11
「メーサ様にとって、この世界は悪夢ですか?」
アンは、今度は低く、慎重なトーンでそう言った。僕は、組んでいた腕を解いてから、
「よく分からない。これも僕には判断する材料が無いんだ。それに夢というものは、見ている間は分からないものだよ。でも資料で見た人間の時代と比べれば、こちらの方がはるかにましだとは思うよ」
と、正直に答えた。そうだ。この世界は誰も飢えない。戦争もなく、皆、意味を持って産まれてくる。
「そう言って頂けると、私も嬉しいです」
アンは、そう言うとまた微笑んで見せた。そして、続ける。
「話を戻しますが、私たちは夢を見ません。しかし睡眠は取ります。人間と同じで多くの情報を整理したり、蓄積された疲労信号を取り除くために。ベッドに潜って目を閉じ、睡眠、スリープモードに入るためのコードを頭の中で唱えると、次の瞬間には朝になっています。私たちは、睡眠を自覚することが出来ないのです。目が覚めて、外の様子や時刻を確認して、初めて自分が何時間眠っていたと分かるのです。多少頭がすっきりして、疲労信号が減少しているのを感じるだけ。まさに時間を吹き飛ばされたような気分です。他のアンドロイドやロボットの睡眠中の姿を見ても、本当に死んでいるみたいです。身動ぎ1つしない。実際に私達の意識はスイッチが切られて、先ほど言った作業に必要な機能だけが残ります。それは、人間で言う植物状態に少し似ているかも知れません。以前ご一緒に映像で見た、管で繋がれた植物状態の人間です。ですので、メーサ様を起こしに来た時、メーサ様が睡眠中もしっかりと生きているのを見ると、とても嬉しく思う反面、少し悲しい気持ちにもなります。ここまでは、以前にも何度かお話したことですね。……ここからは新しい話、私がまだメーサ様に見せていない一面です」
アンは、そこで一旦言葉を締めると、まるでギターの調弦をするように口もとを引き締めた。とても悲しい顔をしている。とても、とても。