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プロローグ

 アニメのような人生が送りたかった。

 人生十人十色とか言うけど割と人生って決まってる気がするんだ。

 教育、教育、教育。義務教育が終われば高校入って女作るかどうかで多少選択は分かれるものの、そっからは大学オア就職。いい企業入ってたくさん金稼いで肝の座った女を選び安心を得る為に結婚。結婚後に子供作って家庭を得て家庭(安心)を維持する為に魂を削って社畜奴隷生活。


 いわゆるエスカレーター式人生。

 であるならまだいい。見えたのである、全てが。

 小竹あくた19歳は、ビルの22階屋上でフェンスの向こうに立って手鏡に映る自分の姿を見てため息をついた。


「そもそも女なんて生まれてこのかた話したこともねえ」


 そう、気付いたのだ。自分がレールから既に外れていたいわゆる負け組爆走中だってことに。

 あくたのプロフィールは一言で言うと、天涯孤独の社畜アニオタである。


 社畜でアニオタで天涯孤独なんて、プロフィールからしてアンバランス。ファミレスの罰ゲームでコーヒーとコーラと野菜ジュースをブレンドしたような、聞いた人が微妙な心境になる。でもこういうのこそわりとリアルにゴロゴロしている。

 幼い頃から家族がおらず、頼る人も友達もおらず、ずっと一人。


 高校で児童養護施設を出てからも暗いからという理由だけで友達は出来ず、誰も暗い理由なんて聞いてこないから話すことも同情されることもなく、世知辛い世の中を一人山に篭った山伏のように生きてきたから女と話す機会もなく、でも心身の鍛錬だけは出来ていたらしくあっさり二流の企業に受かり気付いたら社畜。


 そして気付いたら同僚も上司もコミュ力のないあくたを見限り追い出し部屋行き。

 アニメを見始めたのはそんな悲壮に暮れていた時だ。画面の中で踊る夢と希望に満ち溢れた美少女たちにあくたは没頭した。


 まだまだ駆け出しのユルオタだけど、稼いでも使うことのない給料の使い道がようやくできた。

 しかし、もうそろそろ通達が来る頃だった。リストラという名の死刑宣告が。


「はは、誰もこねーでやんの」


 この時間なら普通タバコを吸いに来たり、ちょっと駄弁り目的で屋上にはいつも誰かしらいる。既にラインで噂になっているのかもしれない。かもしれないというか、ほんの少し前にみた。同僚の携帯をちょっとお借りして中を。


 面倒くさいから関わんな。下手に話すとログが残る。うちは優良企業だからちょっとやそっとでイメージは変わらない。第一俺たちはあいつに何もしていない。ほっといても死ぬようなやつだ。会社の傷は最小限に。


 見えない圧をかけられて追い詰められて、でも実際彼らは何もしていない。確かに何もされていない。それが追い出し部屋。


「あ、最後に飯食ってくれば良かった」


 あくたがいたのは複合ビルだった。

 屋上が唯一見通せる隣の馬鹿でかいビルが重役のいる本棟で、あくたが今立っているのがおこぼれの仕事を預かる部署のビル。残飯処理という蔑称までついている。


 奴らはここを下界と称して目に入れるのすら嫌う風潮がある。

 そして運がいいのか悪いのか今は正午。太陽が丁度ガラス張りのビル壁に照射している。これではこちらを見づらい。同僚が心配して見にくるなんてこともない。


「はっ。アニメイズザベストインザワールド!」


 そしてそんなあくたが最後にたどり着いたアニメ。可愛い美少女。心優しい仲間と、美しい敵キャラ。

 あの世界に行けるなら命も惜しくない。

 手鏡をしまい反対の手で四つ折りのそれを開いた。


『準備はできましたか転生者様? これは自動筆記レターですのでリアルタイムで紙の内容が更新されていますから、前に書いた内容はもう消えています。しっかりと焼き付けて下さいね。それともおさらいします?』


 あくたは迷わずレターの裏にイエスと書いた。


『了解しました。では一昨日、あくた様が夜道の曲がり角で引いてしまった美少女の事は覚えてらっしゃいますね?』


 自分で美少女というからには相当なアニメ的美少女なんだろうと、判然としない彼女の顔を思い出しながら、昨夜はわりとそれで眠れなかった。人生初の女子と会話だった。しかも様付きときている。因みにあくたの自殺志願の最後のトリガーとなったのが彼女だ。


『私はあくた様の車にひかれ、この世界で命を散らしました。しかしそれは計算の内です。あくた様をあちらの世界に送る為の。レイコフという世界では1日に一人、転生ポータルから転生者を呼び込み、その世界の住民にします。住民となった暁には今あくた様のいる世界とこの世界とでいずれ起こる戦争の駒の一員にします。かの世界は他の異世界を全て滅ぼすことを目的として動き、生物を殺して吸い取った魂の数だけ強くなり、領土を無尽蔵に拡大させていきました。そうして最後に残ったこの世界。あくた様の世界に戦争を仕掛ける所存です』


 文字も文字の意味も上っ面だけなぞるように、さほど頭には入ってこない。

 ヒューと吹く風に足を取られないように、フェンスを掴む手に力を込める。

 まだ話が終わってない。

 と言う事は準備もまだ、と言う事だ。

 ここで死んだら無駄死に。元々死ぬつもりだったのだけど。

 紙に勝手に文字が滑るように浮き出していく。


『危機を察知した我等が作り手、神は、私をこちらに転生させ、死と同時に神格位にあげ、つまり、神にして、この世界の最も感謝している者に転生の権利をわたせとお達しがありました。何故神がやらないのかは、恐らく神は最後の砦。陥落させられる前にスペアを用意したのでしょう』


 昨日見た文面がスルスルと浮かび上がる。なんでも良かった。人生をやり直せるなら何でも。

 仮にこれが怪しい宗教の陰謀かなんかだとしても、死ねる理由がある。なら死ねる。


『故に私はこれから私を殺して下さったあくた様に、任務を、思い出させてくれたあくた様に、忠誠を誓うと共に死後の手引きを行います。そして、あの世界で彼らの、味方の振りをして撹乱してほしいのです。あくた様は重要な撹乱の役目。ここまで昨日のおさらいです。そしてありがとうございました。準備が整いました』


 深呼吸。最後の世界の空気を吸い込む。するとまだ死んでないと言うのに走馬灯のようなものが浮かび上がってきた。


 空虚な人生。誰の為でもない自分のためだけに生きてきた人生。人間は誰かの為に生きている。無意識のうちにそんな心の支柱があるからまともに生きていける。そんな誰かはあくたにはいなかった。探したこともある。しかしついぞ見つからず、最後の最後に車で轢いてしまった被害者の少女が言った、


『ならばあなたはこれから今度こそ人の為に、為すべき事が出来たのです。人の為、いえ、私の為にこの世界を助けて下さい』


 という言葉が、これらの猥雑な話がもしかしたら本当の本当に本当の話なのでは、と妄想を抱くには充分すぎる、都合のいい言葉という、言葉の破壊力があった。理由は他にもある。


 少女がコンタクトしてきたのはあくたが先日夜道で少女を轢いてしまった翌朝の事だ。事故を起こした時間帯、起こした原因から介抱して救急車に同行して息を引き取るまでの経緯。あくたのプロフィールまでが細やかに並んでいるレターが郵便受けに入っていた。


 そのレターはどうも魔法でできているらしく、火をつけても燃えず、破れず、文字が勝手に消えたり浮き出したりする。もうそんなアニメみたいな世界があることはこれらの現象だけで充分信用に値する、と言えなくもない。


 やり直せる。もう一度。いや違う。

 こんな世の中きっと何度リトライしようが、ろくでもないに決まっている。妄想はあるが夢がない。妥協はあっても夢がない。絶望はあっても希望はない。

 だから。

 新世界へ。


「だってさ、今まで誰一人として、俺に言って来なかったんだぜ」


『私の為に』

『助けて下さい』


 空気の中を泳ぎながら、あくたは命がけのギャンブルの行く末ができることなら誰かの為に、である事を願った。



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