凌駕する世破においては、その価値あるものにすら価値はなく、つまり、生き物の生に、死に意味はあり、しかし、生き物の生に、死に意味はない、ということになる。ただ私は自己を嫌悪する。結局私も、光のもとより脱することができない、全の枠にとどまる存在であった。願わくば、次にこの頂きに上るものが、私のような力なきものではなく、この不条理な条理を破壊するものであれば。もしくは、その光が、ただの陽光であったのならば、私のこの黒く染まりし心も、少しは晴れ晴れとするかもしれない』

 

 トアにも読んでもらうが、二人にはチンプンカンプンであった。


「それにしても、オルグのことばには思えんな。もっと野蛮で粗野な種族だと聞いていたが。甲板にいたゴブリンの家族もそうだ。こずるくて下品な連中だと習ったがな」


 とトアはサンドウィッチを頬張った。


「私が読んだ本には、オルグはもちろん荒っぽいのが多いけど、聡明で勇敢なものもいる、ってあった。ゴブリンも、家族を大事にする情の深い種族だって」


「町の本か?」


「私の故郷の本」


「読んでみたかったな」


 とトアはベッドに横になった。 


「いいよ。ほら」


 ララは懐に入れていた古い本をトアに渡した。

 ぺらぺらとページをめくるトア。


「お前の故郷って」


「私の故郷は、深い山奥にあった小さな村。随分昔は流浪の一族だったらしいけど、私が生まれる頃にはその森に定住していた。その本は一族の旅日誌のようなもの。一族が、ヒトの領域を超え、色んな種族の国を行き渡っていたころのことが書いてある。今から約4年前、村は何ものかに襲われて、私だけになった」


「そうか」


 とトアは本をララに戻した。


「読まないの?」


「あまり本は好きじゃない」


「あんたが読みたいって」


「まさか持ってるとは思わなかった」


 ララは、はあ、とため息をつき、言う。


「にしても、キーラといるときはてんでしゃべらなかったのに、よくしゃべるね」


「私は相手に合わせるんだ。本音をいえば、お前の故郷の話など興味はない」


「じゃあなんで聞いたのよ!」


「お前が話したそうに感じたからだ」


 とトアは寝転びながら、むしゃりとサンドウィッチを食べた。


「嫌な人。あと、私はララ。お前なんて呼ばないで」


「わかったよ、ララ」


 無感情に答えるトアに、頬を膨らませるララ。しかし、ララはトアへの興味が隠せなかった。


「あんたの故郷は?」


「あんたじゃない、トアだ」


「トアの故郷は?」


「知らん。修道院の裏手で、シスターに怒られて涙ぐむキーラをぼんやり見ていたのが私の記憶の初まりだ」


「知りたくないの?」


「別に」


「あっそう」


 とララはやはりむくれながら、布団にもぐった。

 ひょっこりとシロがポケットから顔を出した。


「なんだ、ここ」


「船だよ、シロ」


 シロは、船室の小さな窓に飛んで行くと、目をぱちくりさせる。


「こ、これが海いいい!?」


 トアの妖精、フレアもまた、ふわりとトアのポケットから出てきて窓の外の光景を見た。


「何かしゃべれよフレア」


 シロが言うと、フレアはこくりと頷くのみで、ことばを発することはなかった。


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