第五話 探しもの
玄関を出て、そのまま校門へと向かった。
新川さんの話では、登校は自転車ではないとのことなので駐輪場には寄らない。
家の方角は僕と真逆の方向から来ているということで、堤防に上がると僕の家とは逆方向に進む。
僕達は念入りに、隈なく、道の上を探した。
堤防の道は舗装されていて、煌めく物があればすぐ視界に入るはずだが、そう簡単には見つかってくれない。
何の変哲もない堤防に、落ちているものといえば石ころくらい。あとあるのは、ゼロと書いてある木の杭が、意味不明に刺さっているくらい。
でも新川さんの目に映っていたのは確かに河川敷だった。
あれが関係しているなら、探し物は河川敷のはずだ。
地べたを這うように探すのが疲れた僕達は、長い堤防の先を見据えた。
ため息が出てしまうようなとても長い道のりで、末端が霞んで見えない。日差しによってできた陽炎が、より際立たせた。
しかも両側に芝生の法面が付いているため、下まで転がっていれば探し出すのは不可能だ。
ふとトラ君がボヤく。
「うわっ、これ見つかるか?」
「ごめんね。やっぱり無理なんじゃないかな。せっかく来てもらったけど、とても見つかる気がしないよ」
新川さんは肩を落とす。
切ない表情を作り、靄は増すばかり。
「大丈夫、必ず見つかるよ。トラ君も最初から、そんな希望のない発言しないでよ」
「ワリィ」
気を取り直し、僕達は堤防を歩き出した。
僕は河川側、トラ君は住宅側、新川さんはセンターで舗装面を見ながら歩く。
流石に下を注意しながら進むのは時間を要し、思うように進まない。
ただただ疲労だけが蓄積されていく。
すると二百メートルほど探し歩いたところで、新川さんがまた弱音を吐いた。
「やっぱり見つからない。もういいよ。落とした私がいけないのに、二人にここまでしてもらうの悪いよ」
「新川、良が頑張って探すって言ってんだから、もう少し頑張ってみようぜ。お前もここまでして見つけたいってんだから、本当に大切なものなんだろ?」
「う、うん。大切なものなんだけど……」
「僕、必ず見つかる気がするんだ。大丈夫だから。諦めないで、ね」
僕は新川さんに、できるだけの笑い顔をもって勇気づける。
ここで嫌そうな顔を出したら、かえって落ち込ませてしまうに違いない。心が折れてしまったら、見つかるものも見つからなくなるかもしれない。
そんなやり取りをしていると、不意に新川さんの後ろに立っている棒が視界に入った。
あれは木の杭だ。測量か何かの杭なのだろう。
上部が赤くなっていて、その下に二百の数字が入っていた。
確か堤防の入り口にもゼロの杭が立っていたはずだ。ということは堤防の入り口が起点となって、ここはそこから二百メートルの位置だってことだ。
この杭、堤防以外のどこかで見たような。
…………そう、あの光景の中だ。
僕は再度確かめるべく、新川さんの正面に立った。
そして今度は「ちょっとごめん」と謝ってから、再び新川さんの顔を手で挟むように固定すると、瞳の中を覗く。
トラ君が「おい、良」と僕を静止するような言葉を発してきたけど、「トラ君、ちょっと待ってて」と僕は制した。
瞳の中には、さっき映っていた光景、新川さんが喜んでブローチを持っていて、その後ろに堤防の法面芝生が見える。
そして更に後ろの堤防通路には、数字入りの木の杭が立っていた。
文字は……八百。八百だ。ということは、ここから六百メートル先のところにあるのかもしれない。
僕は、「ごめんね、ありがとう」と新川さんの顔から離れ、真剣な眼差しを持って二人に話し始めた。
「トラ君、新川さん、僕ちょっとだけ変なことを言うかもしれないけど、信じてほしい。今、新川さんの顔見てたら思いついたことがあるんだ。そこに木の杭が立っているでしょ。なんかその木の杭の数字が、八百って書いてある付近に落ちているんじゃないかって、ピンときちゃってさ」
トラ君は木の杭を一瞥すると、訝しげに突っ込んでくる。
「それはちょっとだけどころか、随分変なこと言うな。あまりにも具体的すぎてピンときって言うより、ある場所がわかっているみたいだぞ」
「い、いや、本当にピンときただけだから。まだ見つかったわけじゃないし、ね。行ってみようよ」
これ以上は突っ込まれまいと、会話を断ち切るように、そそくさと目的の杭の方へ歩き出す。
そんな僕にトラ君は納得のいかない顔をして、新川さんは戸惑いの表情を浮かべながらついてくる。
よく見ると木の杭は二百メートルおきに立っていて、四百、六百と書かれた文字を確認しながら先へと進んだ。
八百の木の杭まで辿り着くと、新川さんの瞳に映った光景を脳裏に浮かべる。
確か木の杭は新川さんの上に位置していた。つまり新川さんがブローチを見つけた時には、木の杭の下に立っていたわけで。ということは。
そう考えを巡らすと、僕は八百と書かれた木の杭から法面を下へと降りて行く。
確かこの辺りが…………
あった! 銀色の猫のブローチ。
「新川さん、あったよ! これでしょ?」
新川さんが勢いよく法面を下って来る。
その表情には戸惑いと喜びが混在していた。
焦っていたせいか、突っかかりながら僕のもとに到着した新川さんにブローチを渡した。
「そう、これです! 私の大切な、これです」
新川さんはそう言って、今度は満面の笑みを作り、ブローチを僕に見せてくれる。
あって良かったと今にも泣きだしそうな顔。
パァーッと晴れていく新川さんの黒い靄。
これは最高に気持ちがいい、心の支えが取れたようなスッキリした気分。
まさしくこの光景は、新川さんの瞳に映った光景と全く一致した。
タイミング的には、靄が晴れた瞬間だから、解決直後の光景が映し出されたものだろうか。
でも、やっぱり現実感のない能力。発生原因もわからなければ、瞳を覗きこまなくては見られない。今後、発生するのかも不明。これも靄と同様、人には言えないな。
「ありがとう、越善君、本当にありがとう」
「いいよいいよ。早く上に行こうよ」
新川さんは僕の手を握りしめると、喜びを露わにした。
恥ずかしげもなくギュッと握ってきて、こっちが恥ずかしくなってしまう。
あれだけ瞳を覗くために、顔を寄せていた僕が言うのもなんですが。
だけど今は授業中なのだから急いで戻らねば。
女の子から手を握られたら、とても気分がいいけど、先生との約束でもあるしね。
二人で法面から堤防の上へ登ると、腕を組んだトラ君が僕達を迎えてくれた。
トラ君の表情といえば、あって良かったというよりも、僕に対してジト目を向けている。
僕しては不都合極まりないが、そんな態度を取っていてもカッコいいのが悔しい。
トラ君の態度を気にも留めない新川さんは、トラ君にこのブローチだよと笑顔とともに紹介し、一緒に探してくれたことに対してのお礼を言っていた。
もしかして新川さんは、あんまり空気を読めない子なのかな。それともそんなことはどうでもいいとか。
一方、トラ君はというと。
「お前、俺に隠していることあるだろ。ていうより双葉にも隠しているな。いつも困った奴を都合よく見つけるなとは思っていたけど、今日のはなんか違った感じだ」
う、鋭い。全てを的確に予想している。我が親友ながら侮れない。
ここまで気づいているのに、トラ君に隠しておく必要はないんじゃないか?
もともと僕も、絶対に隠さなくちゃならないと思っていたわけではないのだから、もうそろそろ話してもいいのかもしれないな。
そう僕が逡巡していると、全てにおいて僕の上をいく、トラ君は続けた。
「まあ、別に無理には訊かねーけどよ。誰にでも隠し事の一つや二つあるんだしな。けど俺らは、お前がどんな秘密を持ってよーと、何も変わらねーからな」
「ありがとう、トラ君。やっぱりトラ君は凄いね。頼りになるし、かっこいいし、頭もいいし。今トラ君が思ってること、必ず話すから」
「おう」
もしかして、トラ君にも隠し事があるのかな? なんて意味のないことを思ってみたり。
いくら最強無敵のトラ君といえど、悩み事の一つや二つなんて考えてみたり。
だけどトラ君には靄が出ていなよなぁなんて勘ぐってみたり。
そんな愚にもつかないことを考えながら、足早に学校へと向かった。
教室の中に入ると、もう既に二時限目が始まっていた。
授業中であるため、後ろのドアからできるだけそっと入ろう。しかしガラッと開いた瞬間、牛小屋のようにみんなの視線が注がれ、やっぱりそっとは入れない。
先生も僕達が入ってきたことに気づき、授業を中断する。
二時限目の先生は、一時限目に説得した先生とは別人であり、改めて説明しないといけないと考えたが、どうやら引き継ぎを受けていたらしく、「見つかって良かったわね」と安堵の言葉だけを貰った。
うちの学校の先生は、物分かりがいい人ばかりで助かる。
トラ君はクラスのみんなにどこで見つけたかを簡単に話していて、新川さんは「お騒がせしました」と何度も会釈をしていた。
問題の一件落着にホッと胸をなで下ろす。
さっき新川さんの靄が解消されてスッキリしたけれど、教室内の良かったねという安堵感が心地よい。
男友達から「越前、新川のために見つけてやれて良かったな」なんていう茶化しも、達成感に満ち溢れ気にならない。
この後に災難に見舞われるとはとはつゆ知らず、満足感に満たされる僕だった。