ゲームブック(三十六頁目)
ゲームブック(三十六頁目)
「物理、しょう、へ……っぐ!」
ルルが拒絶の魔法を言い終わる前に、ガリオスによって掴んだ襟首を持ち上げられた。同時に首が絞まったようで、詠唱は中断される事になる。右手一本で人は持ち上がるんだな。
「少し眠って貰うぞ」
「ぐ、ぐく……」
「おのれ!姉さんを離せ!」
黒白仮面の方、リリが焦った様子でガリオスに迫った。冷静な判断力を失っているのか、魔法使い自ら戦士に近づくとは。ガリオスは無造作に振るった左手の盾で、リリを簡単に弾き飛ばす。
ガッ!
仮面に一撃を入れられて、後ろに仰け反った。しかし、ネクロマンサーは倒れずに再び元の位置に戻る。
「離せ……離せ……!」
細い体のどこから声が出ているのか。少女のような声は変質し、低いくぐもった声がリリの方から聞こえて来た。黒白の仮面が割れ、合間から素顔が覗いている。
「!」
それを見て驚いた。
その顔面は半ば崩れ、眼球のあるべき部分にはぽっかりと開いた空洞がある!こぉぉと不自然な声のような音が、その空洞から漏れている。
「ゴァァァァッ!!」
「何……!?」
顎が外れたかと思うような大きく開いた口。そこから雄叫びをあげて飛びかかる!そのスピードは人間のものではない。一瞬の隙を突かれたガリオスの手から、ルルが連れ戻される。
「姉さん!」
「かはっ……ぐっ。はぁ、はぁ」
ルルはよろめきながらも自らの足で立ち、こちらに向けて殺気を放っている。手負いのガリオスが、こちらまで下がって俺と合流した。ミカさんが急いで治癒魔法をかける。ヒルラの緑の光に包まれて、急速に傷が癒えて行く。
「ガリオスさん?リリはゾンビ、モンスターなのか!?」
「いや、あの姉妹はこちらに来た時から知っている。魔法使いのプレイヤーとして参加していたはずだ」
「でも、あの顔は」
「そうか、いや。まさか……!」
ガリオスはぶつけるように二人に声をかける。
「ルル、お前は。妹に不死の魔法を使ったというのか!」
その問いに対して沈黙したかと思うと、次の瞬間ルルが叫んだ。
「不死の魔法だと?不死の魔法などあるものか!不完全だ!不完全だ!不完全だ!不完全だ!不完全だ!」
彼女達は仮面を脱ぎ去った。ルルは右目が、リリは左目が赤く光っている。整った顔立ちのルルと、まるで半分齧られたゾンビのようなリリ。対照的な二人。
「本当に不死の方であるならリリは……だから。この世界を終わらせる訳にはいかない」
そう言うやいなや、再び地面より骨棘を生み出してきた。どうやら彼女達にも何か、ゲームクリアを邪魔するだけの理由があるらしい。
真っ直ぐ接近する棘の波を、一歩前に出たガリオスが盾で受け止める。
ガァン!
火花を散らし、槍が砕けた。
「終わらない物語などない、時間は流れている」
「正論のように聞こえる言葉を使えば良いと思っている。気に入らないんだ、人には心があるだろう!」
「そちらの理屈だけではないか!」
ガリオスが槍衾に真正面から突撃して接近して行く。それに対して、ネクロマンサー達は手を繋いで一かたまりになり、後ろに下がりながら、次々と新たな槍を生み出す。
かなりの速度で目まぐるしく動き回る三人に、俺とミカさんは置き去りにされた形になった。
「……」
「……」
ゴォン、ゴォンと音を立てながら戦場が移動して行く。
ちらりとミカさんが俺を見る。まるで、「お前は行かなくて良いのか?」とでも言いたそうな視線だ。被害妄想だろうか。
いや、だって。
俺のレベル7だし、ガリオスは20だろ。無理じゃないか?足手まといになるだろう。
ズズズズ……
若き勇者は、勇敢さと知恵を試されている。
君は指をくわえて見ていても良いし、自分に出来ることを探しても良い。
……
おいおい、出来ることってあるのか。剣の距離まで近づいたら、あの密度の槍で串刺しだぞ。
「でも、何もしない訳にはいかないよな」
自分を説得するように呟いて、一歩を踏み出した。