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1章①

「私はそんなこと望んでない! 今すぐ取り消さないと殴るわよ!」

(…………なんなのよこいつ! まさか、ストーカー⁉)

 俺を揺さぶり脅迫する少女。

 強がってはいるが顔にも心にも余裕がなく、焦りがありありと見てとれる。

「図星を突かれたかといって当たるな。俺の言葉を認めることになるぞ」

「ぐぅ……屁理屈を言って!」

 俺の言葉を認める気がない目の前の少女…………頑固な奴だ。

「それに小学生が人をからかって遊ぶもんじゃない。ほら、暗くなる前にお家に帰りな」

「誰が小学生よ! 私はれっきとした高校生!」

「……お嬢ちゃん。いくら背伸びをしたいからって、高校生は背伸びしすぎだぞ?」

 中学生と言われても怪しいのに、そこから一段飛び越すのは微笑ましさを超えて白々しい。

「信じなさいよ! ほら! ほらほら!」

 顔を真っ赤にしながら、顔写真付きの学生証を見せてくる少女。

(…………嘘なんて付いてないのに。この男ムカつく!)

 どうやら本当に高校生らしいが、真っ赤になって否定している姿はどれほど見積もったとしても思春期真っ盛りの中学生にしか見えない。

「すまん、悪かった。どうやら俺の見る目がなかったらしい」

 だが間違ったのは事実。ここは素直に非を認めよう。

「ふん、全くよ!」

「ああ、君は何処からどう見ても高校生だ。覚えておくよ……それじゃ」

 誠心誠意の謝罪をし、そのままこの場を去ろうとする。

「逃がすわけないでしょ!」

 だが少女はすぐさま追い付き、またも行く手を阻む。

 ……チッ! 馬鹿っぽいからやり過ごせると思ったのに。

「ドブのような目の濁りに、私を避けるような行動……あんた、やっぱりストーカーでしょ!」

 この女……言うに事欠いて、人をロリコン扱いしやがった!

「ストーカーじゃない! それどころかお前とは初対面だろうが!」

「ならなんで逃げるわけ⁉」

 …………人と関わりたくないからだよ。

 だがそんなことを正直に話しても、目の前の少女は馬鹿にした顔で見下してくるだろう。

「…………物心ついたときから、人の負の感情が聞こえるからだよ」

 だから信じられないような話をする。これで気味悪がっていなくなるだろう。

「人の負の声が聞こえる……それがあんたの呪いか」

 しかし目の前のお子ちゃまの顔つきが、馬鹿にするどころか真剣なものへと変わる。

 ……今までこの話をしても、馬鹿にされるか気味悪がって距離を置かれるかのどちらかだったというのに、少女は真摯に俺の話を受け止めてくれた。

「呪いだか知らないがそういうことだ。もういいか? 早く俺の前から消えてくれ」

 だがこの少女は偶然そうであったというだけで、どうせ今までの奴らと本質は変わらない。

 もう関わってくるなという思いを込めて、突き放すように拒絶する。

「そういう訳にはいかないわ!」

 しかし再び去ろうとする俺を止め、今まで以上に張り切りだす少女。

「ハッピーエンドカンパニー社長の兒井獅(こいし) (さき)として、目の前の呪いを見過ごさない!」

 そのまま自信満々な態度で自己紹介を始めた少女。もとい兒井獅。

 …………ほら、また「助けて」と叫んでる。

「兒井獅……とか言ったな。そのハッピーエンドカンパニーとかいう、頭がお花畑な会社は一体何なんだ?」

 押してダメなら引いてみろ。

 このチビを適当に満足させて、その隙に立ち去るとしよう。

「なんで私の名前と会社名を知ってるのよ!」

「お前が自分で言ったんだろうが!」

 こいつとの会話は、ごりごり精神力を削られる。それとも、久しぶりに他人とまともな会話をしたからか? 

 ……いやそんなことはないか。少ない経験上だが、こいつほど会話で疲れたことはない。

「いいから質問に答えろ」

 いい加減イライラしてきた俺は、少し怒気を含めて質問する。

「……しょうがないな。ハッピーエンドカンパニーっていうのは、貴方のように呪いに苦しんでいる人を解呪して、笑顔にする会社のことよ」

 ドヤ顔で説明する兒井獅。説明からして胡散臭いことこの上ない。

 だが呪いを解呪する、か。

「……本当にこの声が聞こえなくなるのか?」

 今まで病院はもちろん、修道院に寺院。この摩訶不思議な症状を直してくれそうな場所全てに赴いたが、そのどれもが直すどころか気味がるだけだった。

 しかし目の前の少女は、俺の症状を「呪い」と断定しただけでなく解呪するとも言った。そんなこと、今まで一度もない。

「勿論よ! さ、早くしゃがみなさい!」

 強引に俺をしゃがませる兒井獅。

 …………何をするのか分からないが、治せるというなら好きにやらせてみよう。

「あ、そういえばあんたの名前は?」

「……三孤藍駆だ」

「藍駆ね、分かった」

 ポシェットから羽ペンを取り出し、紙に何かを書いていく兒井獅。せめて座れるような場所に移動してからやって欲しいんだが……。

「それじゃ始めるから。術式……展開」

「……⁉」

 そんな俺の願いとは裏腹に、兒井獅は手元に魔法陣のようなものを出現させた。

「お、おい! その魔法陣みたいなもの、人に見られたら不味いんじゃないか⁉」

 いくらこの道の人通りが少ないとはいえ、ない訳ではないんだぞ!

「……術式が見えてるの? 呪いを持ってても、そう簡単には見えないのに」

 その言葉を聞き、改めて周囲を観察する。

(……道路にしゃがみ込むなんて、馬鹿なことやっているな)

(……歩行の邪魔になるとは考えないのかしら)

 確かに俺が道端でしゃがんでいることに奇怪な目を向いているが、兒井獅の手には全く注目していない。

「あなた、もう魔術師の素質を満たしてるんだ」

「…………そりゃどうも」

 そんな才能を持っていても、嬉しくもなんともないがな。

 それにしても「呪い」に続いて「魔術師」か。これなら本当に聞こえなくなるかもしれない。

「それじゃ次、何でもいいからこの呪いについての情報を話して。それが解呪の手がかりになるから」

「……物心ついた時から聞こえていたから、発症したのは十年以上前。負の声が自然と聞こえる範囲は半径五メートルくらいだが、意識すればもっと伸びる。俺に向けた声や、本人が辛いと思っている内容ほど大きく聞こえるな」

「ふむふむ…………その声は、範囲にいる人全員から聞こえてくる?」

 魔法陣に文字を書き足しながら、質問を繰り返す兒井獅。恐らく、俺からの情報を元に魔法陣を加工しているのだろう。

「昔はそうだったが、最近はちょっとしたの負の声なら聞こえない」

「どうして?」

「耳を髪で隠すようになってからだな。けど、イヤホンやヘッドホンなんかで耳を塞いでも効果はなかった」

「……なるほど」

 それきり話を止め、魔法陣に文字を書いていく兒井獅。その真剣そうな顔は先程までの子供っぽい顔とは打って変わり、仕事に誇りを持つ者の顔だった。

「よし! これで完成!」

 それから数分ほどで完成した魔法陣。

 大きさが一回り大きくなっているだけでなく、圧倒されるような力強さを感じる。

「少し痛いかもしれないけど、我慢すること」

 その魔法陣を…………俺の顔に押し当てる。

「痛っ……たぁー⁉」

 顔面に電気が駆け巡るような痛みが走り、激痛に耐えきれず大声を上げてしまう。

「おまっ! 何が少しだ! めちゃくちゃ痛てぇじゃねーか!」

「しょうがないでしょう⁉ 呪いに掛かった期間が長ければ長いほど、痛みが増すんだから!」

「そうは言ってもこの痛みは……がぁぁあ!」

 段階的に増していく激痛。あまりの痛みに、抗議する余力すら無くなっていく。

 ……これで声が聞こえなくなるなら。

 その思いを胸に、ひたすらに痛みに耐え続けること数分。ようやく痛みが引いてきた。

(……こいつ、泣き言ばっかりで弱っちいことこの上ないわ)

 …………ん?

「兒井獅」

「…………何?」

 先程とは打って変わり、気まずそうに眼を逸らす兒井獅。

「解呪。成功したんだよな?」

「と、当然でしょ」

「……ならなんで眼を逸らす?」

「か、解呪が終わった後の数分間は、眼を合わせちゃいけない決まりがあるの」

(……解呪出来てないなんて、言えるわけないでしょ。馬鹿じゃないの)

「…………声、聞こえるんだが」

「やっぱり一度だけじゃ解呪しきれないか」

「おい」

 俺が我慢した痛み無駄じゃねえか。

「貴方の呪い、手持ちの道具だけじゃ到底無理ね……というわけでついて来なさい!」

「断る」

「即答しないでよ!」

 どこに、とか。何で、などは関係ない。

 俺は、これ以上、こいつに、関わりたくない!

「どうしてもって言うなら、俺を担いででも連れて行くんだな」

 小馬鹿にするように兒井獅を挑発する。

 このチビにそんな芸当、到底出来るわけないだろう。

「その発言、後悔しなさい!」

「って、は⁉」

 ひょい、と軽々俺を持ち上げる兒井獅。

「どんだけ馬鹿力なんだよ!」

「魔術師ならこれくらい訳ないわ。とにかく行くわよ……ハッピーエンドカンパニーに!」

 俺を担いでいるとは思えない速さで走り始める兒井獅。今までいた路地をあっという間に走り抜け、駅へと向かう大通りも変わらぬ速度で走っていく。

「おい! 目立つだろうが、下せ!」

 ただでさえ俺に対しての負の声は大きく聞こえるってのに、これだけの人数の負の声全部を一気に聞いたら頭がおかしくなっちまう!

「認識疎外の術式を使ってるから問題ないわよ。それと、さっきからギャーギャーうるさい。黙って魔術師の力を信じなさいよ」

 …………その素晴らしい魔術師の力で、俺の呪いを解呪できたか?

 まぁ、今そんなことを言っても口論になるだけだから言わないでおくが。

 人の視線も、俺に向けての負の声も聞こえないから、見えていないのは本当のようだし。


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