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2章①

 ……寒い。ただただ寒い。

 凍えるような寒さに眼を覚ますと、投影機と自分の座る椅子だけが存在する部屋にいた。

 この空間に充満する無機質的な寒さは、俺の全てを否定するような拒絶感を放っている。

 ……ああ、またか。随分と見てなかったのに。

 思い出したくもない懐かしさと、これから起こることに嫌気を感じながら、俺は投影機から垂れ流される映像を見ていた。

「お前キモイんだよ! 人の秘密をベラベラ喋るんじゃねぇ!」

 ……自分の特異さを理解していないせいで人を傷つけてきた幼少時代。

「あの子に近づくんじゃありません!」

 ……親戚からも忌み嫌われ、会ったこともほとんどない。

(……あの子なんか、生まれてこなければ良かったのに)

 ある日聞こえた、両親の心の声。俺に見せている顔は全て嘘なのだと知らしめた呪いの声。

 その日から……いや、もっと前から気付いていた。俺は人に関わってはいけない存在だと。

 だから高校に入ってからは一人暮らしも始め、息を殺し、影を薄くし、孤独に生きてきた。

 やっと映像の再生が終わったと思えば…………部屋中から聞こえてくる冷たい言葉。

「お前は一人だ」

「お前は孤独だ」

「「孤独だ孤独だ孤独だ孤独だ」」

「やめろ………………やめてくれぇ‼」

 俺の叫びを無視し、それどころかその様子を楽しむかのように響く、俺を否定する言葉は、目が覚めるまで永遠と続いた。

「…………っ!」

 悪夢から目覚め、飛び起きる。

 時計を確認するといつもより早かったので、それならばと汗でビショビショになっていた全身を流すことにした。

「……久しぶりに見たな」

 温めのシャワーで、汗と今なお脳裏に焼き付く否定の言葉を洗い流しながら、他人ごとのように今日の悪夢を思い出す。

 前に見たのはいつだったか……そうだ。高校に入学してすぐ、同級生たちと談笑した時だ。

 ……少し他人と親しく話しただけでこれだ。人の汚い部分を見せるだけじゃ飽き足らず、自身の汚さも突きつけてくる。

 この呪いは…………俺が人と関わることすら許してくれない。

 シャワーを浴び終えると朝食を食べ、制服に着替えて家を出る。

 ピロリン♪

 普段鳴るはずのない携帯から音が鳴る。メールの送信者は……兒井獅幸。

 ……そういえば昨日強引に連絡先を交換させられたな。

「今日からこき使ってやるから覚悟なさい(。-`ω-)」

 よく分からない顔文字と端的な内容の文は、随分とあのチビらしい。

「……悪いな」

 だが、俺は返信することなく携帯をしまい学校へと向かう。

 俺はもうお前と……人と関わるつもりはない。

(……課題なんか出しやがって。武本やつ死んじまえ)

(……久美子のやつ、私の男にちょっかいかけるなんて生意気)

(……先輩がケガしてくんねぇかな。そうすればレギュラーになれるのに)

 登校中、授業中、昼休みに至る全ての場面で聞こえる同級生の負の声を必死に聞き逃し、学校と言うルーチンワークを消化する。

 …………人が多く、密接に集まる学校という空間は大音量の負の声ばかり聞こえるため、俺にとって牢獄に近い。

 だからといって高校に通うことは一人暮らしの条件のため休むことも出来ないため、少しでも気を紛らわせるためにイヤホンをして音楽を聞き、出来る限り髪で耳を隠し、聞こえないよう努力する。

 そうやって必死に耐えると、遂に放課後がやってくる。すぐに帰り支度を済ませ、誰とも話すことなく一目散に学校を後にする。

 ……この後会社に来るよう兒井獅に言われているが、俺はそんなつもりは毛頭ない。

 幸い、あいつには名前しか教えてないから俺の居場所がすぐに特定されることは……

「遅い。私を待たせるなんて何様のつもり?」

「…………は?」

 校門の前には、見知ったチンチクリンが、仁王立ちで堂々と待ち構えていた。

「おま、なんでここにいる⁉」

 俺は自分の名前と、呪いについての情報しか教えていないはずなのに!

「あんたのことだから逃げるだろうって考えて、事前に陽子に調べさせたのよ……ちなみにあんたの家の住所も、家族構成も、銀行の口座番号も分かってるから」

 …………株式会社ゲツヤは、どれだけの力を持っているんだ⁉

「ニガサ、ナイ、ワヨ?」

 怨念の籠った目で俺を睨みつける兒井獅……俺はつくづく昨日の選択を誤ったらしい。

(……あの根暗そうな奴、なにいちゃついてるんだよ)

(……ロリコンなんて最低)

 校門という目立つ場所で口論をしているせいで、人の視線と負の声が次々と刺さる……これ以上は、明日以降の生活にも影響するな。

「分かった……行くよ」

「ふん、当然」

 俺のやる気のない返事に不満を持ちながらも、さも当然のように俺の手を握り移動を始める兒井獅。って、おい!

「なんで手を繋ぐ必要があるんだよ、離せ!」

「離したらあんた逃げるでしょ? その手には乗らないから!」

 俺の態度に警戒心を強くしたのか、更にきつく俺の手を握る兒井獅。いや、だから!

(……見せつけやがって)

(……生意気だな、あいつ)

(……あんな奴のどこがいいんだか)

 増していく嫉妬の声……このチンチクリン、容姿だけは(世間的に見れば)可愛い部類に入るからな。それが余計に周りの嫉妬を集めていく。

 結局、俺は嫉妬の声を全身に浴びながら、会社へと連行されるのだった。


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