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古い水盤の底に残っていた話4

最終の試しは市民にも公開です。私たちも見に行きました。


B、Cと共に、これが最後だねと言いながら白い衣装を着て、会場へ向かいました。


教師は舞台裏でAに付き添うそうです。Aがそれを懇願したのもあるし。Aを一人にするとなにをしでかすかわからないというのもあるし。


会場までの道すがら、Cがぽつりと言いました。Aを嫌いだから言うんじゃないけど、この旅の間にあなたはぐんぐん上達したから、今ではAの舞とあなたの舞、あまり変わらないと思う、と。


実は内心では私もそう思っていたので、返事ができませんでした。


Cの舞だって、Aと変わらない。


ではなぜ、私たちは落とされ、Aは残されたのか。


Aには「おばさま」がいて、私たちにはいなかった。そういうことなのでしょうか。


ならば、なんと気の滅入ることでしょう。


生まれも育ちも関係なく努力で自分を上に引きあげられる行事で、生まれも育ちも関係なく努力で自分を上に引きあげた人が、それを台無しにしている。


一心に励めば報われるのだと私に信じさせた人が、そんなものはもっと大きな力の前ではなんの意味も持たないのだと示してしまった。


これからどうやって生きよう。何を目指して毎日を過ごせばいいのだろう。こんな、ガッカリなどという言葉ではあらわしきれない気持ちを知った後で。


最終の試しの会場は、普段は剣の試しなどに使われるようなところで、大きな円形の客席がすり鉢の底のような舞台を取り囲む形になっています。


試しに出場した娘たち専用に、舞台が間近い決して悪くない一角が確保されていました。


大きな会場が、あっという間にぎゅうづめになるのに驚きました。それだけ注目されているのです。あとから知ったのですが、そうなる事情が今回の試しにはありました。


会場の全ての人々が席についた頃、会場に音楽が鳴り響きました。


そのとたん、周囲の人々がざっと音を立てるような勢いで立ち上がったのには驚きました。


私もBもCもびっくり仰天、おそるおそる周囲に従って立ち上がりました。


なんと、王族の皆様の入場なのでした。


田舎娘というのはダメですね。こんなことも知らなくて。


客席のいちばん見やすいところ(ずっと後になってから、貴賓席という言い方を知りました)に、続々と、にこやかな人たちが入ってくるところでした。


王族の皆様を目にしたのは初めてです。いるとは知っていたけれど、神話の登場人物のように遠い方々でした。


おかしな話です。考えてみたら私はこの方々にお仕えする資格を得るために努力を続けていたはずなのに。


王陛下、王妃殿下、皇太子殿下、王子様、皇女様がた……そのほか、王弟陛下や、皇太后殿下など、その頃には名称さえ定かではなかった皆様方が次々に会場に入っておいでになりました。


皆様は……なんというか、「光が射しているような人たち」でした。


華やかというのでもなく。偉そうというのでもなく。


にこやかに会場の彼方此方に向けて手を振っている姿を見ていると、自分と同じくらいの人間であることが信じられないように思えるのでした。


殿方であってさえ、私よりも二倍ほども大きくはありますまい。間近に立てば私とほぼ同じくらいの大きさであるはずです。それが信じられない。もっと大きいはずと思える。


不遜な言い方になりますが、「この人たち、好き!」と思いました。


その印象は今も変わっていません。


大好きだし、少しでもお役に立ちたいと思っています。


そう思える方々が上に立っている国であることを誇りに思います。




さて。


王陛下のお言葉だの、神への祈りだの、諸々の儀式のあとに、とうとう最終の試しに残された出場者が舞台の上に入場してきました。


どよめきが起こりました。


なぜなのかは、すぐにわかりました。


その姿を表すだけで観客席をどよめかせる出場者。仮に艶麗嬢と呼びましょうか。


彼女の美しさは、かなり初めのうちから評判でした。出場者だけでなく、宿への道すがらに市民の間でも噂されているのを耳にするほどです。


本当に、「世の中にこれほど美しい女性がいるものなのか」と思うほど美しいのです。



あともうひとり、目を引く娘さんがいました。


彼女を仮に優美嬢と呼びましょう。私は、いくつか前の試しで彼女の近くになってしまい、自分の舞そっちのけで彼女に見入ってしまいそうになり、そちらを見ないようにしよう! と頑張ったけれども、どうしても目がいってしまい、困りました。


周囲と同じ動きをしているのに、そこだけ二倍三倍の時が流れているようでした。動きと動きをつなぐ動きすら美しいというか。


真似してみようと試みましたが、何をどうすればそうなるのか、まるでわかりませんでした。


まだ舞ってもいなくて、立ち位置へと動くその動作だけで、「だだものじゃない」みたいな空気を醸し出していました。


今回の試しは久しぶりだったので、最終に残された人数もいつもより多めなのだそうです。といっても十五名とかそんなものですが。


全員が並んだ時……声には出さなかったけれど、「あっちゃー」と思いました。


…… 明らかにAひとりが場違いでした。


これまでAのことを「性格は極悪だけれど、顔はそこそこ可愛い」と思っていたはず。


なのに、今あの場所にいる娘さんたちの中に置くと、びっくりするくらい見劣りがする。


もちろん、同じ舞台の上、艶麗嬢や優美嬢がいる。他にも「どこがどうとは言えないけれど、どこかきらりと光る」みたいな娘さんもいる。


でも舞台の上にいたのはそんな娘さんだけではないです。


さぞかし甘やかされ、お金をかけて育てられたんだろうなと一目でわかる小綺麗な娘さんの方が多かった。つまりAと同類。


けれどもAよりずっと……洗練されていました。あの頃は、そんな言葉は知らなかったけれど。


おそらくあの子たちは、王都の裕福な商人の娘だったのでしょう。


あの中に置くと、Aはいかにも田舎娘。


見ているこっちの方がいたたまれなくなるほど、違う。


音楽が始まり、動き始めると、ふたたび客席がどよめきました。


優美嬢ひとりが違うことを始めたからです。いえ、振り付けは同じです。ただ、違うように見えるのです。腕や胴のしなりであるとか。音の取り方であるとか。動きと動きの間の静止する姿であるとか。


誰よりも上手いと思っていた優美嬢。彼女の実力は、こんなものではなかったのです。彼女はずっと牙を隠していたのです。そして、どういうわけなのかわからないけれど、最終の試しの場で、いきなり剥き出しにしたのでした。


客席の視線は、もう優美嬢ひとりに釘付けです。艶麗嬢であってさえ、霞んで目に入らなくなってしまうなんて。


その他の出場者が本当に気の毒になりました。誰も見ていませんから。


曲が半を過ぎた頃でしょうか。


いきなり、音が止まりました。


無音になった舞台の上で、出場者たちは戸惑い顔で立ち尽くしていました。


そんな中、優美嬢だけがまるでそうなることをわかっていたかのように、舞台の上を数歩、進みでました。


そして流れるような仕草で、客席にお辞儀をしたのです。


喝采が、起きました。


それから優美嬢は、流れるような動きで舞台袖に引っ込んでしまいました。ざわめく客席をよそに。


それきり戻ってきませんでした。


後になってから、優美嬢がここで棄権したと街の噂で聞きました。


しばらくして、再び音楽が始まりました。初めから。


舞台の上の娘さんたちが、それぞれに気を取り直し、動き出しました。


優美嬢がいなくなったことで、客席の視線はようやくそれ以外の娘さんにも向けられるようになりました。


予の試しのうちから「なんかあの人は目を引く」と腹の底がチリッとする思いをした人が、何人かいます。


そういう娘さんは、もう優美嬢の謎の行動など頭になく、すでに自分の舞に集中しているように見えました。


こういう、予想外の出来事が起こった時、何がどうなっているのかわからなくても、「とにかく今は、やろう」と切り替える人と。「何よ。どうなってるのよ。どうすればいいのよ」といつまでも舞台袖だの楽人だのを落ち着きなく眺めている人と。まあ、Aですが。


もしも自分があそこに立っていたらと思うとぞうっとしました。舞台に立つとはおそろしいことです。内面が露わになってしまいます。客席から眺めているだけだからこそ、わかります。


舞が終わった時のことです。


実は貴賓席に、「王族の皆さんとはちょっと違う格好をしているけれども偉そうな若い男の人」がいました。


気づいてましたが、誰が誰かはよくわからないのは他の方々も一緒だったので、あまり気にしていませんでした。


その人が何かを言って(よく聞こえなかった)舞台の上に戸惑ったような気配が走りました。


じきにその言葉が素早く私たちの間にも伝わりました。


あの人は、皇太子殿下の友人であるところの、隣の大きな帝国の皇子。まだ若いけれど、まもなく皇帝の地位に就かれるとのことです。


そして有名な恋物語のヒロインの、有名なセリフを所望したのだそうです。


同じ言葉であるはずなのに、艶麗嬢が口にするとそれは「私に愛したいならひれ伏しなさい」と言外に仄めかしているかのようでした。彼女ほどの者に愛を乞うならば、それは全面的な屈服に等しいのかもしれません。


艶麗嬢ほどの他を圧倒するような美しさではないものの、この子と話すとホッとするのだろうなと思わせるような感じのいい美人がいました。


私は予の試しの時、ほんの少しだけ関わりました。前にいたこの子が、ちょっとしたものを落としたのを見つけ、拾って、追いかけて、届けてあげたというそれだけだけれど。驚かれ、お礼を言われました。向かい合うと、なぜか心が和む子っているでしょう。全方位に心地よい空気を放つような子。最終に残ったのだと知って、嬉しかった。


彼女を仮に初々嬢と呼びましょう。


芝居のセリフなど口にしたことがないのか、つっかえつっかえ、首まで紅潮させながら読み上げました。その初々しい姿は、殿方でなくとも目にするものの心をきゅうっとつかむ可憐さがありました。


最終の試しともなれば、舞台の上にいるのは息を吸うように身を飾るお嬢さんたちです。

でもその中で、どう見ても質素というか地味というか、「最終の試しだからちょっと頑張ったけど、まあこんなもんでいいでしょう」みたいな風体のお嬢さんがいました。


ただ、なぜか目が離せないんですよね。「強い意志」とでもいうのか。


この人、ものすごく頭がいいんだろうなあという気配は伝わってきます。びしばしと。


彼女を仮に素朴嬢と呼びましょう。彼女のセリフは「言えと言われたから言いました」というような、そっけない棒読みでした。


あと、身を飾らないということでは素朴嬢と双璧をなす娘さんがいました。見るからに鍛え上げられた、引き締まった体。ぴっ、ぴっと小気味よく空気を切り裂いていく彼女の舞は、むしろ剣舞を見せられているかのようでした。


彼女を仮に凛々嬢と呼びましょう。愛を請う甘いセリフであるはずなのに、なぜか「共に戦おう」と宣言されているような心持ちになりました。


Aですか? まあそれなりに感情を込めて、まあそれなりにできましたって感じでしたけど……うーん、なんなんでしょうね。


上手い下手というなら素朴嬢や初々嬢の方がAより下手だし不自然なんですけど。


もっと下手だったりしたほうが、むしろ良かった。


素朴嬢や初々嬢にある何かが、Aにはない。


はっきりくっきりと、ない。


華?


格?


こういうのを器の違いというのでしょうか。


なんでこの子、ここにいるの?


客席から眺めていると、びっくりするくらいわかるのでした。


「あの子は王宮に親戚がいるんですって。自慢してたわ」


なんて会話が後ろのほうから聞こえて、私たちは揃って頭を押さえました。


なんだってそんなこと、見ず知らずの人に教えたりするんでしょう。


Aのことは嫌いです。けれど、なんであんな子が、みたいな囁きの対象にされているのを、いい気味だと笑う気にもなれませんでした。


私はB、Cと、いたたまれない思いで目配せを交わしあいました。


舞台の上の本人が、顔を上気させて得意満面、まるでわかっていないふうだったのが、救いだったかもしれません。


ここまで残れたのは、やはり女官長の横車ゆえなのでしょうか。


でも、かえってAのためにならないんじゃ。これじゃ恥をかいただけ。せめて前回の試しあたりで落ちていたらよかったのに。残されてしまったために。


だけども。


もしかしたら女官長の意図したことは、これなのでしょうか。


Aの申し出は断れない。ならば、どこからどう見てもその器量のないものを最終に残し、恥をかかせてやろうと。


そういう復讐だったのでしょうか。


わかりません。


けれど、その後、最終の試しに残ったのにも関わらず、Aのところに奉公の申し出はなかったのでした。ただの一つも。


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