ゲームブック(三十頁目)
ゲームブック(三十頁目)
駆け抜ける二つの足音。
全力疾走しているが、魔法剣士の脚力を持っても、博士を追い抜くことは無かった。
というか、見失わずついて行くので精一杯だ。
真っ暗闇で、視界が悪い中を走るのは勇気がいる。しかし、少し前方を走る彼の背中からは、恐怖だとか躊躇というものを感じない。訓練すればそうなるのだろうか。
これは経験の差か、レベル差か。錬金術師に脚力で負けるなんて。そんな事を考えていると、彼はガッと音を立てて足を止めた。
流れるような動きでピンポン玉くらいの金属球を取り出し、そのまま前方に向けて投擲する!
ボンッ!
一瞬遅れて、ぱあっと辺りが光に包まれる。どうやら、照明の魔法が込められていたようだ。
照らし出されたのは、真っ黒な黒装束に骸骨を模した仮面を被ったヒトガタ。予想通り上級忍者と呼ばれるモンスターだ。
闇に隠していた姿を、白日の下にさらされた忍者は一瞬たじろいだ。博士はそのスキをついて、担いでいた小銃を取り出して手慣れた動きで発砲する。
ドォン!!
忍者の上半身が火炎と共に吹き飛ぶ。下半身も膝をついて倒れた。隣に立ち、たずねる。
「やったんですか?」
「いや、手応えがない」
素早くボルトハンドルを動かし、排莢と次弾の装填を行いながら博士が答えた。
やったかと聞かれたら、やっていないのは世の常である。フラグを立てた俺が悪いのか。
黒焦げになった忍者の残骸の後ろに、もう一体。そして……。
忍者がぼそぼそと何か言ったかと思うと、その身体が二人に増えた。
「ええ!?」
「影分身だ、来るぞ。身を守れ!」
その声に呼応するように、二人の忍者が左右に分かれて駆け寄ってくる。四足の獣を思わせるような低姿勢とスピード。瞬く間に彼我の距離が失われる。
シィィッ!!
奴の声か、風を切る音か。それが耳に届く頃には眼前。
「フラムベルジュッ!」
ほかに選択肢の無い俺は、初手から切り札を切った。右手から発生させた炎の光剣。
喉元目掛け振るわれた刀を、それで打ち払った!
一合。
刃を合わせると、忍者はそのまま後ろに引き下がった。目で追えない動きでは無い、剣は大したことないな。そう思った時。
「痛っ!」
右手に激痛。
目線を落とすと、見慣れない黒い金属のトゲが、手の甲を貫通していた。
やられた、さすが高レベル忍者は汚い。間合いを取ったまま、睨み合いになる。
すぐ傍では、博士はいつのまにか小銃に取り付けていた銃剣で、忍者と打ち合っている。
さすがに劣勢になっているようで、援護に行きたいが……。
目線を前に戻すと、その瞬間忍者が消えた。いや消えたのでは無い、低い姿勢から突きを放って来たのだ。
シィィ!
再度喉元に伸びる忍者刀。二度も同じ手を食うと思うなよ!その刀にフラムベルジュの刀身を接触させた瞬間、魔法剣に思いっきりMPを込めた!
カッ!と、ひときわ大きな閃光を放ち、火花が散る。そして奴の刀にも、その光が伝わっていく。異常を察したのか、すぐにそれを引っ込めて間合いを離す忍者。
「だがもう遅い!」
ぼうぅっと奴の手の刀が、炎を上げた。熱と火炎に堪らずそれを取り落とす。「フラムベルジュ」はつるぎの形をした魔法そのものだ、接触すると言うことは、魔法の直撃を受けているに等しい。
狼狽える忍者に向かって、今度はこちらから間合いを詰め、上段から全力で振り下ろした。
「おああああっ!!」
ドンッ!盾の代わりか突き出して来た右手を切り落とした。そしてそのままの勢いで、上半身を肩口から縦に裂いた。両断とはいかなかったが、致命傷であるのは間違いない。そのまま後ろに倒れた。忍者の傷口から炎が上がる、丁寧な火葬のサービス付きだ。手間が省けたな。
「博士は?」そう思って振り向くと、右手から意図せずフラムベルジュが消滅した。それと同時にめまい。
がくりと膝をついてその場にへたり込む。身体が細かに震えて、力が入れられない。
嫌な予感がして右手を見ると、これでもかと言うくらい紫色の斑点が出ている。わかりやすい、これは毒だな。どうやらあの忍者の武器に毒が塗られていたらしい。
そのまま地面に倒れ伏した。
立ち上がる事も、声を出すことも難しい。今できるのは声を出さない応援くらいだ。
(頑張れ博士!頑張れ!)
その時。
カァン!
心の中の応援も虚しく、博士の銃剣が弾き落とされる。仮面の下の忍者の顔が歪んだように感じた。小さく博士が舌打ちする。
「ダメか」
ぼそりと呟いた。
その好機と捉えたのか忍者は、駄目押しとばかりにもう一度何かを唱えた。奴らは再び二体に増える。どうなっているんだ影分身、強すぎないか。
シィィ!
また左右二手に分かれて、挟み撃ちをする形で向かって飛びかかっていく。迎え撃つは、もはや手ぶらの博士。
二つの刃が、その無防備な首に接近した瞬間。
カキンッ!
金属の軽い音。振るわれた刀は目的地に届く寸前、博士の首の目前で受け止められた。そう突如現れた金属のアームによって。
キリキリキリ……パキンパキン。
アームに万力のような力が加わり、簡単に砕ける二つの刃。
細い重機のアームのような。ゲームセンターのキャッチャーを思わせるようなデザインのそれらは、博士の背中に背負ったランドセルと呼ばれる背嚢から生えていた。
「接続完了」
無造作に振るわれた長い金属の腕が、彼の周りの忍者たちを薙ぎ払う。それを受けた腕が奇妙な方向に曲がり、そのまま吹き飛んでいった。
土煙を上げて、地面を転がる忍者。痛恨の一撃にも思える。
しかし、奴らは何事も無かったかのように立ち上がり、自らを攻撃した腕を見据えた。
そんな忍者達の仕草を歓迎するかのように、博士は手を広げて告げた。
「で、あれば。攻守交代だ」
ぞるり。
背中のランドセルから生え出た腕は三対、計六本の金属腕が昆虫の脚のように蠢き始める。そして、どこからともなくそれぞれの腕が魔法小銃を取り出し構えた。背中から生える六本の腕全てが、忍者達に照準を合わせる。一射で上半身を吹き飛ばす程の威力がある、それが六梃。
「八ツ首竜の咆哮」
ドォン!!と轟音、そして閃光。
動く暇も、断末魔を上げる時間も無い。
全く同時に放たれた弾丸は、空を切り裂いて上級忍者をそれぞれ同時に撃ち抜く。着弾後、ほんの一瞬遅れて炸裂し、奴らをソフトボールより細かい肉塊に分解した。
まさに木っ端微塵。
その見事な戦いの一部始終を、俺は地面に転がったまま観戦していたのだった。
そして、じわじわと毒が回っているのか、動く部位が少なくなってきた。
「ぱくぱくぱくぱく……」
辛うじて動く口を、動かして救護を求める。
アームをランドセルに収容しながら、地面に寝ている俺を認めた博士が声をかけてくれた。
「もう寝ているのか?」