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靄が晴れたら  作者: たられば
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第四話 能力発動

 ホームルームには神経を向けず、そう決意をしながら視線を走らせていると、ふと前の方が気になった。

 前列に、かなり濃く靄がかかった生徒がいるのだ。


 みんな少なからず悩み事は抱えているのだから、ところどころに薄くかかっている人はいるのだが、濃い靄となると悩みの質が違う。

 まあ、経験上、自殺するほどの濃さではない。


 あれは少し地味目の女の子、新川さんである。典型的な三つ編みと眼鏡。だが決して、三つ編みと眼鏡を、ディスっているわけではないのであしからず。

 僕の見立てでは、隠れ美少女といったところだ。

 これは僕の先入観の問題であり、持論としては地味にする子ほど本当は可愛い、といった逆説的な説を打ち出しているだけなのだが。


 まあそれはいいとして、靄と並行してというか、確かに顔から不安が滲み出ているのが見て取れる。

 あの様子じゃ何かあったんだな。心配だ。


 ホームルームが終わり1限目の授業が始まる前に、さっそく声をかけてみることにした。

 先生が教室を出ると空かさず新川さんの正面に行き、しゃがみ込んで目線を合わせながら問いかけてみる。



「新川さん。何か困ったことあったんじゃない?」



 新川さんは恐る恐る僕に目線を合わせてきた。

 どうしたらいいかわからないけど、誰にも頼れない、そんな目だった。

 周りのクラスメイトからは「また越善のお悩み相談始まったぞ」などと訊こえてくるけど、そんな茶化しはスルー。いちいち相手にしてはいられない。


 すると地味目の新川さんは、もとい、隠れ美少女の新川さんは、少し震えた唇をそっと開いた。



「越善君。どうしよう。私……」


「大丈夫、落ち着いて話してみて」


「私、お父さんから貰った大事なブローチを、学校に来るまでの間に落としちゃったみたいなの。お父さん、今日2年ぶりに海外から一時帰国するから、その大事なブローチを付けてお迎えしたかったんだけど。小さい頃に買って貰って、大切にしていたものだったのに」



 きっと本当に大事なものなのだろう。顔の筋肉が強張っているのがわかる。

 そして靄もかなり濃い。

 もうすぐ授業が始まるのだけど、道端に落ちてしまっていては踏まれて破損しかねない。

 早く探しに行かなければ。



「僕も一緒に行ってあげるから、朝来た道を探しに行ってみようよ」


「でも、もう授業始まるよ。どこで落としたのか見当もつかないし……」


 新川さんの僕の心配をしてくれているってことが、顔に出ている。

 自分の不始末で迷惑はかけられないと、顔に書いてある。


 でも僕はこうなってしまうと、どうにも放っておけない。

 濃い靄を出した人と話をしてしまうと、濃ければ濃いほどなぜかその人の気持ちが伝染してきて、気持ちの収まりがつかなくなってしまうんだ。



「授業は先生に説明すれば大丈夫だよ。あとは新川さん次第なんだけど。新川さんがいないとどこを探していいかもわからないしね」


「越善君、ありがとう。私、探したい。たとえ見つからなくてもお礼はするから」


「お礼なんかいらないよ。僕が好きでやることなんだから。それじゃ、先生に説明してから探しに行こう」



 新川さんは意を決したかのように立ち上がり、僕を見つめた。その瞳は僕に対する感謝も告げていた。


 あれ? 何か違和感がある。気のせいかな。


 そこへ後ろから、僕の肩へ手が置かれ声がかかった。

 この手の置き方は、トラ君に他ならない。

 手を置いただけで誰かわかってしまっても、それが男だったとしても、決して気持ち悪くはないのだよ。



「しゃーね。俺も手伝ってやるよ。良のこれはいつものことだし、普段弱っちいくせにこういう時は頑として曲げねえからな」


「トラ君、ありがとう」



 トラ君が一緒なら心強い。普段弱いという言葉も、トラ君にならあえて許そう。

 新川さんもトラ君に対して「佐久間君、ありがとう」と強く感謝していたのだけど、僕を見る目より乙女な感じになっていたのは、気がつかなかったことにした方が良さそうだ。


 トラ君の意思表示に、周りのクラスメイト達からも、「俺も私も」と協力の声が上がった。

 トラ君の人望があることは、こういう時によくわかる。また越善が……、なんて茶化されていた僕とはえらい違いだ。

 もっとも、さすがにクラス全員で探しに行くなんてことはできないので、トラ君は「まあ、ここは俺らに任せてくれや」といなしていた。

 自然とこういう統制が取れるところも、トラ君にこそできる御業だ。


 僕は再び新川さんの瞳を見た。

 さっきから気になっていた違和感が頭から離れず、それは新川さんの瞳の中にあるのではと感じたからだ。


 なぜだか今までにない不思議な感覚。

 新川さんの瞳の奥、というか中に映っている何かがあった。


 何だろう。今までこんなものは見たことがない。

 まるで瞳が映写機になったような、明らかに写っている何か。

 そこに映っているものを確かめたくて、新川さんの顔を両手に取り、瞳を食い入るように覗き込んだ。


 これは草? 堤防の芝生かな? 新川さんが手にもっているのは、銀色の猫のブローチみたいだ。とても喜んでいる。これは未来?


 これはおそらく未来を写した写真のようなものか。

 確信はまだ持てないけれど、この不思議な現象は、それを思わせる。

 普通ならとても信じられないに決まっているが、靄が見える僕には、信じられるような気がした。

 長らく凝視していると、再びポンポンと肩が叩かれた。



「おい、良。それはまずいんじゃねーか? こんな朝っぱらの教室で。お礼の前払い貰って気合いれてーのはわかるけど、お前、新川のことも好きなのか?」



 トラ君の発言に、ハッと気がつく僕。

 あまりにも夢中になり、その情景を解読しようとして気づかなかったけど、僕が新川さんに今にもキスしそうなシチュエーションとなっていた。


 慌てて僕は新川さんの顔から手を離す。

 被害者の新川さんは少し頬を赤く染め、いきなりのことに戸惑っている様子。

 断じて僕は加害者ではなく、無罪を主張する。

 状況から容疑者は避けられないかもしれないが。


 だけどとても新川さんを直視できず、目線を逸らすとクラスメイト達がニヤニヤして僕を見ていた。

 ここは間違ってはいけないところだ。変に誤解を与えてしまう。

 なんとかして言い訳をしなくては。

 直感し、新川さんの方へ向き直す。

 さて、どう弁解したら良いものか。



「ごめん、新川さん。なんか目にゴミが入っていたような気がして。と、トラ君、そうなの、新川さんの目にゴミが見えただけだから」



 あまりにも古典的だ。言った自分にげんなりする。

 咄嗟に出てくる僕の言い訳レパートリーが乏しくて、嫌気がさす。

 案の定、トラ君にも信じてもらえず。



「そうか〜? そんな感じじゃなかったけどな。まあいいわ。今のは見なかったことにしてやるよ。そしたらとりあえず探しに行くか」


「だから違うって。それと行くのは先生に話してからだから」



 そうトラ君に言い訳し、再び新川さんに「ごめんね」と失礼を詫びた。


 一時限目の授業のために先生が入って来ると、おおまかな経緯を説明し先生への説得を試みる。

 そしてなんとか僕の嘆願で、渋々早く戻ってくることを条件に、行かせてくれることに。

 決してトラ君の威圧が影響したのではない。


 ガリガリで貧弱そうな数学の先生が、トラ君の猛獣のような圧力に屈したわけじゃなく、真面目で実直な数学の先生が、僕の熱意ある人助けに共感を得たのだ。

 先生の名誉のためにも。


 そして授業を始め出した先生とクラスメイトを残し、教室を後にした。

 まず新川さんの記憶を辿るように、朝の足取りを逆回転させる。

 とりあえず教室から玄関までの間には落ちていないのが確認できた。


 学校内であれば職員室に届いているのではないかと、一応、職員室にも寄るが届いてはいない。

 職員室に入った時は教室に戻されそうになったけど、僕の説明によりなんとか納得してもらえたが。

 先生達は、「越善、またやってるのか」とのあきれ顔。


 僕の予知? があるのだから、下手なところに寄らない方がよいと思われるだろうが、まだ核心はないのだし、意味不明な説明をして混乱を招くこともない。

 ここは石橋を叩いて渡る方が理想的だ。

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