ゲームブック(三十九頁目)
ゲームブック(三十九頁目)
拡散したビームの残骸、光の粒子が風に乗る。あちらこちらでは黒煙が上がり、怒号が飛び交っている。直撃によって壊滅しなかったとは言え、二度にわたる女王の魔法は攻略班に甚大な被害を与えていた。
まるで地獄だ。
揺らめく大地と空との境目を眺めながら、そう思った。
突然、それがそうであるのが当然だと言わんばかりに、ふわりと影の天使が空に浮かび上がった。
下界を見る彼の目には、この惨状がどう映ったのか。のっぺりした黒い表情は微笑んでいるようにも見える。
慈悲か愉悦か。
天使が翼をひるがえす。闇を切る梟のように音を立てずに飛翔した。
女王の両の手が迎撃に掴みとろうとする、しかしそれはするりとすり抜けた。
天使は、ふっ、ふっと陽炎のように姿を歪ませて直進する。しっかとそこに存在し、空を駆ける影の姿を、なぜか目で追えない。女王も困惑しているのか、唸り声を上げながら腕を振るうが、全ては空を切る。
すとんと重さを感じさせない足取りで、天使は女王の右肩に降り立った。それはまさに眼前、至近距離である。影の目と、女王の巨大な眼球の視線があう。
彼はそのまま突き出した手のひらを天に向け、握るような仕草をした。
見えないなにかがその手の内側に、吸い込まれて行く。直後、女王の右腕が力を失い脱力した。
あの強大なボスが、迷宮の女王が。触れもせずに片手を失ったのだ。固唾を呑んで見守っていた人間達が、「おおお!」と声を上げる。
しかし……。
「まって、なにかおかしい!」
すぐそばでミカさんの声。
戦いの行く末を見ていた者達にまで、天使の魔の手は広がった!女王に近い者から、目に見えない何かを奪われ、倒れていく。
「ぐおっ!」と短い呻き声。可哀想に、撃墜のダメージからようやく立ち上がった博士は再び倒れた。
「ちょっと!無差別じゃん!さや!?」
ぱっとさやの方を見るが、視線を逸らされた。遠くの方で、再びうめき声が聞こえる。
「影を止めて!やばいって!」
知らんふりはできない事を悟ったさやが口を開いた。ストレスからか、無意識に失った髪を触ろうとしている。
「いや、それは無理。あの力は人間の手では制御できない……かも」
「ええ!?」
「だってボスがビーム出してたじゃん?もうそれしか無かったって!」
「そうだけども」
俺たちは何も出来ずに、女王の方を見る。
そこに、ちょうど賢者をありったけ集めてノブが合流した。
「どうなってる?」
「私の召喚魔法が活躍してるんだけど、卑劣な女王の魔法でみんなが……!」
さやが迫真の真顔でそう言った。
えっ?というような顔で俺とミカさんがそれを見る。「ぐぁああーっ!」と、そこに響く博士の声。
「くそっ!女王はドレイン系の魔法まで使いやがるのか!」
「……」
「……」
「……」
「と、とにかく。俺にMPを下さい!」
ミカさんを含む賢者軍団に指示を出す。素早くそれに応えてMPを供給し始めた。ぐんぐんと、限界を超えて体内に魔力が蓄積されていくのが分かる。このペースなら!
「最前線のみんな、持ちこたえてくれ!」
そう叫んだ。
女王の肩の天使が、こちらを見た。その時、どこからともなく出現した二匹の蛇が影の天使を縛り上げた。身体が鎖になっている。その姿は生き物というよりも、神がそうあれかしと創造した道具のようだ。
理屈はわからないが、影の天使は翼を失いドレイン攻撃(?)が無くなった。
同時にどこからともなく大勢のヒトガタの影が出現する!
「敵!?」
「いやこれは、社蓄隊!来てくれたんだ!」
「ええっなにそれっ!?」
ぞろぞろと現れたそれらは、色々な姿カタチをしている。武器を携えた者、両腕の無いシルエット、大きなヒトガタの機械らしきもの、背中の曲がっているのから、小さな子供まで!
軍隊というよりは一つの村、町、社会。いや小さな世界の縮図である。彼らは同時に駆け出した。彼らの大将の下へ。
『ガアアアアアアアッ!!』
呪縛から解き放たれた女王が、暴れ始める!
振り回された腕に、無造作に吹き飛ばされていく社蓄隊と、攻略組。そして博士。
ガァン!
頭から血を流し、満身創痍で立ち上がったガリオスが暴れ狂う女王を受け止める!
「ぬあああっ!いってくれ!!」
その隙を埋めるように四方から火球が飛び込んだ!攻略組だけではない、影の社蓄隊からの火力支援だ。弾幕となったそれらは、爆炎の塊を生み出し熱風が吹き荒れた。たまらず昆虫部の脚を折り曲げ、片膝をつくような体制になる。
脇の下を潜り抜けて、四つ足で切り込むもの。間隙を突いて走り抜けるもの。プレイヤーと影の社蓄隊が目的を一つにした。
守りを抜いた戦士達は昆虫のような足を巨大な腕を、斬り裂き、突きえぐる!
まるで巨大な虫に群がるアリの集団だ。一つ一つは取るに足らない傷でも、多く集まれば致命となり得る。
「押し切れっー!!」「殺せーっ!!」
口々に叫び声を上げながら女王に殺到する。
その時、胸部に埋まっているルルが口を開いた。
「物理障壁」
聞き慣れたその詠唱。カァン!と甲高い音で戦士達の武器が弾かれる。
『黒キ光ヨ』
そして三たび発現する破壊魔法。女王を中心に、再び魔方陣が展開された!
『不死ノ王タル我ガ威ヲ示セ』
かぱりと、音を立て巨大な顎門が開かれた。
光の粒子が集中していく。
「ユウ、まだ!?」
「まだっ……まだ足りない!もう少しで!」
「間に合わねえよ!」
その時、未だ女王の肩に乗ったままの翼を失った天使が、トコトコと歩いてぱっくり間抜けに口を開けたその顔を、鈍器で殴る。が、止めきれすビームが射出された!
ゴオオオオオオオオオオッ!!
ほんのすこしの衝撃だが、頭部を僅かに揺らしたことで威力が減衰される。同時に照射されるビームから、盾になるようにヒトガタのロボットの影が立ちふさがった。装甲が光に呑まれ溶けていく!
間に合うか!?
準備が整った!
「良し行くぞッ!!」
攻略組全てのMPを乗せた、魔法剣。
導きの剣を両手で天にかざした。パチパチと青白い火花が散り、剣が爆ぜた!
魔法剣と実体剣が、粒子レベルで融合し、新しい形を表す。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
その時、巨大な光剣が出現した。いや、もはや光の柱だ!雲を引き裂き、天を貫く光の柱。あふれんばかりの魔力の渦が、全長1000メートルにもなる一本の柱となったのだ!
「ギガッフラム…ベルジュ!!」
剣と言うにはあまりに規格外なエネルギーの塊を、全ての力を持って振り下ろす!目標は女王アリ!
「ソオオオオオォォォーーーッド!!!」
「ユウくんいっけええーーー!」
「やっちまえーっ!」
口々に絶叫する。未だビームを射出しているそれに向かって、「真っ向勝負」だ!
ゆっくりと振り下ろされるギガフラムベルジュと女王のビーム。光の奔流がぶつかり合い、視界が全て白く染まった!
世界が軋む。
上も下もわからない。
音にならない音。なにも聞こえず、なにも見えない。ただ、両手の手のひらに確かな手ごたえを感じた。