8 一方、日本の家族は その3
しろくま先生のストレッチタイム
首を動かしましょう。はい、
前に倒してー、戻してー、後ろにー、戻してー、
いーち、にー、さーん、しー、
右にー、戻してー、左にー、戻してー、
いーち、にー、さーん、しー、
ぐるっと右にー、回してー、
反対ー、左にー、
最後に深呼吸ー
はい、お疲れ様でした
翌日、日曜日。
私達は、再び集まった。
子供達は、3人でキャーキャー言いながら、楽しそうに遊んでいる。
……私にも経験があるが、子供達は子供達なりに、大人を慮っているのだろう。空気を読んで、雰囲気を明るくしてくれるのは、本当に助かる。
大人達は、食卓に置かれた、飲み物を見つめている。
昨日、あれだけ浮かれたものの、流石に頭が冷えたのか、各々の顔に、少々、不安の色を浮かべている。
「「「「「はあー。」」」」」
誰からともなく、ため息が出る。
大体、突然、1人の人間が居なくなる。
これは、結構な大事である。
それでも、1週間、父の帰りを信じて、何事も無いかの様に、振る舞っていた母は、凄いとしか思えない。
平日の朝、パート先へ出勤。
仕事をして、退勤後に買い物をして、その足で帰り、食材の下拵えをする。
僅かな休憩の後、家事をして……。
うん、無理。私には。
まず、妹から口火を切った。努めて、明るい声を出す。
「あー、悪いんだけどさ、皆忙しいし、今日話し合わなきゃいけない事だけ、話し合わない? 後、今日やらなきゃいけない事だけ、確認しようよ。いない人は、……いないんだしさ。」
「あ、じゃあ、私から。そもそも、捜索願を出す必要って、有るのかな? 」
「あんた! ……何言ってるの? 有るに決まってんでしょ? お父さんのバイト先には、取り敢えず、『欠勤します』って言ってるけど、理由も言わないで誤魔化しているのよ! ……いつまでも、このままなんて! 」
「あー、ごめん。」
……そうなのだ。
原因不明の行方不明。
超能力や手品じゃあるまいし。
こんな事を誰が信じると言うのか。
母を怒らせてしまった。
「失踪宣告書という物があった場合、本人の意志で、居なくなった事になります。そういった書類は、この家のどこかに……。」
「無いわよ! 有るわけが無いでしょ? 」
「……うん、そうだね、急に消えたんだもんね? 」
夫の言葉にも、母は、即答する。相槌を打ちながら、私はこの、話し合いそのものが、母を精神的に、追い詰めはしないかと、不安になる。
クレジットカードや、銀行等のキャッシュカードも、使われていない。……家に財布があるからだ。
当日、帰宅してから、上着のポケットの中身を途中まで出して、ケーキの存在を知らされた父は、大喜びで、
「じゃ、片付けは後にしようー! 」
と、止めてしまった。
その上、上着を着ていた方が、写真映りが良いからと、ハンガーに掛けた上着をもう一度着ていた、というのだ。
その証拠として、母のスマホには、父が嬉しそうにロウソクを吹き消す様子が、写真に撮ってあった。連写モードで、撮ったらしく、(母は、私よりも最新機器を使いこなす)最後の写真には、……煙のみが映っていたのだ。
「……分かりやすい証拠だね。」
「全くね。」
「僕、これ見て、やっと本当の意味で、信じられます。」
「僕もです。お義母さんの言う事を、信じてなかった訳じゃないんですけど。」
「……。」
妹は、呆然。私は、口をあんぐり。
夫と妹の夫は、半信半疑ながらも何度も確認する。
母は、ため息。
「とりあえず、警察署には、僕らも行きましょう。お義母さんも、安心してくれるだろうし。」
夫が言うと、
「ついてきてくれるなら、安心だわ。」
と、母が言う。
「私は、子供達と留守番してるよ。足手まといになりそうだし。まーちゃんも、付いていってあげて。ヒサさんも、お願いします。1番頼りになりそうだし。」
「お義姉さんがそう言うなら。何とか頑張ります。」
妹は、しっかりしてるし、義弟は、営業の仕事をしている。何より、夫がフォローしてくれれば、安心だ。
私は、顔に気持ちが出過ぎる。任せた方が、良い。
……数時間後、母達は、疲れきって帰ってきた。
ファミレスで夕飯を食べて、解散した。
帰りの車の中で、夫に言う。
「サクちゃん。」
「ん? なんだい? 」
「私を置いて、どこかに行ったりしないでね。」
「僕ならどこにも行かないよ。それに、お義父さんは、すぐに帰ってくるさ。」
「うん。多分、あの人、どこにいても何だかんだで、無事だと思う。」
「当たり前だよ。大丈夫だよ。」
「そうね。」
分かっている。どんな状況でも、父ならなんとかする。
ただ、今、どこで、何をしているのだろう?
母ほどでは無いが、不安にはなるのだ。
日本の家族は、これでひとまず区切ります。
お読み下さって、ありがとうございます。