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「メーサ様。夢を見るとはどんな感じなのですか? 以前にも何度かお聞きしたことはありますが」
アンは、続けて僕に質問した。僕は、胸の前で腕を組んで、右手で左肘の辺りの布をまさぐりながら答える。
「僕も何度か答えたと思うけど、全てがもやもやとしているんだ。まるでじっとりとした雨雲をお腹いっぱいになるまで飲み込んだように。意識も記憶も行動も全てが判然としない。と言うよりかは、ある人物、時には動物や植物、無機物の中に入り込んで、その中から夢の世界をぼんやりと、全てを忘れて覗いているような感じなんだ。もちろん僕自身の時もある。今朝はそうだった。僕が僕自身の中に入り込むって何かおかしいね。――夢の世界や僕を含めた全てのものの行動は不可解で、論理なんてものは存在しない。まるで小さな子供の落書きのように無茶苦茶に進んで、そしていつの間にかその夢の世界や、僕が入り込んでいた対象が全く別のものに変化しているんだ。まるで読んでいた小説を数ページ進めたら閉じて、またすぐ別の小説を開いたように。怖い夢も、まさにそう言った小説や映画を見ているような感じなんだ。それが何回か続いてついに目を覚ます。そして目を覚ましてから思い出すんだ。「僕はまた夢を見ていたんだ」って。明晰夢というものも1度見たことがあるけど、意識と記憶をその対象から奪い取っただけ。走りたいと思っても、その体はうまく言うことを聞かない。世界は変わらずぐちゃぐちゃに進み、変化する。夢から覚めた時、僕はほっとしたよ。どんな悪夢よりも怖かった。でも内容なんてほとんど覚えていない。何か朧気な感情の輪郭だけが、僕の中に残っているんだ」
でも、あの女の子の体温や手の感触だけは、まるで中度の擦過傷のような生々しい熱と感覚になって、今もなお僕の手に、左手にはっきりと残っている。
「そうですね。説明も纏まってなくて、なおさらよく分かります。――これも何度もメーサ様にはお話ししましたが、私達は夢を見ません。人間の夢を映像化したものを1度見たことはありますが、人間の頭の中には、小説の『不思議の国のアリス』よりもおかしく、狂った世界が存在しているという第三者的感想を持っているに過ぎません。1度見たら充分、たとえすぐに忘れるとしても、あれを毎日見るとなると本当に狂ってしまいそうです。頭から火花を出して」
アンは、言葉の最後に冗談を添えて、また微笑んで見せた。
「『家畜人ヤプー』と、どっちが狂ってる?」
「…………夢の方ですかね」
アンは、少し考えてから、そう答えた。
「メーサ様、あの小説は人間の9歳の少年が読むには、あまりに不健全過ぎる気がしますが」
「人間が僕しかいない世界に、不健全なんてものは存在しないよ。そういったものは全て芸術になるんだ。今のこの世界では」
「……確かにそうかも知れませんね」
アンは、また少し考えてから、そう応えた。