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靄が晴れたら  作者: たられば
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第六話 勘違い【前編】

 三時限目の教科で、メガネが似合う女の先生が教室に入って来たときに、薄い靄がかかっていたのだけど、「先生、昨日フラれちゃったから、質問して私を責めるような真似はしないで」とぶっちゃけて僕が関わるまでもなかったし、

 五時限目の体育の時、筋肉自慢の男性教師がマット運動実演中におっきなオナラを『ブー』と豪快にして、ボンっと黒い靄が煙のように上がったけれど、顔も真っ赤にしていたので僕が出る幕ではない。


 普段のみんなの悩みなんて、大体こんな感じだ。


 こう言ってはなんだが、ありふれた悩み達と毎日出会っていると、プライバシーを侵害しているような気がして、悪いことをしている気になる。

 もしかしたら、本当に悩んでいる人を助けることで、罪滅ぼしをした気になっているのかもしれない。

 結局独りよがりなのか。


 そして放課後。

 僕は教室で双葉ちゃんを待つ。

 双葉ちゃんはテニス部の部活で練習中なわけだから、僕は待つしかない。

 忠犬ハチ公である。


 ちなみに僕は部活動には入っていない。散々貧弱だの弱っちいだの言われて、悔しかったら部活でもやったらいいんじゃないとの厳しい指摘には、聞く耳を持たない。


 みんなが部活や帰宅と教室を出て行き、閑散となった教室内にて、宿題をするために教科書を広げていると、新川さんがやってきた。



「越善君、今日は本当にありがとう。これ初めてお父さんから貰ったプレゼントだったから、無くしたときすごく悲しかったの。だから見つけてくれて本当に嬉しかったよ」



 新川さんは銀色の猫のブローチ手に取り、大切そうに手のひらに乗せ、再び僕に見せてくれた。

 いつ貰ったのかは定かではないが、きっと高価なものに違いない。

 ところどころに宝石のような石が埋め込まれていた。

 そんな高価なものを学校に持ってきてはいけないっていう野暮な突っ込みはやめて頂きたい。



「見つかって良かったね。これからお父さん迎えに行くんでしょ?」


「うん、これから行くの。その、約束したお礼なんだけど。大したものじゃなくてごめんね」



 すると新川さんはヴローチを鞄の中にしまい、その代わりに取り出した押し花の栞を、二枚差し出してきた。



「お礼なんていいって言ったのに。でもこれって手作り? 凄いね」



 その栞を手に取り、マジマジと眺めてみる。

 それは色々な花びらが折り重なってできた、台紙が色違いの栞。

 思わず見入ってしまうほど、細やかで繊細に作られていた。

 感心しながら眺めていると新川さんは大胆なことを言い出した。



「本当に大したものじゃないんだけど、私があげられるものってこれくらいだし。その、それとも、キ、キスの方が良かった? わ、私はいいよ」



 頬を染める新川さん。これは誤解している。

 まあ、今までの僕の行為は誤解されることばかりなのだから、無理もないことだ。

 でもまさか、僕にキスなんて。きっとそれほど大事なブローチってことなんだ。だから僕が望むことをしようと思ったのだろう。


 僕の予想どおり新川さんは隠れ可愛い女の子だ。これだけ何回も近くで凝視していると、原石でなくてダイヤなことはわかってしまう。

 だけど僕には双葉ちゃんという心に決めた人がいるわけで。



「い、いや、あれは本当に違うから。そそ、それじゃ、お言葉に甘えてこの栞を戴くね」



 新川さんがフゥと息を漏らした。残念のため息かそれとも安堵の吐息か。

 後者だったのなら、僕はただのキスしたがり男になってしまうのだけど、その真意を問うまでもない。

 そして新川さんは「じゃ、また明日ね」という言葉と微笑みを残し、その場から離れて行った。

 勿体無いことをしたかと思いつつ、そんなことをしたら天罰が下ることは間違いないと自制する。


 誰もいなくなった教室。僕は今日の課題に取り組むことにした。

 シーンとした室内に、外からは野球部の掛け声と、カキーンという打音が聞こえ、一人ぼっちに花を添える。そんな孤独もなんのそのと、しばらくペンを走らせた。


 そういえば、朝一にトラ君が言っていた、双葉ちゃんを竹内君が狙っている件。

 まだ解決していないじゃない。

 竹内君てどんな人だったかな。カッコよくて頭が良くてスポーツ万能ってのはわかってるけど、全てがトラ君の二番手。

 ルイージ品じゃないか。いや、ワリオだワリオ。

 僕がクッパじゃなくてクリボーなのが悲しいところ。


『ガラッ』


 後ろのドアが勢いよく開かれた。

 くだらないことを考えていた僕はハッとするが、誰が開いたかなんて振り向かなくてもわかる、双葉ちゃんが登場した音だ。



「良太、帰るわよ」



 なぜだかいつもと違い、ぶっきらぼうに発せられた双葉ちゃんの声。

 すでにかなりの時間が経過しているから、いつの間にか薄暗くなっていた室内に響き渡る。



「双葉ちゃん?」


「あんた私のこと声だけじゃわからないの?」


「わかるよ。わかるけど、なんか機嫌悪いの?」



 薄暗い中、よく見ると双葉ちゃんには、薄っすらと靄がかかっている。



「別に機嫌なんて悪くないわよ。早く帰るからささっと用意して」



 急遽現れた緊迫感に、慌てて教材を鞄の中に入れ、帰る用意をする僕。

 靄の感じからそんなに重度ではないのはわかるが、機嫌が悪いことは確かだ。

 靄だけでは何が原因なのかなんて知る由もない。なんて役に立たない能力なんだ。


 帰る用意ができた僕は、そのまま踵を返してしまった双葉ちゃんの後を追いかける。

 追いついても、二人は無言のまま駐輪場の方へと向かった。少し冷たい空気の中で、僕はなんて声をかけていいかわからずに、後ろで双葉ちゃんの顔色を伺うのだけど、顔色だけでその理由がわかるはずがない。


 駐輪場へ着くと、双葉ちゃんは僕が自転車をスタンバるのを待っていて、当たり前のように後ろに乗った。

 僕の後ろに乗りたくないほど怒っているわけじゃないんだな、と肩を撫で下す。

 まあ、そもそも乗りたくないのなら、駐輪場には来ないかと一人で納得した。


 薄暗くなった堤防の上を、二人を乗せた自転車が走る。

 堤防には街灯もなく、住宅地にある民家の明かりがポロポロと付き始めていたのが見えるだけ。

 日が落ちきってしまうと堤防の上は真っ暗になるため、遠回りでも住宅地を通らなくてはいけないが、今はまだ視界も悪くなく走れる範疇だ。


 そんな中、沈黙を先に破ったのは双葉ちゃんだった。

 もっとも小心者の僕は、沈黙なんてものは恐ろしくて壊すことはできないので、想定内である。

 朝の時みたいに一生懸命自転車を漕いでいた僕。

 朝とは違い全体的に傾斜が下りなため、そこまで足は張らないが。

 そして自転車を漕ぐことしかできなかったとも言える。



「ねぇ、良太」


「な、なに?」


「もし、私が誰かと付き合うって言ったらどうする?」


「…………」



 衝撃的な言葉を浴びせられた。

 青天の霹靂とはまさにこのことだ。

 な、なんでいきなり? もしかして今朝トラ君が言っていたとおり、竹内君に告白されたとか? それとも他に誰か好きな人がいたの? そんな思いがけない質問に、返事なんてできるはずがない。


 でも、でも。


 僕の沈黙をさらに双葉ちゃんが破ってくる。



「考えてみれば良太と私、生まれた時から一緒だから兄妹みたいなものだもんね。別の人を好きになったって仕方ないよね」



 自転車から落ちないよう、僕の腰へ回した手に、更に力が入ってくるのがわかる。

 これはどういう意味なの?



「双葉ちゃん」



 情けないことに、そのときの僕は名前を呼ぶことしかできなかった。


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