2章④
「貴方、お名前は?」
「美羽!」
「美羽ちゃんか。小学何年生?」
少し後ろを歩きながら、俺は二人の会話を聞いている。
どうやら家の正確な場所は分からないが、ある程度の目星はついているという。
「多分、この公園の近くのはずなんだけど……」
歩くこと数分、俺たちは大きい公園に到着した。普段ならば美羽ちゃんと同年代の子が遊んでいるのだろうが、時間が時間のため誰もいない。
「美羽ちゃん。この公園に見覚えあるかな?」
「うん! いつも遊んでるよ!」
「それじゃあ、ここからの帰り道は分かる?」
「…………わかんない」
泣きそうになりながら首をふる美羽ちゃん。そう呪いは甘くないということか。
「わ、わ、泣かないで。この近くを探してみましょ? ね?」
「……うん」
それから公園を中心に周囲を歩き回ってみたが、美羽ちゃんの家は見つからない。
「……もしかして場所が違ってるかも」
「そんなことないよ! そんな……こと」
兒井獅の発言に強く反論できない美羽ちゃん。呪いのせいで、美羽ちゃん自身も自分の情報が合っているのか分からくなっているのだろう。
……このままでは八方塞がり。時間が過ぎていく一方だ。
今は大体十八時前。そろそろ美羽ちゃんの親が心配する時間だろう。
……しょうがない、ここまで付き合ったんだ。とことんやってやるよ。
俺は新たな手がかりを見つけるため、髪をかき上げ耳を出す。
(……あーあ。明日のテストやだなぁ)
(……使えない新人ばかりで嫌になる。いっそのこと、いなくなって欲しいものだ)
(……あの政治家め、汚職しやがった。俺たちの税金をなんだと思ってんだ)
「…………っ!」
聞くに堪えない騒音が、鼓膜を激しく刺激する。
……聞こえないか。ならもっと範囲を!
「藍駆⁉ あんた何してんの⁉」
兒井獅と美羽ちゃんの心配そうな顔を尻目に、俺は負の声が聞こえる範囲を拡大させていく。
(料理に文句ばっこの後バイ急に夕飯要らな宿題学校に忘ゲームを捨てやが)
大量の負の声を聞き続け、頭の中がグチャグチャに壊れそうだ。
だが騒音から必死に聞き分け見つけた……美羽ちゃんを心配する声。
(……美羽、遅いわね。もう! 五時になったら公園によらずに真っ直ぐお家に帰ってきないっていつも言ってるのに!)
…………よし、聞こえた。ここからの方角と距離は……
「二人とも、こっちだ」
俺たちは負の声の発信源を頼りに、美羽ちゃんの家へと向かう。
「……っ」
負の声を聞き過ぎたせいで頭痛が酷い。真っ直ぐに立てないぞ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
声をかけるのも怖いだろうに、俺を心配してくれる美羽ちゃん。
「大丈夫。そら、家までもうすぐだ」
迷路のような住宅街を迷いながらも少しずつ目的地に近づいていき……
「あ…………あった!」
遂に、俺たちは美羽ちゃんの家を見つけることに成功した。
「……疲れた」
俺は立っているのも辛いと、地面にへたりつく。かなりの距離を歩いたから足は痛いし、まだ頭痛も収まらない。
……何時ぶりだろうな、こんなに努力したのは。
「見つかったよ!」
「良かったね、美羽ちゃん」
先程までの不安な顔を一変させ、満面の笑みを浮かべる美羽ちゃん。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
「それから……」
ん? 美羽ちゃんが俺の裾を掴んで…………?
「お兄ちゃんも、ありがとう!」
屈託のない笑顔でお礼を言い、家へと駆けていく美羽ちゃん。
「……っ!」
「じゃあね!」
家に入る瞬間まで手を振る美羽ちゃん……既に黒い靄のようなものは無くなっていた。
「んー! これにて一件落着! 頑張った私!」
体を伸ばし、達成感に満ち溢れた笑顔をする兒井獅。
「そうだ、あんたどうやって美羽ちゃんの家を見つけたの?」
「負の声が聞こえる範囲を拡大させたんだよ。美羽ちゃんを心配するお母さんの声が聞こえる範囲までな」
「……無茶しすぎ」
「しょうがないだろ。これしか方法が思いつかなかったんだ」
他に方法がないとは思わないが、これが一番手っ取り早かったわけだし。
「何にしてもお手柄ね! で、どうだった? ハッピーエンドカンパニー、最初のお仕事は?」
自信満々に、最高でしょ? と言わんばかりの顔で問うてくる兒井獅。
……今も頭痛が酷いし、明日は筋肉痛確定だろう。
だがまあ、あの笑顔を見れたと思えば……
「…………悪くは無かった」
魔術師になるための努力を、少しは頑張ってみるかと思うくらいには、な。
「でしょー!」
ふふんと、更に顔に自信を張り付ける兒井獅……今ぐらいは野暮なことは言わないでおくか。
「さ、帰るわよ。戻ったらさっきの勉強の続きやるから」
「…………勘弁してくれ」
他愛のない会話をしながら会社に帰る。
会社に帰る途中、ウザいくらい調子に乗る兒井獅以外は……悪くない一日だったと思う。
「お帰りなさい幸ちゃん♪ さ、こっちにいらっしゃい♪」
「…………おお、メシアよ」
前言撤回。今日はとても充実した、素晴らしい一日だった。