表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/52

ゲームブック【外伝】(四十一頁目)

ゲームブック【外伝】(四十一頁目)



ぐるりと石造りの城壁が街を囲っている。緑と、燻んだ石色で彩られた城郭都市。計画的に作られたそれは、上空から見ると綺麗な六角形を表していた。

その街の入り口、遥か高い青空の下で、一組の若者と鎧姿の男が何事か話をしている。


「私は騎士(ナイト)アロロ。この街、アローシアを守る騎士団長である!」


使い古された銀の、その味のある金属味の鎧をまとい、男はそう名乗った。

三人の若者のグループは、それぞれ剣を腰に下げ、杖を持ち、いよいよハロウィンの仮装の様相を呈している。

だが、彼らを笑う者はどこにもいない。この世界はゲームの世界なのである。草も木も、この風に乗って感じる葡萄(ぶどう)畑の匂いさえも、仮想現実で作られたものだ。

にわかには信じがたいが、人々(プレイヤー)は皆、とあるゲームに取り込まれた哀れな被害者なのである。


「騎士アロロさん。この街の地下にダンジョンがあると聞いたのですが」


甲冑に身を包んだ騎士然とした男に、三名のプレイヤーグループが声をかけた。甲冑の騎士はアロロ、騎士団と呼ばれる街を守る防衛隊の長の役割を与えられているNPCだ。


「そうだ。かつてダンジョンがあった。しかし、勇気ある戦士たちの働きによって、今はその口を閉じている」

「攻略済みってことか……どうする?」


鎖帷子(くさりかたびら)に身を包んだ男が言った。盾を背負っている大柄な人間だ。戦士のクラスだろうが、防御力を重視しているらしい。


「まだ日も高いし、次の街に移動しよう」

「そうだな。めぼしい交易品もないし、それが良いか」

「は、はい」


男二人に女一人のチームであった。


「戦士たちよ、気をつけて」


騎士(ナイト)アロロがそれだけ言って見送る。いくつもの古傷を残した銀色の甲冑が、お天道様の光を受けて輝いていた。

柱の陰からそれを見ていた少年。小さな身体に金色の髪、青い眼。彼もこの街のNPCである。


「……やっぱかっけえな、アロロさん。鎧を着てる時は」


アロロに憧れる少年、アルの視線を背中に受け、騎士アロロのマントが風になびいていた。



……



霞の塔と呼ばれる迷宮(ダンジョン)を突破してしばらくの時が経った。俺たちは次の迷宮攻略のために準備をしていた。ここは大きな川の恵みに支えられた水の街。あいも変わらず俺たちは五人でパーティーを組んでいる。


リーダーは俺、田中遊。魔砲剣士というレアな職業(クラス)火力(アタッカー)だ。

大魔法による召喚ができる魔法使いの風谷さや。水が良ければ酒が旨いとのたまう偵察者のノブ。人斬りが得意なちょっとヤバい戦士の山本さん。そしてパーティー唯一の常識人、賢者のミカさん。


大きな山場も超えて、さやとちょっと良い感じになるかな……なんて淡い期待を抱いていたが、なかなか現実はそうもいかない。

今日もなんとか二人で買い出しにと誘ってみたのだが。ロマンチックとは程遠い、どちらかと言えば食い倒れ。結局限界を超えて露店で肉まんを食べ尽くした帰り道、妙なものを見つけたのだった。


「ユウくーん、なんかいるけど……」

「見えてるよ、どうしたんだろ」


石畳が敷かれた大通りに、ボロ切れ……じゃなくて一人の少年が転がっていた。あたりを見回してみても、誰もいない。ただの迷子でもなさそうだ。


「もしもーし」


俺が何かアクションを起こす前に、さやは少年に駆け寄って声をかけていた。少年の安否を心配してのことだろう、なんて心優しいのだろう。


「もしもーし」


さやはうずくまっている少年の頭を、どこかで拾ってきた木の枝でツンツンしている。心……優しいのか?

ウッとうめいて少年が動いた時に、ツンツンしていた木の枝が彼の目に刺さった。


「ぎええっ!?」

「ちょっ、ちょっとさやさん!なんか刺さってるって!」

「えっ!?」


さやは木の枝を全力で放り投げて、さも何もしていなかった風の顔で少年に声をかけた。


「きみ、大丈夫?」

「うっ……なんだか目が痛いです」


よろめきながら少年が立ち上がった。


「目?ちょっと見せて、あー大丈夫。ちょっと赤いけど、たぶん花粉症とかだと思うよ」


しれっとスギ花粉に責任を押し付けながら、さやさんは少年が立ち上がるのを助けてやった。


「それで、なんで君はここで倒れてたんだ?」

「ぼくは……」


片目を抑えながらふらふら立ち上がると、少年は語り始めた。


「ぼくはアローシアから来ました。助けてくれる冒険者を探して!」


アローシア、アローシアは霞の塔のある街だ。俺たちが必死でクリアしたダンジョンのあるあの街。地下墓地のあるルルリリと死闘を繰り広げた例のあの街だ。


「うん、助けてくれるって?お金ないの?」

「いや、実は二日間何も食べていない……って、貧乏は貧乏だけど今それは関係ないよ!」

「そうなの?肉まんならあるけどなぁ」


そう言いながら、さやは肉まんを少年の目の前に持っていって左右に揺らす。少年はその肉まんを目で追った。


「……ごくり」

「欲しいかなー?肉まん欲しいかなー?」

「……肉まんください。お願いします」


少年はさやの肉まんの前に陥落した。



……



月明の兎亭、第二の街の新たな拠点である。

道端で拾った少年を座らせて、さやと一緒にお茶を飲んでいるところへ、ノブとミカさんのコンビが姿を現した。


「おっ昼間から酒か?良いな」

「違うよ!」


ノブの第一声に、間髪入れずに反論した。すでに酒の匂いを漂わせているノブと一緒にしないで欲しい。


「ほぉん、見慣れないガキを連れてるけど、どこで拾ったんだ」

「そこの大通りで、アローシアから来たんだって」

「ふぅん」


肉まんを頬張る少年を、ノブがジロジロと見定める。しばらくして椅子に腰掛けた。そのままノブが少年に問いかける。


「で、お前さんは誰なんだ?自己紹介くらいしても良いんじゃないか」

「ぼくは、助けてくれる冒険者を探して、アローシアから来たんだ」

「へぇ、何から助けるんだ?」

「殺人事件の犯人を追いかけてるんだ。それを手助けして欲しいんです」

「殺人事件!?」


思わず声がでた。まさかこのゲームブックの中の世界で、そんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。


「誰が殺されたんだ」

「それは……アロロさんです」

「アロロ、アロロねぇ」


ウーンとノブが目を瞑って何かを考える。しばらくしてパッと目を開くと、言った。


「NPCじゃねえかよ!」

「で、でも。大切な人なんです!」

「……はぁ、まぁ良いわ。それで、お前の名前と職業(クラス)は?」


ノブが続けて問いかける。なんだか刑事ドラマの刑事のようだ。酒臭いけど。


「ぼくはアル。職業(クラス)は……村人です」

「んー?村人……いや、ありえないだろ」


村人だと名乗るアルに、急にノブの視線が鋭くなった。


「ありえないって、職業差別やめようよー」


ふわっとさやが話に参加する。しかし、ノブは警戒心を隠そうともしない。


「いや、ありえないんだ。システム的にな。村人って言うのはNPC専用のクラスだ」

「じゃあアルはNPCなんでしょ?」

「いや、それもありえない。NPCは活動範囲が決まっている。アローシアのNPCなら、その周囲までだ。他の街にまで来られるはずがないんだよ」


パッとみんなの視線がアルに集まった。


「ぼくはNPCです、けど……」

「それに殺されたのはアロロだと言ったな。NPCは殺されてから一定時間経過すると再びPOPする。つまり生き返るんだ。それが殺人事件だと?馬鹿馬鹿しい、俺たちに近づいた本当の理由を話せよ」


さすが偵察者、しかも割と高レベル。昼間っから酒を身体に入れていることを除けば、百点満点の洞察力だ。


「おい。ミカ、千里眼で確認してくれ」

「もうやってるわ。でも、これ……本当にアルは村人。アローシアのNPCよ」

「は……?」


しんと言葉が止まる。


「本当にぼくはアローシアのNPCなんだ。そしてアロロさんの仇討ちを果たしたい、それだけが望みなんだ」

「いや……しかし。そんなことあるか?」


ウーンとノブは目を瞑ったまま、天井を見上げる。


「まぁ実際あるんだからしょうがないよね」


さやが言う。確かにその通りだ。


「アロロさんって本当に死んだのか?生き返っていない?」


アルがNPCだとしても、アロロはNPCだから死んだとしても生き返っているはずだ。


「生き返ってます。もう、今はアローシアにいます」

「じゃあ……」


いいじゃん?だめなのか。


「でも記憶が無いんです。役割として与えられた記憶はあるけど、ぼくのことは忘れてしまった……」

「うん」

「生き返るってなんですか?身体が戻れば良いんですか、記憶がなくなっても……ぼくはそんなの認めない。アロロさんの記憶を殺した、その犯人を見つけ出したい!ぼくを手伝ってください!」


ウーン。

みんなの視線が俺に向いた。


「リーダー、どうするよ?」

「助けてあげたら?」


ノブとさやが同時に言った。ミカさんは黙っている。どうしよう、見ず知らずのNPCを助けるって言ったってなぁ。


「これって何かのイベントって可能性ないですか?ゲームブックのイベントでNPCを助けろ的な」

「うん、いや。聞いたことねえなぁ」


ノブに一蹴される。


「でもまぁ良いよ。リーダーの判断に任せるわ、俺は。決めてくれよ」


ノブがそう言った。ミカさんは黙ってうなずく。さやは助けてやろうって顔だ。


「よし。じゃあ、アルを助けよう!アローシアの地下墓地事件の時、俺たちとアロロさんは一緒に戦った仲間だしね」


やったね、とアルと一緒になって喜ぶさや。ニッと唇を上げるノブ。そして軽く微笑んでいるミカさん。五人の気持ちが一つになったようだ。



ガチャリ。



扉の開く音。

皆の視線がそちらに向かう。


扉の先には、微妙に気まずそうな山本さんがいた。しまった、彼の意見を聞くのを忘れていた。山本さんはふっと口先だけで笑みを浮かべると、そのまま扉を閉めてしまった。


「山本さあーん!」




ズズ……



若き勇者達は、騎士の記憶を奪った者を探し出す事にした。街を飛び出した少年の心に従って、非道を行う者を見つけ出すのだ。

正義に燃える勇者達は、(ことわり)よりも心こそが重要になる瞬間があるのだと知っているからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。 主人公おなじなのになにゆえ外伝? と思いましたが、本筋のダンジョン攻略とはちがうわけですね。 殺人事件の調査がこんかいのお話でしょうか? ミステリーではまずだれかを殺せってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ