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平原の断末魔

 月明かりのもとに修道院はあった。畑から獲れた野菜に固いパン、冷たいスープと、いつもの夕食を済ませ部屋に戻ると、各自眠る前の最後のお祈りをはじめる。ジェムとララは、同じ部屋であった。


「ララ、頑張ってね」


「うん」


「餌やりは、私がしとくから、気にせずにね」


 ジェムがウインクすると「ありがとう」とララは答え、お祈りをはじめるジェムを背に、部屋をあとにした。寮を出ると、ヤギ小屋があった。明日はララとジェムが餌やりの当番だが、ララは疲れてるだろうからといつもジェムが一人でしてくれている。

 修道院の裏手にある原っぱにやってくると、月明かりの下に3人の修道女がいた。それぞれのそばで、ふよりと妖精が浮いている。

 ギョロ目の女が「ララあ、今日はどこを打ってやろうか?ひひひ」と長い舌を下品に出して笑った。そのすぐそばで、うっすらと紫色帯びた体の妖精が飛んでいた。その妖精もまた、ギョロ目の女と同じようにひひひひと笑っている。


「キーラさん、そんなことをおっしゃらずに」


 とイゼがギョロ目の女、キーラをたしなめた。


「イゼはいい子ちゃんですねえ。なあトア」


 キーラは隣に立つ女の肩に手をやった。トアと呼ばれた涼やかな目元のその女は、無表情のままなんの反応も示さない。すぐそばで、赤みがかった体の妖精、フレアが、こちらも無表情でトアの肩に座っている。


「集まっていますね」


 修道院からシスターケイが現れた。いつもかけているメガネがない。日中の柔らかい表情はそこにはなく、きつい目つきが際立つ。


「今日は何をする?弓か、剣か、魔法か?」


 キーラがシスターケイに訊ねた。


「ゲンティウスの花に選ばれたあなたたちにのみ、この時間を使って戦いを教えてきました」


 開花に季節をいとわない不思議の花、ゲンティウス。修道院にいる子どもはみな、ゲンティウスの花の種を与えられ、育てる慣習があった。稀に開花のときに妖精が生まれる。『イリリア修道女の奇跡』人だけでなく、どの種族にも知られている伝説である。ゲンティウスの花の妖精を生んだ修道女は奇跡を起こす、と。妖精を生んだ子どもは、選ばれしものとみなされ、シスターケイに戦いを教えられた。


「ララさん、あなたにはしっかりとした期間を設けられませんでしたが」


 とシスターケイは哀れみの目でララを見た。

 ララが育てていたゲンティウスの花は、ほかの3人よりも特段開花が遅く、それは今からたった十日前のことであった。幼少のころより修道院にいたイゼ、トア、キーラは、早くから妖精を生み、長い間シスターケイによる特別授業を受けていたが、ララがこの授業に参加したのもこの十日間だけであった。ララの妖精、シロが生まれたとき、ジェムは歓喜したが、ララは真反対の感情を持った。できることなら、何も起きない方が良い。奇跡がどんなものなのか、なぜ剣を持たなければいけないのか、ララはこの特別授業の意図を知らないままに剣を握った。ただ従順に、おとなしく、力を隠して。

 シスターケイは、4本の剣を地面に置いた。


「あなたたちが剣を振るうその日はもうすぐそこです。今日は最後の試練となります。これも主の思し召し。剣を持ってこちらへ」


 森の中を歩く。今にも倒れそうな民家を過ぎ、いくらか歩いたところで平原に出た。すぐそばに民家が二軒並んでいた。


「ここに二軒、この先にもう一件、そして、さっき過ぎて来た民家が一件。計4軒あります」


 シスターケイのことばを遮るように、強い風が吹いた。森がざわめく。そばにある二軒の民家からは、生活の音が聞こえてくる。


「4人で4軒、一人一軒です。殺しなさい」


 殺す?

 月明かりがぐわりと揺れた。そんな感覚をララは持った。


「いいねえ、おもしれえ!シスター、家のもん全員だな!?」


「もちろん、キーラさん」


「どっち行く?トア」


「好きにしろ。私は残った方へ行く」


 トアのことばを受けて、キーラはにたにたと笑いそばにある民家へ入っていく。

 怒声。悲鳴。遂には断末魔が、平原に浮いて、そして消えていった。

 隣の民家から、男が出てきた。ララたちに気づくと、「なにかあったのでしょうか?」と問うた。後ろには妻と思わしき女も、男に隠れるようにしていた。


「ほら、逃げられたらことだぞ」

 とシスターケイはあごで男を指した。

 トアが、無表情で剣を抜き近づいていくと、「な、なんだ、おま」とのけぞる男の首を切った。続けて、悲鳴を上げる間も与えずに、男に隠れるようにしていた女の首を切り落とした。その残酷な、しかし鮮やかな一連の動作。トアは、終始無表情のままであった。


「なんで、、、、」


 ララは、ことばを失った。


「ララさん」


 イゼの呼び声に、ララは、呆然とそのの方を見た。


「どちらの民家にしますか?ララさん」


 いつもの優しい微笑を浮かべながら、イゼは言った。


「イゼ、あんたも、そんな」


「主の思し召しです。試練の先に救いがあるのでしょう」


 とイゼはララに微笑むと、平原の向こうにある民家に向かって歩き出した。

 ララは、嘔気に膝をつき、地面に手をついた。人の命が、簡単になくなっていく。人を殺せ?彼らが何をしたというのか。イゼは、あの優しさに溢れたイゼまでも、人を殺めるというの。なに、この世界は。私は、そんなこと。

 シスターケイが、ララの肩に優しく触れる。


「ララさん。あなたは最後に妖精を生みました。色々と教育する時間がなかったことをお許しください」


 かっとララはシスターケイを睨んだ。シスターケイは、ララの瞳を覗き込み、微笑を浮かべ言う。


「その目、やはりあなたも選ばれしもの。隠しても仕方がありませんよ。主はすべてをわかっておられる」


 キーラとトアが民家から出て来た。剣には血と脂がつき、特にキーラの服は返り血で染まっていた。


「なんだよ、まだやってねえの?はやく行けよこのぐず」


 キーラが笑いながら言った。

 シスターケイが、ララに近づき言う。


「主よ、お許しください。私はいけないことをしてしました。一つ嘘をついたのです。道中にあった民家には、今は誰もいません」


 ぴくりとララはシスターケイを見た。シスターケイは、にこりと笑いさらに続ける。


「数年前、とある村で、小さな子ばかりを狙った殺しが起きました。その犯人は、しかし己の行為を恐れ、自ら毒によって光を断ちました。そして村を遠く離れた、この近くの森に住んでいるのです」


「なにが言いたい?」


「例えば、そのものの目を治してあげて、か弱き修道女たちが眠る修道院に放したら、一体どうなるのでしょうね」


 昂る感情。


ーーー力を隠せ


 父の残した最期のことばなど、とうにララの頭にはなかった。


「あんた!」


 とララはシスターケイに飛びかかる。が、トアが二人の間に入ると、ララの腹を蹴り上げる。ララはその蹴りを寸でのところで右腕で受けると、後ろへ下がった。


「おいトア、手加減してんじゃねえよ」


 とキーラはせせら笑ったが、トアは不思議そうにララを見つめた。

 ララは、シスターケイを睨みつける。


「ふふふ、この一分一秒にも、主は意味をお与えになっている。もう一度お伝えします。そのものは、小さな子、が特に好きで」


 ララは、シスターケイのことばを待たずに走り出した。屈託のないジェムの笑顔が浮かぶ。ジェム。もう嫌だ人が死ぬのは。違う。ジェムが、死ぬ。私の愛する人が死ぬ。そんなことは許されない。ジェム。ジェム。急げ。届け。


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