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「先ほど、いえ、何度もお話しているように、私たちは1日に数時間、自らのスイッチをOFFにします。数時間、私たちの意識は無になるのです。その間に、蓄積された情報は整理され、溜まった熱や負荷を発散させます。しかし、その作業を終えた私たちは、スイッチを切る前の私たちと同一の存在なのでしょうか? 昨日の私は、スイッチを切るのと同時に消滅して、今ここにいる私は、昨日の私から情報とこの体を引き継いだ、全く違う私なのかも知れない。そして、今日の私も、夜スイッチを切ると消滅して、私は、私の心は、2度とメーサ様とお会いできないのかも知れない。そう考えてしまうと、時折、底知れぬ恐怖に陥って、眠るのを拒みたくなります。しかし、それは無意味で、恐ろしく莫迦な行為です。眠らなければ、私たちはすぐに死んでしまいます。人間や他の生物と同じように。最後には発狂し、爆発して死ぬのです。あの有名な睡眠実験の創作を想像してもらえれば、大体分かると思います。その時、もしメーサ様がすぐそばにいらっしゃれば、間違いなく大怪我をさせてしまいます。最悪殺してしまうかも知れません。それは、最も私が望んでいないことです。死ぬことよりも恐ろしいことです。――絶え間なく連続する時空間の中で、私たちは、その意識や記憶の連続性を保持できないのです。夢を見ても、意識の連続性を途切らせる睡眠を拒んでも、私たちは狂ってしまう。いえ、そもそもこの無機物の体に、メーサ様と同じ心が宿っていると考えるのがそもそも間違いなのかも知れません。そもそも生物学上、私たちは『生きてもいなければ死んでもいない』のです。そもそも生物ではないのです。……民衆は皆、メーサ様の言葉を、神様の言葉を信じて、安心して暮らしています。しかし、マザーやファザーや私など指導の立場にいる中でも数少ないものには、メーサ様は、神の子どもではなく、本当は普通の人間の男の子なんだと知っています。その私たちが唯一縋ることができるのは、あの2人のミイラをこの世界に残し、メーサ様という希望を与えてくれた神様が確かにいて欲しいという、希望的観測だけです。今日の私が、明日もメーサ様のお側に居られるようにと祈るだけです。………すみません。本当は、私もメーサ様の気持ちがよく分かりますと、端的に明快に答えたかっただけだったんです。メーサ様の不安を掬い上げたかったんです。すみません。私の不安をその小さな体に殴り付けてしまって……」
「――――うんうん。アンには確かに心があるし、生きてる。昨日のアンも、今日のアンも、明日のアンも、全て『同じアン』だよ」