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1.のじゃロリだからだろ

「…………知ってる天井だ」


 目を覚まして目に入って来たのは幼い頃から見知った天井だった。

 それを見てくだらないことを言ってから体を起こし、暫しぼんやりとする。

 のろのろと枕元に投げていたスマートフォンに手を伸ばし、日付と時間を確認する。

 八月一日、今は夏休み真っ只中だ。


 今からどうしようかと寝惚けたままの頭で考えていると、部屋の扉が勢い良く開き、それと同時に何かが入ってきた。

 そしてベッドの傍まで駆け寄ってきたかと思うと、飛んだ。

 真横から俺の体を薙ぎ倒さんばかりの衝撃を受けてベッドから転がり落ちてしまった。


「おはようなのじゃ!早く起きて妾の朝餉の準備をするのじゃ!」


 俺と一緒にベッドから落ちることとなった下手人はサラサラとした烏の濡れ羽色の髪をふわりと揺らしながら、屈託のない笑顔を浮かべてそう言った。


「おはよう、(そら)。絶許だわ」


 それだけ言ってからアイアンクローを決める。


「ぬおぉぉ!!あ、朝からあいあんくろーとは、容赦がなさすぎると思うんじゃが!?」


「容赦ありありだろ。まだお前の頭が潰れてねーんだからよ」


「それはそうかもしれんが、ああああぁぁぁぁ!!」


「うっせーぞ」


「あいあんくろーが強くなったせいなのじゃ!って痛い痛い!!」


 完全に決まったアイアンクローによって悲鳴を上げる空。

 あまりにうるさいのでもう良いかと思い、ベッドに放り投げる。


「へぶっ!?」


 奇妙な声が聞こえた気がするが無視だ無視。

 とりあえず起きてしまったのだから朝食でも食べようと動けるように準備する。

 その間、空は人のベッドの上でゴロゴロ遊んでいた。

 復活が早すぎるんじゃないのかこいつ。


「ほら、降りるぞ」


「うむ!妾のために朝餉の準備をするのじゃな?良いぞ良いぞ!」


 ぴょん!とベッドから飛び降りて空が俺の傍まで寄ってきた。

 本当に、先ほどまでのアイアンクローによるダメージは残ってなさそうだ。


「お前のためじゃねーっての」


「ふっふっふ……つんでれ、というやつじゃろ?妾とてその程度知っておるからな!」


「はぁ……」


 何を言っても意味がなさそうな空にため息を零し、さっさと一階へと降りる。

 俺の後ろを空が上機嫌でついて来る。


「それで、朝餉は何を作るつもりなのじゃ?」


「何でも良いだろ……食パンでも焼けば良いんじゃねーの?」


「む、ぱんを焼くだけ、というのはつまらん!妾はもっと美味な物が食べたいのじゃ!」


「あーはいはい。ならフレンチトーストでも良いか。メープルシロップたっぷりで」


「ふれんちとーすと、じゃと?それもめーぷるしろっぷたっぷりの……」


 適当に焼いただけのパンを出してあれこれと吠えられても面倒なのでフレンチトーストを提案する。

 空はそんなことを呟きながら両手を頬に添えてほぅ……と吐息を漏らしていた。

 どうやら空としてはフレンチトーストで問題ないらしい。


「結城!妾のふれんちとーすとにはめーぶるしろっぷがたっぷりじゃからな!?」


「わかったから叫ぶなよ……」


 しまった。これはこれで吠えられるのか。

 今後は容易に食べ物で釣るべきではないのかもしれない。

 そんなことを考えながらリビングへと向かった。


 朝から自分で朝食を用意しなければならないのは両親がいないからだ。

 いない、というのは死別しているだとかではなく、単純に父親の単身赴任に母親がついて行ったから。というものだ。

 高校生ともなれば簡単な料理や身の回りのことが出来るはずだと言う母親の判断でそうなった。

 事実として問題なく生活出来ているので、流石母親、良く見ている。とでも言えば良いのだろうか。


 何にしてもまずは朝食。

 既にフレンチトーストで頭が一杯になっている空はあまり我慢が効きそうにないのでサクッと用意しなければならない。

 キッチンに立った俺は、一人で早々にテーブルに着いた空の鼻歌を聞きながらフレンチトーストを作り始めた。


 料理風景は省略(カット)


 我ながら完璧だ。完璧に、安っぽい家庭で手軽に作るフレンチトーストの完成だ。

 これだけでは空は不満を露わにするが、メープルシロップをたっぷりかけてやればそれだけで空は満足する。

 安いだけではなく非常に易い。


「ほぁぁぁ………ふれんちとーすとに、めーぷるしろっぷがたっぷりなのじゃ……」


「流石にかけ過ぎな気もするけどな……」


「妾はこれで良いのじゃ!」


 目をキラキラと輝かせ、フレンチトーストにメープルソースをたっぷりとかけた空はナイフとフォークを持つ。


「それでは……いただきます、なのじゃ!」


 合掌してから空は幸せそうにフレンチトーストを頬張った。


「ん~~~!やはり甘味は素晴らしいのじゃ!」


「はいはい。のじゃのじゃうっせーぞ」


「む、妾の喋り方が気に入らぬと申すか?それは不敬じゃぞ」


 ムッとした様子を見せた空だったが、すぐにフレンチトーストを頬張って頬を緩ませる。

 そんな空を見て呆れていると、呼び鈴が鳴った。


「空、誰か来たみたいだから見てくる。俺の分まで食うなよ」


「言われずともわかっておる。結城は早く出迎えてやるべきじゃろ?」


「出迎えるような客かどうかもわからねーのにか?」


 言いながら立ち上がり、玄関へと向かう。

 その間も空はフレンチトーストに夢中になっていてそうした俺に見向きもしない。


 玄関へと辿り着いて扉を開けると、そこには栗色の髪を短く切り揃えた少女が立っていた。

 というか、幼馴染の詩織が立っていた。


「お、おはよう!結城!」


「おはよう、詩織。で、こんな朝早くにどうした?」


「あー、そのー……す、少し、話があるんだけど……大丈夫?」


「話したいことか……最近のことで、ってことで良いのか?」


「うん……」


「わかった。そういうことなら話くらいは聞くべきだろうな」


 詩織の様子が少しおかしいが、話したいことに関係しているというのはわかる。

 とりあえずは上がってもらって、茶くらいは出しておこうか。


「茶くらいなら出すから、上がってくれ」


「う、うん……お邪魔します……」


 どうにも歯切れの悪い詩織を連れてリビングに戻ることにした。

 それだけ言い難いような話がこの後あるのか、と思うと微妙に面倒になる。

 まぁ、考えるだけ今は意味がないか。


 リビングに戻ると、空がまだフレンチトーストを頬張っている姿が見えた。


「空、客が来たからとりあえず席を空けて……おい」


「ん?どうしたのじゃ?」


「俺の分は食うなって言ったよな?」


「覚えがないのじゃ……あぁぁああぁぁぁ!!!」


 そっぽを向いて覚えがないと言い切った空にアイアンクローを決める。

 はっきりと食うなと伝えたのにこいつは俺の分まできっちり食ってやがる。


「本日二度目の絶許だわ」


「そう言いつつ何だかんだ許してくれるんじゃろぉぉぉぉ…………」


 本当に痛いと、痛いとは叫べないらしく空の声は徐々にフェードアウトしていく。

 まぁ、アイアンクローで持ち上げているのでそうなるのも当然のことか、と一人納得する。

 納得してから空をソファに投げ捨ててからキッチンへと向かう。


「詩織、今から茶を入れるから座って待っててくれ」


「え?今のスルーして良いの!?」


「空、お前も茶で良いよな」


「うむ!熱々の緑茶を所望するのじゃ!」


「煮えたぎった茶でも入れられたら良かったのに、残念だな」


「妾はそういうもの好きじゃぞ!」


「お前無敵かよ……」


 アイアンクローで沈めてもすぐに復活し、煮えたぎった茶でも、と言えばそういうのも好きだと言う。

 何だこいつ、本当に無敵かよ。


「……あれ?」


 そんな遣り取りをしている俺と空の様子を見て、詩織が首を傾げた。


「どうした?」


「えっと……何だか、違和感が……あれ……?」


「あぁ、空のことか」


「あ、そうそう!」


「のじゃロリだからだろ」


「……あぁ、うん、確かにその、のじゃロリ?っていうのは初めてみたから、それでなのかな?」


「おい、のじゃロリ。お前のせいで詩織が困惑してるだろ」


「妾のせいじゃと?そうではない。妾に対応出来ぬその女子のせいなのじゃ!」


「よっしゃ、後でアイアンクローな」


「うむ!済まなんだ!妾のこの口調は直らぬ故、違和感を感じるやもしれんが我慢して欲しいのじゃ!」


「え、あ、うん……」


 アイアンクローと聞いて手の平を返した空に、更に困惑する詩織。

 謝ってもアイアンクローは確定だな。と思いながら空と詩織に茶を出してから、対面するように座る。


「それで、話ってのは?」


 無駄に引き延ばしても意味がないのでズバッと本題に入ると、詩織は居心地が悪そうにしながら視線を彷徨わせていた。

 空は興味がないようで、熱々の緑茶をちびちび飲みながら、時折ほぅ……と吐息を漏らしている。

 それと、いつの間にか持って来たのか戸棚に置いてあった煎餅を用意している。

 このクソフリーダムのじゃロリは後でアイアンクローで釣り上げてやろう。そう心に強く誓いながら詩織が話始めるのを待つ。


「……えっと、夏休みに入ってから、今日まで行方不明になってたと思うんだけど……」


「あぁ、なってたな。おじさんもおばさんも、近所を巻き込んでの大騒動だったぞ」


「だ、だよね……うん、お父さんとお母さんにすっごく怒られたから皆に心配とか迷惑をかけたことはわかってるんだ」


「あぁ、おじさんもおばさんも、詩織が何の連絡もなしに帰って来ないなんて、何かの事件に巻き込まれたんじゃないのか!?って心配してたし、近所にも声かけて警察にも連絡して友人知人にも声かけて、大変だったな」


「それで、何だけど……その、僕が行方不明になってる間、何処にいたのか、とか話しておこうかなって……」


 あ、詩織は僕っ娘だ。こいつはこいつで割と癖が強いような気がする。

 のじゃロリと僕っ娘。のじゃロリの方が癖が強いか。


「何処にいたんだ?」


「その……」


 そこで言葉を切ってから詩織は意を決するように俺を見て口を開いた。


「実は、僕は異世界に行ってたんだ。って言ったら、結城は信じてくれる、かな……?」


 不安そうにも見える詩織の様子に、たぶん本当のことなのだろう、と思った。

 だがそれ以上に詩織の言葉を受けて緑茶を噴出した空には後でアイアンクローを決めるだけでは済まさない。

 そういう思考になった俺は悪くないと、そういうことにしておこう。


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