ゲームブック【外伝】(四十五頁目)
ゲームブック【外伝】(四十五頁目)
「えっ……誰?ちょっと怖いんだけど」
さやが言う。混乱しているのか。
「誰って、ふざけてる場合じゃないよ」
ミカさんに目配せするが、彼女は頭を横に振る。
「ステータスに異常はないわ、完全に。回復しているはず」
「記憶喪失!?」
さやは怯えた表情で、俺とノブを見る。ノブは片手にナイフを、もう片手にショットのグラスを持って立っている。完全なる不審者である。
「ちょっとややこしくなるから、男たちは出て行って!」
「ええ!?」
ミカさんの剣幕に、俺とノブ、そしてアルは部屋の外に追い出された。ノブになんでナイフ持っているのかと聞くと、レモンを切るためだそうだ。
しばらく彼女らの部屋の前で突っ立って待っていると、山本さんが遅れて現れた。どうやら今起きたらしい。
そしてまたしばらく四人でぼうっと待っていると、部屋の扉が静かに開いた。緊張のおももちで部屋に入ると、さやとミカさんがベッドに腰掛けて待っていた。
「えっと……」
「ちょっと、信じられないんだけど。さやの記憶から私たちのことが消えているわ」
「ええ!?」
アロロに続いてさやが記憶喪失。しかも二人とも、胸を一刺しされている。同一人物の犯行なのか。
「本当か?」
ノブの問いかけに、さやはこくんと頷いた。
「記憶が消えてるって、自分の名前もわからないの?」
「いやそうじゃないの。自分の名前も、職業も使える魔法なんかも全部覚えてる。でも、このゲームブックの世界で出会った人間のことがすっぽり記憶から消えているわ」
「出会った人間?」
そんな限定的な、都合の良い記憶喪失ってあるのか?
「そう。霞の塔をクリアしたことや、街の名前、そういう他のことは全部頭に入っているのに人の名前と顔だけが綺麗に消えている。もちろん私を含めて、この五人のことは綺麗さっぱりね」
ミカさんが言う。さやに視線が集まると、彼女はちょっと俯きながらも頷いた。
「これは事故じゃない。こんなことが続くなんてありえない。明らかに何者かが、記憶を消している。アロロさんも、さやも」
「だろうな」
俺の言葉にノブが同意する。
「下手人は……何者ですかな」
「さあな、でも少しは目処がついた」
そう言いながら、ノブが俺に向かって手のひらを机の上に置くように言った。
「なんで机に手を?」
「良いから、ほらよ!」
ノブの指示通り机の上に手のひらを置くと、あろうことかノブは持っていたナイフを逆手に持ち替えて俺の手のひらに突き立てた。
「うわああああ!?」
しかし、ナイフは皮一枚のところで止まっている。
「何するんですか!」
「いや、ほらプレイヤー同士は街の中じゃ攻撃できねえんだよ。体感してもらおうと思って」
「口で言えばわかるよ!」
めちゃくちゃびっくりした。慌てて手を引っ込めるが、たしかにダメージはない。
「例外は、例えば街の地下墓地。アレはダンジョンと繋がっていたからな、そこならプレイヤーの同士討ちもやれる。でもこんな街中で堂々と攻撃できるのは……」
「できるのは?」
「NPCでもなく、プレイヤーでもない。街の中で堂々と攻撃できるモノ。つまりモンスターの仕業って可能性が高い」
「モンスター!?」
「少なくとも、魔物である判定を持ってるヤツだ。単独犯かどうかはわからねえが、手を下したのはそうだ」
モンスターが街の中まで侵入してきて、記憶を消して回ってる?ヤバいでしょ!
「でも記憶を消すって……そんなことができる魔物がいるんですか。こんな街中に?」
「考えにくいわね。街の周囲の低級な魔物程度じゃそんなこと」
「霞の塔も攻略したから、ダンジョンの入り口も閉まってますよ……ん?」
ミカさんと俺の視線が合う。
「地下墓地?」
モンスターが存在できて、夜な夜な街に出てくることができる場所。ダンジョンは攻略済み、入り口は封鎖されている。そんな中でも、ダンジョンへのショートカットがつながっていたあの場所なら。
「出陣ですな」
ニヤリと山本さんの唇が釣り上がった。相変わらず目は笑っていない。