短編ラブコメ1
「結婚しよう」
花瓶から取ってきた赤い花、それと供に突き出した僕の真っすぐすぎる求婚。
突き出した先に居るのは、銀髪のメイド少女メリー。いくら何でも無茶な求婚だろう。僕の背丈は彼女より頭一個分ほど低い。結婚以前に僕はそんな年でもないのだ。場所は屋敷の廊下。いつ家の者が通るかわかったものじゃない。
我ながら大胆でかつ迷惑な子供だ。メリーも困ったろう。子供とは言え主人ともいえる存在だ。適当には扱えないはずだ。
「お断りします」
が、メリーは眉一つ動かさず、その赤い瞳でしっかりと僕を見て、きっぱりと頭を下げてきた。
「なんでだ」
多分僕はグズっていたんだろう。彼女は屈んで優しく頭を撫でてくれた。
「お坊ちゃまにはまだ少し、早いですね」
「背がちっちゃいからか」
「そうですね。それともっと魅力的になってください」
「よし、わかった。僕が相応しい男になったら、結婚だからな」
「はい、約束です。その時が来たら私から伝えます」
まどろみの中、鼻をくすぐったのは嗅ぎなれない香りだった。瞼を開ければ目に映ったのはベッドの天蓋。
「夢か。やけに古いことを思い出したな……っ」
頭の奥に鈍痛が走る。昨夜、屋敷の舞踏会の酒か。19になって初めて飲んだが、二日酔いとはこういうことか。付き合いだからと飲んでみたが、今一美味しさはわからなかった。
「お坊ちゃま、おはようございます」
「メリーか。おはよう」
横を見ればメリーがポッドの乗ったワゴンを傍らに頭を下げていた。窓から差し込んだ光が、彼女の銀細工のように繊細な髪を光らせている。
夢で見た十三年前と寸分たがわず変わらない美しく整った容姿。その背丈も変わらず、今では頭一つ分私の方が背も高くなっている。そして、銀色の髪から先端がわずかに覗く、尖った耳。
――彼女はエルフ。国がはるか昔に滅んでから、今では数少ない長命種。彼女たちは僕ら人間の十倍ほど生きることもあるらしい。その長い寿命からくる知識、経験をいかして上流階級に雇われたりしている。
僕の場合はメイド兼、家庭教師。幼いころから世話になっていて、家族同然だ。
「いつつ」
「二日酔いですね」
「うん……い、いや! 違う。違うぞ!」
カッコ悪く見えてしまう。上手く誤魔化さねば!
「これはええと、あれだ! 頭を天蓋にぶつけたんだ」
「さっきまで寝ていましたね」
「夜遅くに目が覚めてな!」
「……立ち上がっても届かないと思いますが」
「くっ! あれだ。悪夢を見て、飛び上がってな!」
「飛び上がったんですか?」
「そうだ、飛び上がったんだ。こう、鳥になる夢を見てな!」
両手を左右に伸ばし、バタバタと振って見せる。メリーはそんな僕をただ黙って見ている。我ながら苦しい、苦しいがもう引けないところまで来ている。
数分間、僕は精一杯羽ばたいた。
「わかりました。頭の腫れを見てもらうために、医者を呼びましょう」
「もう大丈夫だ。腫れは引っ込んでいる」
「しかし」
「大丈夫だって言ってる! お願いだから!」
「承知しました」
深呼吸して荒れた息を整える。
我ながら酷い嘘だ。というか、この言い訳いっそ悪化してるような気がしないでもない。
「一応用意させていただいた、ハチミツとジンジャーを溶かした湯です。こちらを飲んでいただけますか。二日酔いに効きます」
「ま、まあ、せっかく用意してくれたのなら念の為に貰っておく」
ティーカップに注がれた、紅茶よりもやや薄い色合い液体。口に含むと、清涼な香りと蜂蜜の甘さがすっと体にしみわたっていくようだ。頭の奥の鈍痛も和らいでいくのがわかる。
「ふう」
「落ち着きましたか」
僕が息を突くのをみて口元を緩める。
メリーは普段あまり表情を崩さないから……多少僕の事を心配してくれていたんだろう。
ちょっと意固地になりすぎたか。
「ありがとう、落ち着いたよ……決して二日酔いではないけど」
「あまり無理はなさらないでください。旦那様もあまりお酒が強い様子ではないので」
「だから二日酔いじゃないからな!」
何を隠そう。僕は未だにメリーのことが好きだ。
昔の約束を信じ、未だに理想の相応しい魅力的な男となるべくできうる限りの努力はしてきた。質実剛健、文武両道。
幼いころからのメリーの授業は勿論寄宿学校に行ってから学業は死ぬ気で取り組んだ。
旅行どころか、食事の時間、寝る時間も惜しんでひたすら勉学に励んで、常に成績一位をとりつづけた。ラグビー、クリケットなんかの運動も勿論とにかく一番をとるまでひたすらに打ち込んだ。
さらに幸いな事に男しかいないおかげで、余計な男女の色恋沙汰にも巻き込まれずに済んだ(男の上級生に襲われかけたことはあるが)
年に数回くる家族の手紙より、さらに稀に届く彼女の手紙だけが、僕の活力の源だった。
そして五年経ち、実家の後を継ぐため返ってきた。十八歳の時、今から約一年前だ。
彼女は五年前と変わらず、冬の白鳥ように美しく、そして栗鼠のように可愛らしかった。
正直自信塗れになっていた僕は、昔の約束の通り、彼女からの告白を待った。
待った。
待ったのだが……気が付けば一年経っていた。
何故だ、おかしい。僕の準備は万端だ。指輪だってもう用意してるし、周りに家族以外の女性は一切近づけていない。女性の知り合いですら、なるべく、浅く、狭くしている。両親に紹介されても全て突っぱねている。
なのに、全く彼女は昔と変わらず静かに穏やかに接してくる。心地いいが、もどかしい。
今日も多少の失敗はあったが、基本的に、いや客観的にみて僕は相応しい魅力的な男になったつもりでいたが……まだなれていないのだろうか。
いっそこちらからいってみるか? いや、でもメリーに断られるとか怖い。ぬおおおおお。
「いきなり頭を抱えてどうなさいました? あ、危ない」
ベッドから零れ落ちそうになったものを、少女の手が素早くキャッチする。
薄い青色の手のひら大の箱。キャッチした時の衝撃で蓋が自然と空いてしまった。
「……指輪ですか」
彼女の瞳と同じ真紅のルビーで彩られた指輪。こっそり両親にも内緒で特注した品だ。しまった、これじゃ告白しようと準備してたのがばれる。男らしくないと思われてしまう。
「ええと、それは……」
「……安心しました」
「え?」
「舞踏会でお嬢様方が誘っても、一回踊って以降は誰とも踊らなかったと聞きまして。女性に興味が無いかと」
お前が居なくなったからだよ! メリー以外に見せてたって意味ないだろ? とは言えずに黙る。
「これを渡すようなお相手がいたんですね。これで私のお役目も終われそうです」
「は?」
「いい機会なので結婚されましたら、お暇を頂きたいと思います」
なんでそうなるんだよおおおおおおお。むしろ離れる方向にいってるんだよおおお!?
「お坊ちゃま、さっき鳥の夢を悪夢と言っていましたね」
「え? あ、ああ、言ったけど」
完全な出まかせだけど。いや、そんな夢の話とかどうでもいいから!
「私、鳥が羨ましいんです。私も鳥になって自由に旅してみたい」
「駄目だ! いや、駄目じゃないけど」
もう俺が男らしくなるのは待ってられないって事か!? くそ、くそおおおお。
しかし、未練たらしくするのはもっとふさわしくないか……諦めよう。
「そ、そんなに嫌だったのか」
「え?」
「確かにメリーから見れば、僕はまだまだ赤ん坊に毛が生えたレベルかもしれない」
「あ、え、いえ、そんな十分、お坊ちゃまは魅力的な男性になられたと思いますよ」
「お世辞はよしてくれ! メリーは男の10や20は知ってるんだろ!?」
「はあ!? ちょ、ちょっと待ってください。そ、そんな私、結婚どころか接吻だって……」
手を右往左往させながら慌てた様子で否定してくる。まるで本当みたいだ。しかし、そんなはずはない。
「嘘だ! だったら僕に告白してきてくれるはずだろ」
「は? お坊ちゃま何をいってるんですか。それはお坊ちゃまがむしろやるべきで」
「え、なんで約束しただろ。メリーから声をかけてくれるって」
「お坊ちゃまが告白してくるっていう……あれ?」
「「…………」」
二人して押し黙る。しかし、そればっかりじゃ話が進まない。とりあえず確認を提案してみる。
「前にした約束あったよね。せーので言おうか……せーの」
「『その時が来たら僕が告白する』」
「『その時が来たら私から伝えます』」
真逆だった。二人して顔を見合わせる。
「……ということは二人でお互いの告白を待っていたってこと?」
「はい。そうなります」
瞬間的にメリーが耳まで真っ赤になった。多分僕の顔も。
「お坊ちゃまが何も言ってくれないしお相手も見つかったから、もう私諦めようかと」
「僕だって何も言ってくれないからもう、駄目かと」
やばい、どうしよう。恥ずかしい。何が何やら恥ずかしい。
「あーーーあーーー、ちょっとまって。今は私、心の準備ができていません!」
「僕だってできていない! どうしよ!?」
「えーとえーと、そうです! 食堂で朝食の準備が整っています。それをまず食べてください」
「ああ、そうだ。それは名案だ! よし、そうしよう」
今がとりあえずどうにかなればいい。あっという間に扉を開けて、部屋を出ていくメリー。
「では私は準備があるので、これで」
「わかった。お疲れ様!」
ふう…………あれ、これってただ先延ばししただけじゃないか?しかもこれって、告白しなきゃだめだよね……え、どっちがするんだ? え、いや、えええええええ。顔が、また、熱い。
――三〇分かかっていった朝食は味どころか何を食べたかすら怪しい朝食になったのだった。