1章③
「喜貴昴だ。この事務所の武力顧問をやっている」
ライオンのたてがみのような短髪と、引き締まった肉体の野性的な女性。これまた服装も解放的で、ノースリーブのシャツとホットパンツ。
そして女性とは思えないくらいどっしりと足を組む。そのせいでホットパンツの隙間からパンツが見え……いや、注意してもこの人には無駄か。
「改めて、三孤藍駆です。よろしくお願いします」
「これでうちの社員は全員紹介したわね」
「え、これで全員なのか?」
「魔術事態が秘匿な存在ですし、魔術組織自体も、魔術協会の一強です」
「うちも陽子の支援がなかったらとっくに潰れているもの」
嘆息しながら語る兒井獅。どうやら世知辛い業界のようだ。
「で? 話を聞いてないから分からないんだが、なんでそこの兄ちゃんを連れてきたんだ?」
本題に入る喜貴さん。俺もこんな変人の溜まり場から早く出て行きたいのでありがたい。
「藍駆の呪いが強くてね……会社の設備と、二人の力を借りたくって」
「どれどれ?」「ちょっと見せてくださいね」
兒井獅の話を聞くや否や、俺を様々な角度から凝視する鈅谷さんと喜貴さん。
「幸ちゃん、少しいじっても大丈夫ですか?」
「問題なし。悪化したり、瘴気が噴き出ることはないから好きにして」
「では遠慮なく」
「二人とも、なに不気味な話を…………んが⁉」
突然顔を腕で掴まれたかと思えば、鈅谷さんと近距離で見つめ合う。
「……っ! ……⁉」
「じっとしててください、すぐに済みますから……術式展開」
鈅谷さんの眼に、兒井獅の時と同じような魔法陣が映し出される。
「……かなり特殊な魔術防壁が掛かっていますね。うちの設備で解呪できるかどうか」
診察が終わり鈅谷さんが離れる……凄くいい匂いがした。
「時間をかければ出来ると思ったんだけど」
「呪いの力を弱めるだけでもかなりの時間が必要ですね。呪いの核となっている部分の魔術防壁は、それこそ協会にあるような機材を使わないとどれだけ時間がかかるか」
「面倒くさそうだなー。この兄ちゃんを斬って、呪いを取り除いて、くっつけるのが一番早いだろ」
え、そんな外科手術みたいなことされるの俺⁉
「却下。いくら瘴気が少なくても特殊な呪いなんだから、どうなるか分からないでしょ」
……おかしいな。俺の心配がされていないような。
「とにかく。私たちの手に負えるものではないようですし、協会に連れていくことが最善の選択でしょう」
完全に蚊帳の外で事情は分からないが、俺はこのままどこかに連れて行かれるのか?
「そんなのダメ! 協会になんか連れて行けるわけない!」
鈅谷さんの提案に強く反発する兒井獅……なんでそんなに怒っているんだ?
「……幸ちゃん。幸ちゃんが思っているほど協会は非道ではないわ。三孤くんの呪いなら、問題なく解呪してくれるはずだから」
「でも!」
そのまま口論に発展する二人。まあ、鈅谷さんが兒井獅をなだめているだけなんだが。
…………話についていけないが、治せないというのなら、ここにいる必要はないな。
「あの、治せないようなら俺はもう帰え……」
「それならよー。この兄ちゃんをここで雇えばいいんじゃないか?」
「…………えっ⁉」
俺が……この会社で働く⁉
「今日明日で悪化するような呪いじゃないんだろ? それなら時間をかけて解呪しても問題ないんじゃないか?」
問題大ありだ! そうなったら今後もここに来ることになるじゃないか!
「いや、俺は……」「それだ!」
俺の声を喰うように喋る兒井獅……そして、見えた邪悪な笑み。
こいつ……わざと邪魔を!
「このまま協会に連れて行くより、ここに置いていたほうが何倍もいい! それに研修ってことにすれば格安の労働力が手に入るし! ね、良い提案でしょ陽子?」
最低なことを、満面の笑顔で鈅谷さんに提案する兒井獅。
…………流石にそんなことで納得するほど鈅谷さんは常識足らずじゃ
「格安……人件費削減、インターンシップ、ボランティア」
あれ、乗り気⁉ 鈅谷さんってお金のことになると案外抜ける⁉
……不味い。このままだとここに来るだけじゃなくタダ働きまでさせられてしまう。
こうなったら…………嫌われるしかない!
俺は髪をかき上げ、耳をむき出しにする。
(……株で失敗してしまいました。幸ちゃんと昴ちゃんのお菓子代を削らないと)
「鈅谷さん、株で失敗して二人のお菓子代を減らそうとしてますね?」
「…………⁉」
(……欲しかった筋トレグッズ、給料だけじゃ足りなかったから会社の金庫から少し掠めちまった……まあ、使った分は戻しといたけど)
「喜貴さん、筋トレグッズのために会社の金庫からお金を取りましたね? 使った分は戻したようですけど」
「なっ⁉」
(……英語のテストで赤点取っちゃった。陽子にバレたら絶対怒られる)
「兒井獅。お前テストで赤点取っただろ。科目は英語」
「…………⁉」
どうだ。これで、俺を雇うなんて言う話はおじゃんに
「「「採用ね(ですね)(だな)」」」
「なんで⁉」
嫌われるような行動をしたはずのに!
「人の心の声が聞こえるなら、幸ちゃんのお手伝いが出来そうですし」
く! そんな風に捉えられてしまったか!
「人の秘密をベラベラ喋る性根が気に入らん。ここでしっかりと更生させてやる」
やばい、逆鱗に触れちまった! 後ろに鬼の姿が見える!
「藍駆…………殺す」
ここにもキレてる子鬼が!
「お前、そこまで怒っているなら不採用って言えよ!」
「そんなことして逃がすわけないでしょ! こうなったら、あんたをボロぞうきんのように酷使……」
「する前に幸ちゃんはこっちに来なさい♪」
「いやぁー!」
ふ、いい気味
「あと藍駆君も♪」
「ひっ⁉」
…………どうやら俺の行動は全て裏目に出てしまったらしい。鬼に子鬼に……閻魔大王まで怒らせてしまった。
明日からの日々に不安を持ちながら、鈅谷さんを二度と怒らせないようにしようと誓った。