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第1話 転生したけど、もう死にそう

はじめましての方ははじめまして!

もう一作の方から読んで下さっている方々はありがとうございます!

普通の?異世界転生物を書きたくなってしまってので書きました。


喉が、肺が、苦しい……


足が痛い。太股も、脹ら脛もパンパンに張り詰めているのに、前に進むことを止められない。進まなければならない。


暗い森の中、道なき道を木々の枝を掻い潜りながら進んだ。時には獣が無理矢理押し通って作られたような小さなトンネルを這って……逃げた。


足だけじゃなく、全身が痛い。何度突き出た小枝や鋭い葉っぱで素肌を引っ掻いたのか、何度服を引っ掻けて破けることも構わず走り続けたのか。


何時間も走り続けているのか?それとも数分すら経っていないのか?そんなの、確かめる術もなければ立ち止まる暇すらない。


だって、今の私は時計すら持っていないのだから。あるのは、私が()()()()()を生きる為に貰った身体と、()()が身に着けていた質素で地味な色合いの衣服と底の薄い古びた革靴だけ。


そして、立ち止まれないのは……


「ブオオォォォ―ン!」


威嚇の咆哮を上げる獣……だったらまだマシだった。ソイツは、ソイツ等は獣じゃない。ケダモノだ。豚や猪じみた頭部にゴツい筋肉質の体躯の……亜人。所謂、オークだ。しかも三頭もいる。


私は、()()()()で目覚めて少し経ってから、コイツ等に追われている。


逃げる事を諦めてしまえば、私は人として、女としての尊厳を踏みにじられる。それは、私が元いた世界では架空の産物である連中のありがちな設定が、()()()()で、()()から得た知識と比べて大差なかったから。


即ちオークにとって、人間の女は性欲と支配欲を満たす為の肉人形であり、繁殖する為の道具で、最終的には食糧なんだ。


そんな死に方はしたくない。私は形振り構わず逃げ出した。何処を、何処に向かえばいいかも考えなしに。


どうしてこんなことになったのか……


その原因、責任の一端は……私にも確かに、在る。


しかし、いきなりこんな羽目になるだなんて思っていなかった。だから、呼吸もままならない状態でありながら、こうなっているもう一つの原因に対して責任転嫁じみた悪態を吐いた。


「もっと……配慮しろぉー!呪ってやるぅぅ~!駄女神め~!!」


私の異世界転生は、最悪詰みゲー級のスタート地点から始まった。




あれ?ここは……私は一体……?


気付いたら、何処だか解らない場所にいた、なんだかまるで現実感がない。それどころか、自分の身体すら無いように感じる。とっても薄くなったように見える。暑くも寒くもなくて、重量すら感じないどころか……浮いてすらいるような……


あ、夢だなコレ。何時の間に眠ったんだろう私は……!?あれ、眠る前、何処に居たっけ?学校?家?記憶が繋がらないな……


「残念ながら夢じゃないんだな~。御一人様いらっしゃ~い」


え?誰?……あ、れ?何だかレトロな電子音がする。それに、見える物がハッキリしてきた。ソファーに、一昔前の箱テレビに、テーブルの上には昭和なゲーム機にスナック菓子……って、貴女誰?


「ん~……名前は無いんだよね~。ま、君達人間の概念からすると『女神』ってのが妥当かな?知りたい事、聞きたい事はあるだろうけど、先ずは私の話を聞いてくれるかな?」


女神、かあ……確かにとんでもない美少女だなぁ。とってもグラマーなスタイルしてるし、髪なんてドピンクだし。でも……それが全裸でソファーに寝そべってポテチかじりながらレトロゲーに興じているってのは……シュールだなぁ。


「あ、ここじゃあ心の声とか丸聞こえだから。私に嘘とか通じないからね?それに、君だって裸だからね?」


そ、そうですか。本当だ……。そ、それで、その……女神ともあろう御方が、一介の女子高生に過ぎない私に……どんな御用でしょうか?


「そうだね……話を始める前に先ず知っといて貰わないとなんだけど、名前は……三里(みさと)真理愛(まりあ)。真理愛ちゃんね?えっと、お悔やみ申し上げます」


は?何で私の名前を知ってるの?いやまて……それより今、お悔やみって言った?いや、まさか……


「言いました。御臨終です!」


……………………………………………………私、死んだ?え?何で!?ここ、あの世!?


「ん~……あの世の一歩手前かな?ここは〝世界の狭間〟私達〝神〟が本来過ごしている世界と、君達が生きる世界の双方と繋がっている不思議空間。肉体のある者が本来これない場所さ」


訳が解らないよ……それより!どうして私が死んだのか教えてよ!


「それは私も知らないんだけど……ま、そんな手間でもないから調べてみるね。死んだ瞬間を覚えていないなら、知らない方が幸せな死に方かもしんないよ~」


女神の周囲にSFっぽいホログラムモニター的な物が沢山出現した……色々映しだされているけど、見覚えがある場所ばかり。学校に、たまに行くショッピングモール。近所のコンビニ。私の家……全部、私の生活圏だ。


「あ……」


急に全部のモニターが消えた。何か、嫌な予感しかしないんですけど?


「死因が判明しました。溺死です」


溺死?え?なんだってそんな死に方……でも、何処で?どうして溺れたりなんか……


「どうやら……入浴中に寝ちゃったみたいだよ。余程、疲れてたんだろうねぇ……」


お風呂!?……そういえば、お風呂に入ろうとしていた記憶がぼんやりと……


「いやはや完全に土左衛門だよ。お肌がお湯を吸ってふよふよ通り越してブヨブヨだけど……自分の死体、見たい?」


うああああ……見たくない、です。見せないでください……


「では、受け入れられないだろうし納得もいかないだろうけど、時間が無いから話を先に進めるね?真理愛ちゃん、異世界転生しますか?しませんか?」


異世界……転生?


「そう。ゲームやラノベでよくあるアレ。因みに、しないを選んだ場合はごく普通に死んだ人と同じ扱いになります。元の世界で普通に輪廻転生の輪に戻って貰います。何に生まれ変わるかは運次第!」


運……?異世界転生の場合は違うの?


「一応ね。その世界の()()の女性になるよう手続きしてって頼まれてるから」


そうですか……!?頼まれてる?


「うん。その異世界の神様って忙しくってさあ。ちょこっと遊びに行ったら留守番頼まれちゃってぇ~。まさか、留守番中に転生マーキングしていた娘が来るだなんて思ってなかったさぁ」


マーキング?まさか、その神様が自分の世界に私を転生させる為にわざと……


「あ、それない。いや、神様も人と同じくルールがあってね。他所の神様が管轄している世界から異世界転生や転移させるのにはルールがあるんだよ。わざと殺して自分の世界に転生させるなんて、真理愛ちゃんの国の刑罰にして終身刑相当の罰則になっちゃうからさ。そんなリスクを負ってまですることじゃあないのさ」


……つまり、私が死んだのは、私がドジっただけですか。


「ま、そんな気を落とさずに。話を戻すけど、マーキングってのは異世界転生の優先交渉権でね、対象者が死んだらその魂をここに転移させるようにしてあったのさ。だから、私がこれから説明する条件で転生しなくても、他にもマーキングしている神様がいたら……嘘……マジ?」


ど、どうしたんですか?


「いや、真理愛ちゃん……マーキングが百以上なんだけど。うわ、セイアスってばよく一番に見っけたなぁ」


セイアス?それが、私をここに招いた神様の名前ですか?


「うん。その世界では〝主神〟とか〝創世母神〟とも呼ばれているね。そこのヒト種が崇める最高神だよ。地球の神話だとガイアとかに相当するかな?」


……神々の母じゃん。そんな御方がどうして私なんかを欲しがってるの!?大した取り柄もない陰キャなのに……


「沈んでるとこ悪いけど、次の説明するからね?え~、今回の異世界転生ては、大まかに分けて三つのコースから選べます!何れの場合も現在の記憶を引き継ぎますのでご安心を!」


それは、いい情報ですね。まあ、覚えていなかったら実質他人ですもんね。


「んでね一つ目。一からスタートコース!これは文字通りの生まれ変わり!出産前状態の胎児に真理愛ちゃんの魂を憑依融合させます!知識的なアドバンテージを得ている人生を楽しめます!」


体は子供、頭脳は大人ですか。効率良く生きられそうですね。


「そういったメリットはありますが、デメリットも当然あります!そう、自意識が確立されている状態で、お母ちゃんのオッパイ吸ったり下の世話をされる恥辱に耐えられるなら、一番安定したコースだといえるね」


う……二つ目は?


「羞恥心が音を上げちゃう?だったら二つ目もオススメ出来ないかなぁ?元々の体を死ぬ前の状態で複製するって方法なんだけど……」


元々の体?……それって転生じゃなくてほぼ蘇生じゃん!復活じゃないですか!そんなことが出来るなら、普通に生き返らせて下さいよ!


「いや、無償で真理愛ちゃんを生き返らせる義理も義務も無いんだけど私」


うぐ……!そりゃ、その通りですけど。無償じゃなければ……駄目じゃん。私、何も持ってないし。命と同等の対価なんて……命すら失ってるし……


まあ、いっか。異世界とはいえ転生するチャンスを貰えただけラッキーなのかもしれないし。もし生き返れたって、特にやりたいこともないし。


「……へぇ?物分かりがいいねえ。モンスタークレーマーじゃなくて良かったよ。いや、こっちに落ち度が有るわけでもないのに、ちょっち気に入らないからってゴネる奴って本当気が滅入るじゃない?神様だからって出来る事と出来ない事。やっていいのと駄目なものってあんのよ~。そこんとこ解ってない人間の多いこと!」


え~っと、神様も、ストレス溜まるんですねぇ……スミマセン。生き返らせて下さいなんて、思い上がりも甚だしいお願いしちゃったみたいで。


「解ってくれればいいんだよ。じゃ、二つ目のデメリットを説明するね?本来はこれ、メリットなんだけど……死ぬ直前まで着ていた服や所持品も複製してあげられる事になってるんだけどさぁ」


……あの、私ってお風呂で死んだんですよね?その……せめて脱ぐ前の服だけでもってのは……


「残念ながら……としか言いようがないね。事故なんかで損傷や欠損していた場合は元々の機能を向上させない限りで修復するのは可能なんだけど、真理愛ちゃんが溺死したの寝てから一時間以上経ってからだからね~。そうなるとバスタブ内のお湯なら問題なく複製してもいいんだけど」


裸どころかずぶ濡れって!転移先次第じゃスタート地点で詰むじゃないですか!?マジないわ~……ま、二つ目は全面的に無しの方向で。別に、自分の姿に執着とかないし……


「そうなの?地味だけど普通に勿体無いクラスの可愛さだと思うけど……ま、価値観は人それぞれだもんね。それじゃ、三つ目の説明するね。普通の子にはイメージ良くないかもだけど……死にたて新鮮な死体を修復して乗り移っちゃう的な方法です!」


え……それ、傍目には蘇りなんですけど。死んだと思ったら生きてて、なのに中身が全く他人とか周りが困惑しない?


「そこは問題無し!元々の身体の持ち主の記憶と知識も引き継げるから。感覚的には、よく見知った映画やドラマを思い出すみたいな感じで。その感じに最初は戸惑うかもしれないけれど、言葉や一般常識なんかは学習する手間を省けるよ」


それは楽でしょうけど……でも、私にとって都合のいい遺体があるかどうかは……運次第ですよね?


「まあ、そればかりはねぇ……修復時に悪性の病原菌なんかは除去してあげられるけど、完治して欠損している部分の再生や古傷は消してあげられないからね。それじゃ……転生可能なフレッシュデッドを検索してみるよ。取り敢えず条件は……現在の年齢から前後五歳ぐらい迄でいいかな?」


あ、はい。わ!?写真付きの履歴書みたいな画面が次々と……って!幾つ有るんですかぁ~?


「今の条件だと……ざっと五百?言ってくれれば、さらに検索条件絞るけど?」


ソウデスカ……あれ?消えちゃったのありますけど……


「それは蘇生限界時間過ぎちゃったのか、再生不可能な損傷しちゃったからかな?モグモグされてミンチになっちゃったとか」


ちょ!半径百メートル以内に肉食獣がいない条件とか足せますか?


「はいはい……半分くらい減ったね。あ、それと画面の右下にあるカウントが蘇生限界のリミットだから。遺体のプロフは日本語表記にしておいたからね」


そんなに減るんだ……まあ、犬とか猫も肉食だしね。それでも二百近くあるけど、蘇生限界もあるから厳選している余裕はないよね。もっと条件絞らないと……あれ?女神様、この人兎っぽい耳が生えてるんですけど……流行りのファッション?


「これは……生耳だね。所謂獣人な種族が普通にいる世界だから」


……ファンタジーな世界なんですね。あの、それじゃあ獣人な方も除外してくれますか?差別とかする気じゃないんですけど、身体の感覚が違い過ぎるような気がするので。


「まあ確かに、種族によっては嗅覚や聴覚が優れていたりするからね~。じゃ、獣人は除外して……残り五十程度だね」


かなり、減りましたね。これって、そのまま世界中の種族の割合なのか、獣人さんが死に直面する危険の多い世界なのか……その辺は教えてくれますか?


「ん~……普通の世界だよ。地球と同様、差別があったり戦争があったり、そこに剣と魔法がミックスされた、日本人にはありきたりなファンタジー異世界だよ」


わ~普通だ~……じゃないし!剣は兎も角、魔法がある時点で異常な世界だよ!……私、そんな世界に喚ばれる理由が本当に思い付かないんですけど……なんか、私自身も知らない才能とか有るんですかぁ?


「才能ってゆうか、珍しい特性は持ってるね。私がそれを詳しく教えるのはルール違反になるから教えられないけど。まあその特性的に世界を救えとか魔王を倒せとかって無茶振り難題を押し付けられたりはしない筈さ」


珍しい特性……何だろう?少なくとも、戦闘で無双が出来るようなパワーチートじゃなさそうだけど……まあ、包丁すらマトモに握ったことがない私に、生き物を殺すなんて無理だろうしなぁ……そうだ!死んでるってことは、そこが戦場だって可能性が高いかも……兵士とか軍人、戦う事を生業にしてる人も抜いて下さい!


「……身体が丈夫でいいと思うんだけどなぁ。お、二十に満たなくなったね。ついでに病死も削除するね。病気は治せても貧弱になった体力は自力で鍛え直すしかないし……残り五つか」


……若い子が病死するような疫病でも流行ってるんですか?それにしても、たった五人しか条件に満たないなんて……どうしようかな。今迄の会話から察するに、セイアスって神様が必要としているのは私自身じゃなくて、私すら自覚していないナニカなんだから、記憶を消してもらって一つ目のコースで転生した方がいいんじゃないかな……ん?この子、マリア?……私と、同じ名前だ。歳も、同じ。背格好もそんなに違わない。サファイアの様な清んだ瞳に、ルビーの様に綺麗な赤髪。とても、美人な子だ。


なのに、この子も死んじゃったんだ……


私と違って、やりたいこと、なりたいものはあったのかな?


どうしてだろう。名前が同じ。それだけの理由なのに、私は……マリアが気になって仕方がない……


でも、じっくりそれを調べる時間はなかった。


画面右下のカウントが、既に十秒を切っていた。


「女神様!私の魂をこの子……マリアに!私、マリアに転生します!」


迷っている時間すら惜しく、私は思わず叫んでいた。


「本当にその子で……ってぇ!時間ギリじゃん!えーいっ!」


刹那、私は浮遊感に包まれ、意識が遠退いていった。


「近く――し――に!むか――い――る、から!」


女神様が何か言っているようだったけど、私は、それを覚えてはいられなかった。





目が覚めた瞬間、私が見たのは……地獄さながらの光景だった。思わず叫ばなかった自分を褒めてやりたい。……恐怖で思考が停止してしまっただけなのだけど。


地面一面が、赤黒く染まっていて、転がっているのは……|横たわっている牛の骸に、粉々になった荷車の木片。そして、ヒ《・》()()()()()()()()()


バラバラに散らばっているそれを見て、単なる事故ではないと理解した。そうでなければ、私の……マリアの身体が蘇生可能な程度に原型を留めていた筈がない。つまり、導き出されたのは恐るべき事実。マリアは荷車に乗って移動している最中、何者かの襲撃を受けたのだ……。


マリアの最後の記憶……隣村へ作物の収穫を手伝いに行った帰り道、突然荷車から宙に放り出されて……そこから、()()目を覚ます迄が繋がらない。そうか……荷車から落下した衝撃で地面に身体を打ち付けて……当たりどころが悪かったんだろう。痛みに苦しむ間も無く……。


即死していたからこそ、襲撃者に捨て置かれたのかもしれない。散らばっている肉片は、逃げ出そうとしたのか、それとも抗おうとしたのか……私は、不幸な犠牲者である彼等とマリアに対し、おこがましいと思いながらも、涙を流してその死を悼む事しか出来なかった……


「イヤァァァ!来ないで!やめてぇ!誰か……助けてぇ!」


聞こえて来たのは、甲高い女の子の泣き叫ぶ声。私は、無気力に声がした方向に目を向け……一瞬で絶望した。そこには、血塗れの脚を引き摺って這いずる少女と、その少女をせせら笑うような下卑た表情を浮かべる……豚面の化物が三頭。オークが、いた。


マリアの記憶が教えてくれる。少女は、近所に住んでいて、妹同然に可愛がっているミリィナ。そして、オークは人に近い姿をしていながら言葉を介さない者、亜人の一種。主神セイアスと敵対している邪神群の下僕。奴等にとって、亜人に属さぬ人類は全て敵であり、食糧であり、繁殖にも使える玩具でしかない……。でも……何で?近くに肉食獣はいない条件だった筈……獣じゃなくて亜人だから?それとも雑食たから?……そっか、その条件じゃなきゃ人間だって肉食な訳だし……くそっ!駄女神めぇー!って、今は嘆いてる場合じゃない!


「や……やめて……嘘、でしょ?こんなの……嫌だぁー!!」


なんて、ことだろう……オーク達は、本当に遊んでいる。ミリィナの反応が楽しいのか、嬲るように服を少し引きちぎっては嗤い、余裕を持って隙を見せては少し逃がし、また捕まえる……見るに……堪えない……


でも、これはチャンスだと思った。オーク達があの娘に夢中になっている間に、死んだと思われている私は逃げられる……解ってる、最低な発想だ。でも、私に何が出来るってんだ?


オークの体格は平均的な成人男性と比べて2倍近くの横幅があり、腕の筋肉はまるで丸太だ。それに、ハンマーみたいな無骨な岩塊を武器として持っている。恐らくそれで、辺りの地面を血で染めたに違いない。


ここで、私がじっとしていても、辿る運命は嬲られている彼女とそう違わないだろう。なら、二人でそうなるより、一人でも生き延びる可能性に賭けたい……


それに、縁も所縁もない女の子を庇う理由なんて――


「……何考えてんだ私は。全く馬鹿だ。大馬鹿だ!」


私は、手に小石を握り締めると立ち上がり、オークの頭目掛けて全力で投石した!


「この……ロリコン豚野郎どもが!私を無視して、ガキに発情してんじゃないわよ!」


立ち上がった私を見て、オークどもは戸惑ったかのように動きを止めた。それ以上に、驚いていたのは……ミリィナはまるで奇跡を目撃したかのように、涙溢れる瞳でマリアを見つめていた。


「マリア……おねぇひゃん……」


本当に私は馬鹿だ。勝ち目のないバケモノを怒らせてしまうなんて。


そして、もっと馬鹿だ。私を……マリアを姉と慕ってくれている娘を見捨てた上に囮にしようとするなんて!そんな最低の事をする為に、転生なんてしたんじゃないでしょうが!


こうして、異世界転生早々に、私はオーク三頭相手にリアルガチ鬼ごっこを挑んだのであった……




「はぁ……はぁ……ここまでやれば、上出来でしょ。ははは……オークが、単純でよかった……」


私の挑発が功を奏したのか、オークは三頭とも私を追い駆けてきた。囮としての役目は十全に果たしたといえるが、それはとてつもない恐怖であった。


オーク三頭を相手に、人生初のデスゲーム。舞台は土地勘全くなし、マップ無しの未開の森。目的は、足を怪我した少女がオークから無事に逃れられる迄の時間稼ぎ。


……条件達成までの時間すら解らない。そもそも達成可能なのかさえ判然としない無理ゲーだった。それでも、私は必死に逃げた。


オークよりも小柄な身体を活かして木々や岩等の遮蔽物の隙間をすり抜けるように全速力で、身体を傷付けるのも厭わずに走った。


なのに、オーク達は木々を力ずくで薙ぎ倒し、岩を押し退け、私が苦痛に耐えてどうにか通り抜けた道なき道を悠々と突き進んでくる。……嘲笑われているようで心が折れそうになった。


それでも……少しでも……その想いに突き動かされて、何処とも知れぬ森の中を進み続けた。でも、終わりは唐突に訪れた。


薄暗く、石や朽木で足場も悪く、体力も尽きて自分の身体を支えるのすら満足にいかない。躓き、足を縺れさせるのは時間の問題で……実際、そうなった。


勢い余り、派手に地面を転がった後、私は大木に背を預ける格好で背中を強打してそのまましなだれ、悠然と迫り来るオーク達を呆然と見据えるしかなかった。


……もう、逃げられない。


服はボロボロ。全身打撲と擦り傷だらけの血塗れ。呼吸は荒く心臓の動悸はもっと激しい。


これから身に振りかかる事を思うと……恐ろしさ以上に、悔しさと罪悪感が込み上げてきた。


これから、オークに汚される。この身体が。マリアの身体が。


私が、彼女の身体を選んだせいで。


記憶にあるマリアの絶命の瞬間。マリアは、痛痒を感じる暇すらなく死んでいた。それは、あまりに呆気なく……しかし、それでも心を踏みにじられるような屈辱とは無縁な死ではあった筈。


それが、私が彼女を選んだが為にと思うと……私が味わうであろう苦痛と、失われる安っぽい命が代償では、とても侘びにもならない。


走馬灯のように、マリアの記憶が私の中で駆け巡る。


なんて……懸命に生きてきた子なんだろう。


両親を早くに亡くしながらも、優しい親類や隣人に支えられ、自分の夢を叶える為に、努力を怠っていなかった。ほんの数日村を訪れた旅人に恋をしたりなんて可愛げもあって……とても眩しい生き方だと思った。


「どう……して」


思わず、私の口から疑問が漏れた。何故、マリアの命が奪われなければならなかった?どうして、私なんかがもう一度生きるチャンスを与えられた?


不公平な世界に、適当な仕事をしてくれた女神に、外道な豚野郎どもに……そして何よりも短慮で浅はかな自分自身を罵ってやりたい。でも、呼吸するのが精一杯で、声が、出せない……


だから、せめてもの抵抗で、意識を失う最後の瞬間まで、オークの醜悪な豚面を睨んでやろうと思った。


その時、私の視界を遮る三頭のオークの背越しに、夕闇に沈み漆黒となった筈の森の木々が、激しい閃光に照らされて彩りを取り戻したように見えた。


刹那――落雷を思わせる轟きが響き渡り、木々を震わせ木の葉が弾けるように舞い上がった。


「…………………」


あまりの出来事に、声どころか、荒くなって止めようもなかった呼吸ですら、無意識に止めてしまった。


目前に巨体のオークが立ちはだかっているのに、何故か、その向こう側の森の景色が見える……?見えている?


本当に、何が起きたのか解らない。けれど……私の目の前にいるオークの胴体に、バスケットボール大の穴が、空いている。


そして、そのオークは糸が切れた操り人形みたいに、その巨体を崩し、受け身をとる素振りすら見せず倒れた。


どう見ても、死んでいる……


急に仲間が死んだ事に、私よりも残りのオーク達の方が動揺している。意味不明な鳴き声で喚き散らし、焦り周囲を見回し始めた。


「ふぃ~。ギリギリ間に合ったみたいだぎゃあ」


不意に、頭上から声がした。とても、緊迫した場面にはそぐわない、とても幼く、言葉足らずな女の子の声が。


オーク達の視線が、私の背後に在る樹の上の方に向いていた。私もその視線を追ってみると……いた。


ジジジ……と、放電音を響かせる、青白く発光している塊が。目を凝らすと、まるで猫が四つ足でちょこんと座っているような。そんなシルエットだ。


……電気を纏う獣?そんなの……存在するの?あれ?でも……喋った……よね?


「そこのねーちゃん!よく頑張ったんぎゃ!後は安心して任せ……ぬぎゃ?」


あ、放電がなくなった……。


光を失って露になった姿は、声相応の幼女だった。多分、五歳かそこらだろう。薄暗くて見辛いけれど、その両腕には各々二本の鉤爪付きの籠手みたいのを装着している。


「ぐきゅ~……やっぱり雷の〝魔纏術(まてんじゅつ)〟は強力だけど長く保てないんぎゃあ。ま、オーク如き術無しでも何とかしちゃるぎゃあ!」


え……?いや、無理でしょ?身長なんて三倍以上、体重なんて十倍差どころじゃ……


そう思った瞬間、血飛沫が散った。


「BWO!?」


「BHOO!?」


まるで咳き込むような、オークの短く低い悲鳴が零れた。見れば、どちらのオークにも胸や腹に、二筋の切り傷が刻まれて血が噴き出していた。


そして、それが幾度なく繰り返された。


顔に、肩に、腕に、背中に、脚に……オークの全身に次々と二筋の裂傷が切り刻まれてゆく……。もう、疑うべくもない。切り裂いているのは、幼女の鉤爪だ。


「……凄い」


そうとしか言えない。幼女は完全に二体のオークを翻弄していた。速さが段違い過ぎる。一撃当てては茂みに飛び込み、かと思えば樹上から飛び降りて一撃。木を蹴って目まぐるしく飛び移っていたかと思えば、いつの間にか足下に降りていて一撃を入れる。


茂みを揺らして葉音で耳を。木を蹴って落ち葉を散らして目を攪乱しながら、隙を狙って着実にヒット&アウェイでダメージを積み重ねている……多分。


正直、私はリアルな戦闘なんて見たことない。あくまで、そう見えるだけだ。でも……オークが私に構う余裕がなくなっているのは確実だと思う。だって、私を見たその瞬間には、即座に背中を裂かれてしまうのだから……


「一頭、トドメだぎゃ!」


遂に、ダメージが蓄積して動く気力を失ったオークが、幼女の鉤爪に喉笛を横四文字に抉り裂かれて絶命した。


……こうして目にしても、信じられない状況だ。何人もの村人……マリアにとって親しい隣人を叩き潰して残酷に殺した怪力の怪物が、幼女に為す術もなく一方的にやられてしまうだなんて。


「BUO?BWOON!」


あ、逃げた!?……仲間が全部やられて、急に弱気になったんだろうか?


「ふぎゅう~~。疲れたんで休憩するぎゃあ」


幼女はガス欠?へたばって漸く解ったけど、髪の毛が白と黒の縞模様だ……シマウマ?まあ、あれだけ激しく動き回っていれば当然……!?いや、駄目だ!ここで、アイツを逃がしちゃ駄目なんだ!


「逃がしちゃ……駄目。ミリィナのとこへは……行かせない!」


私は地面に落ちていた尖った石を拾い上げた。もし、オークを見逃してミリィナが捕まったら……それは絶対に、阻止しなければならない。


「まぁ、落ち着くんぎゃあ、ねーちゃん」


石を握った私の手に、小さな手がそっと添えられた。


「……助けてくれて、ありがとう。でも……アイツを逃がしたらミリィナが!」


「焦んぎゃって。ほい、オークの行き先を見てみぃぎゃ」


「え……?」


促されて見据えた先には、オークに立ち塞がる人影が一つ。木々の切れ間に立っているのか、夕陽に照らされ、朱金の衣を纏っているかのように見え、神々しくすらあった。


その人は、咆哮を上げ威嚇しながら迫り来る血だるまのオークを恐れもせずに、優雅にすら見える流麗な動作で手にしていた長杖を振りかぶると――


「相容れる事なき邪神の眷族よ。その暴虐なる行いによりて奪われし者達の怨嗟、今……その身に還さん!」


長杖から激しい光が放たれ、縦と横、杖で描かれた二つの軌跡が十字となり、交差した衝撃がオークを襲った。正十字の衝撃波によって、オークの巨体は抵抗もなく四つに分断されて、崩れるように炭化して砕けていった……。灰すら遺さずに……。


「願わくば、その魂にセイアスの導きがあらん事を」


……今の、冥福の祈り的なやつ?そういえば、あの人全体的に白系統のマントにローブ姿だし……聖職者?あんな、自分で始末したオークにまで祈ってるし……あれ?なんだろ?あの人を見てたら……なんだか、胸が苦しい?何故だろう?涙が、止まらない……。


でも、嫌じゃない。


あったかい。


嬉しくて……少し、切ない?


込み上げてくるのは……マリアの、記憶だ。彼女は、この人を知っている……!


「アイント……さま?」


私の口から出たその名に、彼――アイントは、ほんの少しだけ驚いたように戸惑いの表情を浮かべた。けれど、すぐにとても柔らかく優し気に、僅かに悲し気も含んでいるようにも見える微笑で、私の前で方膝を着いて頭を下げると、祈るように両手を組んだ。


「済まないが、今少しだけ待って戴きたい。間に合わなかった私をどうか、許してほしい。……()()()の魂に、安らぎが在らんことを――」


「え?」


……心臓が大きく鼓動を打った。彼は、マリアへの鎮魂を口にした。


何故、知ってるの?どうして、マリアが既に死んでいるって……?私が、マリアじゃないって……。


私が驚き戸惑っている間に、アイントはマリアへの黙祷を終えて、正面から私に向き合った。


「改めて、迎えが遅れてしまい申し訳なかった。神が招きし異界よりの客人よ。これより、才覚神ディマの信徒であるアイントがセイアス正教大神殿までの旅路、御身の護衛に就かせて戴きます」


いや、何を仰っておられますのか、完全にイミフなのですが……?


「?あの、貴女は主神セイアスの友である〝名無しの女神〟によってその肉体……マリアの遺体を依り代に転生された異界人……で、間違いありませんよね?そう、託宣を賜ったのですが……」


……ん?ひょっとして、あの駄女神様が呼んでくれたってこと?そういえば……最後に何か言ってたような気がする。よく思い出してみよう……。


近くにいる神官に、迎えに行かせるから!


う……そんな風に言ってた気がしてきた。


すると……一応配慮してくれてたんじゃん!ごめんなさい。駄女神言ってごめんなさい。短期で短慮な私が悪う御座いましたぁぁ!


「……大丈夫ですか?とても、思い悩んでいる様子ですが。無理もありませんか……三頭のオークに追い回され、生きていられたのが奇跡。気が触れてしまっても……」


「あ、いえ!確かに凄く怖かったですけど……正気です。正気だからこそ猛省しなければならなくって……それより!」


ミリィナ!あの娘の安否を確かめないと……何処かに隠れて、助けを待っているかもしれない。行かないと!


「生き残っている娘が……私だけ助かって、安心している場合じゃなかったんです!助けて貰ったばかりで頼める立場じゃないけど……お願い、私を!」


オークに襲われた場所まで連れていって。そう、言おうとした。


「マリアおねぇちゃーん!」


聞こえた。マリアを呼ぶ幼い声が。私は声がした方向へと顔を向けた。すると、白と橙色の体毛に覆われた河馬みたいに巨大な齧歯類がノシノシと接近してきていて、その背にミリィナが乗っているのが見えた。


「人を乗せられるゴールデンハムスター……」


私、三里真理愛にとってはショッキングな光景だった。良い意味で。兎も角、私が今心配しなければならない最低限の問題は片付いていたらしい。


そう安心した瞬間、全身から力が抜けて、意識も落ちた。


私の異世界転生一日目は、こうして幕を閉じたのであった。





『聖剣くんと九人姉妹の非凡な日常』の読み手様から「何処がちょっとばかりのリンクだ!」とか失笑される覚悟はしております。相も変わらず趣味だけで進むザンタでしゅみませんでした……。


こちらも一週間程度を目処に更新していきたいと思っています。

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