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靄が晴れたら  作者: たられば
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第十話 いいがかり【後編】

「おい」



 その言葉が発せれたと同時に、竹内君がもの凄い勢いで飛んでいった。

 辺りに散乱する机や椅子。僕もそれと同時に弾き飛ばされた。

 竹内君が胸ぐらを掴み、僕を持ち上げていたのだから、一緒に吹っ飛ぶのは当然だ。

 あちこちの机や椅子にぶつかり、体が痛い。


 痛いながらも見上げると、そこには握りこぶしを今殴りましたと言わんばかりに振り切っている、トラ君が立っていた。



「と、トラ君? どうしてここに」



 僕の問いかけが訊こえていないのか、もの凄い形相で竹内君を睨みつけていて反応がない。

 僕がビビり過ぎて、声が小さくなってしまったのも原因の一つだが、まあ、問いかけというより、ただ呼んだだけなのだから仕方がない。



「竹内、お前、俺の親友に何やってんだ?」



 竹内君はいきなり殴られ、何が起こったかわからないという様子を見せていたけど、状況を把握したのかトラ君を睨み返す。

 体格がいい二人が対峙しているこの場では、僕なんかは鳶と鷹の対決を傍観している雀のようだ。

 これは悲観ではなく、客観である。



「いきなり殴るなんてどういうつもりだい? 佐久間君。僕も感情が高ぶって越善君の服を掴んでしまったけど、暴力はしていない。それを不意打ちなんて、佐久間君ともあろう人が卑怯なものだね」


「あー? 胸ぐら掴んでいる時点で、立派な暴力なんだよ。てめー、少し人より優れているからって調子に乗ってんじゃねーぞ」



 トラ君が怒っている。怒りを表に出したトラ君を、見るのは久しぶりだった。

 さっきは鷲と鷹と例えたけど、トラ君はその名のとおり虎そのものだ。

 名は体を表すっていうけれど、ここまで表してくれたら、名前をつけたおじさん達も本望だろう。

 まるで僕がいないような空気で、二人の言い合いは続く。



「だけど事情も知らないくせに、いきなり殴りかかるなんて。仮に越善君が全面的に悪かったら、どう責任取るつもりだい?」



 自信に満ちた態度で、トラ君がほくそ笑む。



「どうせ良と双葉が付き合ったことをやっかんで、良よりも自分の方が相応しいとか言って因縁つけてたんだろ。そうじゃなかったら、土下座でもなんでもしてやるよ」



 鋭い。相変わらずトラ君は鋭いなぁ。

 この瞬間分析力は只者じゃない。

 まあ、昨日と今日の状況を知っていたら、まずそこに当たるんだろうけど。

 竹内君も図星を突かれて固まっている。

 トラ君は続けた。



「ふん、沈黙は肯定なりだな。おめーはフラれたんだから蚊帳の外なんだよ。仮に良がどんな人間だろうが、おめーの出る幕じゃねーんだ」



 まるで竹内君とのやりとりを訊いていたかのような言い方だった。

 確かに竹内君が殴られるその時まで、トラ君はいなかったはず。

 まあ、トラ君がどういう風に教室に入ってきたのかすら、わからなかったんだけどさ。


 竹内君は倒れた際についた服の埃を叩き払い、冷静な顔を作ってトラ君に反論した。

 まあ、反論というより捨て台詞って感じ。



「だからって人を殴るのはダメだよ。暴力反対だ。そして僕は諦めない。二対一じゃ分が悪いから今日のところは失礼するよ」


「けっ、もうくんな」



 そして竹内君は、散乱した机や椅子を放ったまま、教室を後にしたのだった。



「竹内ってあんな奴だったんだな。なんとなく見たことはあったけどよ」



 ぼそっと呟くトラ君。



「初対面なの?」


「当たり前だ。接点なんてあるか」


「初対面なのにいきなり殴ったんだ」


「普通、気に食わない奴がいたら殴るだろうが」


「…………」



 まあ、普通は殴らないけどね。助けてもらっておいて言うのはフェアじゃないか。

 だけど一般的な見解としては単なる暴力事件なわけで、こんなことで学校を辞めてほしくないから、ちょっと抑えた方がいいんじゃないかなとも思う。



「まあ、そんなこと、どうでもいいわ。俺は双葉の伝言、持ってきただけだからな」



 考えてみればトラ君、普段、放課後に教室へ来るなんてことないから、あの場にたまたま出くわしただけなんだ。

 伝言を持ってきたって、トラ君にそんなこと頼めるのは双葉ちゃんだけだ。

 わざわざ頼むほどの伝言て何なのかな。



「そうなんだ。殴っちゃったのはあれだけど、助けてくれてありがとう。それとわざわざごめんね」


「ほんとそうだよな。双葉の奴、俺のことをなんだと思ってやがるんだ。憎まれ口叩いてみたり、いいようにこき使ってみたり、俺への扱いがぞんざいだってぇの」


「まあまあ、それはトラ君を信用している証拠だよ。ところでその伝言て何なの?」



 これ以上双葉ちゃんの話を続けていると、ますますトラ君が双葉ちゃんへの不信感を募らせてしまう。

 それは僕としては、とても悲しい事柄だ。

 本題はそこじゃないんだから、本題へと戻そう。



「そうだったな。俺には訳がわからないんだが、今日の朝、栞が教科書に挟まっているのを見た時はすごく嬉しかった。明日もお願い、ありがとうだってよ。

 後で一緒に帰るんだから、その時でいいだろって言ったんだが、すぐにでも伝えたいから、今すぐに行けって言いやがるもんだからな。大事なことだったんだろ?」


「…………う、うん。だ、大事なことだったんだよ。ああ、助かった。伝えにきてくれてありがとう」



 双葉ちゃ〜ん。そんなことを伝言するために、トラ君を使わないでよ〜。

 トラ君は僕のその様子に感づいたみたいで、訝しげな表情を見せている。

 ジト目が僕に突き刺さる。

 ただでさえ双葉ちゃんに対して嫌悪気味なのに、更に印象悪くなるじゃないか。



「本当だって。その栞って双葉ちゃん珍しく勉強やる気になったから、僕が重要な箇所に挟むって約束したんだよ。だから、きっと役に立ったんだね。双葉ちゃんが勉強やる気になるなんて珍しいよね」



 トラ君に対して嘘をついてしまった。

 嘘なんかつきたくないというのに。



「そうか。双葉が勉強やる気になったんだったらしゃーねーな。あいつが自分から勉強やるなんて、奇跡としか言いようがない。明日、地球が滅亡しなけりゃいいけどな。ま、大目に見てやるか」



 ひどい言われようだ。

 これを双葉ちゃんが知ってしまったら、大喧嘩にしかならない。

 それこそ地球滅亡するくらいの、激しいものとなるだろう。

 でも、性急でもない伝言にトラ君を使ったんだから、トラ君は悪くないよ。



「うん、大目に見てあげてね」


「あー、そしたら俺、帰るわ。また明日な」


「うん、ありがとう。また明日」



 トラ君も教室から出て行った。散乱した机や椅子を残して……


 僕が散らかった教室内を片付けて、漸く復習の教科書を進めようとした時、双葉ちゃんが部活を終えてやってきた。

 散乱した机の中身を照合させながら、元に戻すのに時間を費やしたため、とても勉強をするところではなかった。

 しかも片付けながら、竹内君の言葉が、僕の耳元で反芻する始末。

 僕とは吊り合わない、双葉ちゃんの未来を閉ざす……



「お待たせ〜良太! いつもごめんね〜」



 明るく振る舞うその様は、とても部活を終えたばかりという事実を感じさせない。


 いくら実力のある選手だといっても、練習をしなければその実力が付かないわけで。双葉ちゃんクラスの選手にもなれば、練習量は相当なものだろう。

 なのに疲れた素振りを見せない。


 これは気を使わせてしまっているのではないか? 僕という型にはめてしまっているのではないか?


 そんな感じなくてもいいであろう不安が、僕の心にのしかかってくる。

 でもまだ付き合ったばかりじゃないか。

 きっと大丈夫だ。

 きっと僕と一緒にいることが、一番いいことなんだ、と信じている。


 いや、信じたい。



「全然待ってないよ。復習もはかどったしね」



 こんな小さな嘘も、双葉ちゃんに対して後ろめたい気分になる。だけど竹内君のことなんて、ここで話題にしたくないし、双葉ちゃんが怒り出すのは明白だから。



「そう、良かったわね。そういえばトラ来た? 私、伝言頼んだんだけど」


「あ、来たよ。どのみち一緒に帰るのに、伝言を頼むなんてトラ君が可哀想だよ。大事なことなんだと思って、トラ君ちゃんと来てくれたんだから」



 すると双葉ちゃんは、不服そうに唇を尖らせる。

 先ほどとは一転、拗ねた表情になっているが、別に心底怒ってはいないようだ。



「あんたわかってないわね。私は朝からずっと言いたかったんだから。今日の部活は早々に行かなくちゃならなかったから、トラを見かけて伝言を頼んだのよ。まあ、乙女心っていうか、双葉心ってやつよ」



 双葉心……僕にはわからない。他の人だったらわかるのかな?



「それで、それ訊いて良太はどう思った?」


「僕? 僕は喜んでもらえて良かったな。また明日もセットしようって思ったよ」


「んー、五十点の回答ね。もっとこう、授業中でも僕を感じてもらえて嬉しいよとか、僕の愛情が伝わって栞を挟めてよかったなとか、私を意識した言葉が出てこないかなぁ。

 付き合ったばかりだから仕方がないけど、もう恋人同士なんだからそのくらいはねぇ」


「双葉ちゃんて意外と乙女なんだね。ん、さっき乙女心って言ってたか」



 風邪でもひいたかのように顔を真っ赤に染めて、僕の頬を両手で引っ張る双葉ちゃん。

 加減を知らない双葉ちゃんは、思いっきり引っ張ってきて、頬がちぎれそうだ。

 僕はこぶとり爺さんじゃないのだから、そんなに引っ張っても取れないよ。



「あーうるさい。意外とって何よ。もういいから帰るわよ。私は部活で疲れてるんだから」


「痛いよ。わかったからもうやめて」



 そうして僕達は帰路に着いたのだった。

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