ゲームブック【外伝】(四十一頁目)
ゲームブック【外伝】(四十一頁目)
ぐるりと石造りの城壁が街を囲っている。緑と、燻んだ石色で彩られた城郭都市。計画的に作られたそれは、上空から見ると綺麗な六角形を表していた。
その街の入り口、遥か高い青空の下で、一組の若者と鎧姿の男が何事か話をしている。
「私は騎士アロロ。この街、アローシアを守る騎士団長である!」
使い古された銀の、その味のある金属味の鎧をまとい、男はそう名乗った。
三人の若者のグループは、それぞれ剣を腰に下げ、杖を持ち、いよいよハロウィンの仮装の様相を呈している。
だが、彼らを笑う者はどこにもいない。この世界はゲームの世界なのである。草も木も、この風に乗って感じる葡萄畑の匂いさえも、仮想現実で作られたものだ。
にわかには信じがたいが、人々(プレイヤー)は皆、とあるゲームに取り込まれた哀れな被害者なのである。
「騎士アロロさん。この街の地下にダンジョンがあると聞いたのですが」
甲冑に身を包んだ騎士然とした男に、三名のプレイヤーグループが声をかけた。甲冑の騎士はアロロ、騎士団と呼ばれる街を守る防衛隊の長の役割を与えられているNPCだ。
「そうだ。かつてダンジョンがあった。しかし、勇気ある戦士たちの働きによって、今はその口を閉じている」
「攻略済みってことか……どうする?」
鎖帷子に身を包んだ男が言った。盾を背負っている大柄な人間だ。戦士のクラスだろうが、防御力を重視しているらしい。
「まだ日も高いし、次の街に移動しよう」
「そうだな。めぼしい交易品もないし、それが良いか」
「は、はい」
男二人に女一人のチームであった。
「戦士たちよ、気をつけて」
騎士アロロがそれだけ言って見送る。いくつもの古傷を残した銀色の甲冑が、お天道様の光を受けて輝いていた。
柱の陰からそれを見ていた少年。小さな身体に金色の髪、青い眼。彼もこの街のNPCである。
「……やっぱかっけえな、アロロさん。鎧を着てる時は」
アロロに憧れる少年、アルの視線を背中に受け、騎士アロロのマントが風になびいていた。
……
霞の塔と呼ばれる迷宮を突破してしばらくの時が経った。俺たちは次の迷宮攻略のために準備をしていた。ここは大きな川の恵みに支えられた水の街。あいも変わらず俺たちは五人でパーティーを組んでいる。
リーダーは俺、田中遊。魔砲剣士というレアな職業の火力だ。
大魔法による召喚ができる魔法使いの風谷さや。水が良ければ酒が旨いとのたまう偵察者のノブ。人斬りが得意なちょっとヤバい戦士の山本さん。そしてパーティー唯一の常識人、賢者のミカさん。
大きな山場も超えて、さやとちょっと良い感じになるかな……なんて淡い期待を抱いていたが、なかなか現実はそうもいかない。
今日もなんとか二人で買い出しにと誘ってみたのだが。ロマンチックとは程遠い、どちらかと言えば食い倒れ。結局限界を超えて露店で肉まんを食べ尽くした帰り道、妙なものを見つけたのだった。
「ユウくーん、なんかいるけど……」
「見えてるよ、どうしたんだろ」
石畳が敷かれた大通りに、ボロ切れ……じゃなくて一人の少年が転がっていた。あたりを見回してみても、誰もいない。ただの迷子でもなさそうだ。
「もしもーし」
俺が何かアクションを起こす前に、さやは少年に駆け寄って声をかけていた。少年の安否を心配してのことだろう、なんて心優しいのだろう。
「もしもーし」
さやはうずくまっている少年の頭を、どこかで拾ってきた木の枝でツンツンしている。心……優しいのか?
ウッとうめいて少年が動いた時に、ツンツンしていた木の枝が彼の目に刺さった。
「ぎええっ!?」
「ちょっ、ちょっとさやさん!なんか刺さってるって!」
「えっ!?」
さやは木の枝を全力で放り投げて、さも何もしていなかった風の顔で少年に声をかけた。
「きみ、大丈夫?」
「うっ……なんだか目が痛いです」
よろめきながら少年が立ち上がった。
「目?ちょっと見せて、あー大丈夫。ちょっと赤いけど、たぶん花粉症とかだと思うよ」
しれっとスギ花粉に責任を押し付けながら、さやさんは少年が立ち上がるのを助けてやった。
「それで、なんで君はここで倒れてたんだ?」
「ぼくは……」
片目を抑えながらふらふら立ち上がると、少年は語り始めた。
「ぼくはアローシアから来ました。助けてくれる冒険者を探して!」
アローシア、アローシアは霞の塔のある街だ。俺たちが必死でクリアしたダンジョンのあるあの街。地下墓地のあるルルリリと死闘を繰り広げた例のあの街だ。
「うん、助けてくれるって?お金ないの?」
「いや、実は二日間何も食べていない……って、貧乏は貧乏だけど今それは関係ないよ!」
「そうなの?肉まんならあるけどなぁ」
そう言いながら、さやは肉まんを少年の目の前に持っていって左右に揺らす。少年はその肉まんを目で追った。
「……ごくり」
「欲しいかなー?肉まん欲しいかなー?」
「……肉まんください。お願いします」
少年はさやの肉まんの前に陥落した。
……
月明の兎亭、第二の街の新たな拠点である。
道端で拾った少年を座らせて、さやと一緒にお茶を飲んでいるところへ、ノブとミカさんのコンビが姿を現した。
「おっ昼間から酒か?良いな」
「違うよ!」
ノブの第一声に、間髪入れずに反論した。すでに酒の匂いを漂わせているノブと一緒にしないで欲しい。
「ほぉん、見慣れないガキを連れてるけど、どこで拾ったんだ」
「そこの大通りで、アローシアから来たんだって」
「ふぅん」
肉まんを頬張る少年を、ノブがジロジロと見定める。しばらくして椅子に腰掛けた。そのままノブが少年に問いかける。
「で、お前さんは誰なんだ?自己紹介くらいしても良いんじゃないか」
「ぼくは、助けてくれる冒険者を探して、アローシアから来たんだ」
「へぇ、何から助けるんだ?」
「殺人事件の犯人を追いかけてるんだ。それを手助けして欲しいんです」
「殺人事件!?」
思わず声がでた。まさかこのゲームブックの中の世界で、そんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。
「誰が殺されたんだ」
「それは……アロロさんです」
「アロロ、アロロねぇ」
ウーンとノブが目を瞑って何かを考える。しばらくしてパッと目を開くと、言った。
「NPCじゃねえかよ!」
「で、でも。大切な人なんです!」
「……はぁ、まぁ良いわ。それで、お前の名前と職業は?」
ノブが続けて問いかける。なんだか刑事ドラマの刑事のようだ。酒臭いけど。
「ぼくはアル。職業は……村人です」
「んー?村人……いや、ありえないだろ」
村人だと名乗るアルに、急にノブの視線が鋭くなった。
「ありえないって、職業差別やめようよー」
ふわっとさやが話に参加する。しかし、ノブは警戒心を隠そうともしない。
「いや、ありえないんだ。システム的にな。村人って言うのはNPC専用のクラスだ」
「じゃあアルはNPCなんでしょ?」
「いや、それもありえない。NPCは活動範囲が決まっている。アローシアのNPCなら、その周囲までだ。他の街にまで来られるはずがないんだよ」
パッとみんなの視線がアルに集まった。
「ぼくはNPCです、けど……」
「それに殺されたのはアロロだと言ったな。NPCは殺されてから一定時間経過すると再びPOPする。つまり生き返るんだ。それが殺人事件だと?馬鹿馬鹿しい、俺たちに近づいた本当の理由を話せよ」
さすが偵察者、しかも割と高レベル。昼間っから酒を身体に入れていることを除けば、百点満点の洞察力だ。
「おい。ミカ、千里眼で確認してくれ」
「もうやってるわ。でも、これ……本当にアルは村人。アローシアのNPCよ」
「は……?」
しんと言葉が止まる。
「本当にぼくはアローシアのNPCなんだ。そしてアロロさんの仇討ちを果たしたい、それだけが望みなんだ」
「いや……しかし。そんなことあるか?」
ウーンとノブは目を瞑ったまま、天井を見上げる。
「まぁ実際あるんだからしょうがないよね」
さやが言う。確かにその通りだ。
「アロロさんって本当に死んだのか?生き返っていない?」
アルがNPCだとしても、アロロはNPCだから死んだとしても生き返っているはずだ。
「生き返ってます。もう、今はアローシアにいます」
「じゃあ……」
いいじゃん?だめなのか。
「でも記憶が無いんです。役割として与えられた記憶はあるけど、ぼくのことは忘れてしまった……」
「うん」
「生き返るってなんですか?身体が戻れば良いんですか、記憶がなくなっても……ぼくはそんなの認めない。アロロさんの記憶を殺した、その犯人を見つけ出したい!ぼくを手伝ってください!」
ウーン。
みんなの視線が俺に向いた。
「リーダー、どうするよ?」
「助けてあげたら?」
ノブとさやが同時に言った。ミカさんは黙っている。どうしよう、見ず知らずのNPCを助けるって言ったってなぁ。
「これって何かのイベントって可能性ないですか?ゲームブックのイベントでNPCを助けろ的な」
「うん、いや。聞いたことねえなぁ」
ノブに一蹴される。
「でもまぁ良いよ。リーダーの判断に任せるわ、俺は。決めてくれよ」
ノブがそう言った。ミカさんは黙ってうなずく。さやは助けてやろうって顔だ。
「よし。じゃあ、アルを助けよう!アローシアの地下墓地事件の時、俺たちとアロロさんは一緒に戦った仲間だしね」
やったね、とアルと一緒になって喜ぶさや。ニッと唇を上げるノブ。そして軽く微笑んでいるミカさん。五人の気持ちが一つになったようだ。
ガチャリ。
扉の開く音。
皆の視線がそちらに向かう。
扉の先には、微妙に気まずそうな山本さんがいた。しまった、彼の意見を聞くのを忘れていた。山本さんはふっと口先だけで笑みを浮かべると、そのまま扉を閉めてしまった。
「山本さあーん!」
ズズ……
若き勇者達は、騎士の記憶を奪った者を探し出す事にした。街を飛び出した少年の心に従って、非道を行う者を見つけ出すのだ。
正義に燃える勇者達は、理よりも心こそが重要になる瞬間があるのだと知っているからだ。