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血に染まった出立

「おっせえぞ、早くしろぐず」


 キーラが悪態をついた。隣でふよりと浮かぶうっすらと紫色の妖精も、同じように偉そうにしている。トアはいつも通り無言で、そしてうっすらと赤い体のトアの妖精もまた、仏頂面であった。常に眠っているのはシロぐらいである。


「さあみなさん、行きますよ」


 イゼが声をかけた。珍しく、いつも顔を出しいているイゼの妖精がいなかった。 

 4人乗りの馬車に乗り込む。向かい合うように座る。


「やっとだぜ、この狭い世界ともおさらばだ!なあトア、おい、隣座れよ」


「耳元でうるさくされると眠れん」


 とトアはキーラの対面に座る。


「結構かかんのか?イゼ」


 キーラが隣に座るイゼに訊ねた。


 御者が手綱を動かすと、馬車が動き出した。


「2時間ほどはかかると思いますよ」


「おいおい、けつがもたねえぜ」


「ところでみなさん」


 イゼは、3人を改まってみた。


「もうすぐ祭典があるのをご存知ですか?」


「『オールワン』とかいうやつだろ?32年に一度いろんな部族が集まって平和の祭典をするとかって」


「ええ、それ以外にもなにか知っておられますか?」


「ん?なんかあんのか?」


 とキーラはトアを見た。トアは既に目を瞑り寝ている。「まあ、昨日ほとんど寝てねえからな」とキーラもあくびをした。


「イゼ、どうかしたの?」


「なにもありませんよ、ララさん」


 イゼは微笑んだ。

 この行く先と関係があるのだろうか。いや、起きたときは、イゼも詳しくは知らないようだった。ララはイゼの発言に少しもやもやしながらも、馬車の揺れに身を任せ目を瞑った。しかし、昨日イゼが癒しの魔法を施してくれたから、トアのようには眠りに付けなかった。うつらうつらと狭間にいると、途端、全身が総毛立った。

 殺気。かっと目を開く。

 目の前に座っていたイゼの奇麗な額が突然割れ、尖った棒状の枝がララを襲った。瞬時に伏せ、なんとか避ける。


「キーラ!」


 ララは叫んだ。イゼの側頭部から突き出た枝は、隣に座るキーラの頭を貫通していた。キーラの目玉はぎょろりと飛び出、体がぴくぴくと痙攣している。その枝は御者まで貫通しており、馬が興奮し暴れだす。揺れる馬車を、ララはなんとか飛び降りた。異変に気づいたトアも、ララに続く。馬車は横転し、ゆっくりとイゼがでてきた。頭が割れ、四方からにょきにょきと枝が飛び出ている。イゼが、にんまりと笑い言う。


「『イリリア修道女の奇跡』ゲンティウスの花の妖精を生んだ選ばれしもの。3人は殺りたかったんだけど、なかなかやるわね」


 トアの周囲の温度が、ぶわりと上がる。トアがイザを睨んでいる。あざ笑うかのように、イゼは森の方へ下がっていく。路傍の草がちりちりと燃えている。


「イゼは、なんで」


 ララは、様相の変わったイゼに、儚くも問うた。


「ごめんね。私が寄生しちゃってたの」


「知能を持つ植物か。修道院では結界が張っていると聞いていたが」


 トアは、剣を強く握ったまま言った。


「そうね。弱々しいまま、なんとか体に入ってた。今日という日をずっと待ってね。ここはヒトの領域。二人殺せたらまあ充分ね。あと、あなたたちなにも知らないようだから教えてあげる。32年ごとに行われる平和の祭典『オールワン』その裏祭典があるのよ」


 とイゼは邪悪に笑い、さらに続ける。


「あらゆる種族が集まって殺し合う『ナウオンデス』あなたたちは、そこで戦うために育てられたの。また会うことがあれば」


 トアが無言でイゼに切り掛かる。イゼが、森のなかへと逃げて行く。ベールが落ちた。イゼの美しい金色の髪が、ばさりと開放される。イゼの背中が、森へ消えていく。

 イゼが、死んだ。あの意地悪だったキーラも。私は生きている。なんで、私が。イゼのおかげだ。昨日癒しの魔法をかけてもらっていなかったら、深い眠りについて攻撃に反応できなかっただろう。でも、私が例えば死んでいれば、こんなしんどくはなかったのかもしれない。イゼは、最も敬虔で最も優秀な修道女だった。これも主の導きだといって微笑むのだろうか。主は、どこにいる。苦悩するララの脳裏に、イゼの優しい微笑みがあった。ララの瞳に、涙が溢れてくる。

 トアがおもむろに、地面に剣を突刺し穴を掘り始めた。


「あんたにも、命に意味があるんだ」


 ララが訊ねた。


「私には、小さな円がある。キーラは、その円の中にいたというだけだ」


 トアは、手を止めずに答えた。

 ララは、御者の死体を埋めるためにトアの隣で穴を掘りはじめた。さっさと穴を掘り終えたトアが、キーラの死体と自身の剣を埋める。新たに持っているのは、キーラの使っていた剣であった。ララを待つことなく、歩き出す。


「こっちはまだなの、手伝ってくれたっていいでしょ」


 ララのことばに、トアは立ち止まった。


「イゼは円の外だったの?」


 ララは、イゼのベールをトアに見せ、言った。

 トアは、斜め上を見て止まる。


「円上、ぐらいだな」


 とララの隣で、トアは新しい小さな穴を掘りはじめた。

 御者の死体とイゼのベールをそれぞれの穴に埋める。さっさと歩き始めるトアに、ララは問う。


「どこへいくの?」


「馬車の向かっていた先だ」


「なんで従うの?」


「逃げたところで教会が手を回してくる。それに、あの植物にも少し怒っている。あと」


 とふとトアは立ち止まり、空を見た。


「キーラが、楽しみにしていた。馬車の先の世界を見せてやろうと思う」


「意外と、よくしゃべるんだね」


「あいつがよくしゃべるから、必要がなかったんだ」


 トアは、振り返らずに言った。 

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