第7話!
「…………。……今回だけなら、僕の体内魔力を使って構わないです」
「え?」
「僕の得意属性は『闇属性』と『土属性』。お前とも、王とも相性は良いはずです。『八竜帝王』最強の王……『闇翼のウィノワール』…………邪竜討伐にお力をお借りしたい」
『構わぬが、余はミスズとしか契約する気はないぞ』
頑な!
私なんかのなにが気に入ったの〜!?
……えーと、つまり、だから……魔力問題もクリア?
…………このままじゃティルも時間の問題だし、こっちにはユフィとエルフィの動かせない重傷患者もいる。
邪竜を倒せる力があるのは……『八竜帝王』のウィノワールだけ。
なら、迷ってる暇はない。
「分かったわ! あなたと契約する! お世話係になるわ! だから、邪竜をやっつけてくれない!?」
『うむ、任せるが良い』
自信満々! 頼もしい!
「で、契約ってどうするの?」
『手を出せ。どちらの手でも良いぞ』
手。
……ティルと仮契約した時のように、差し出した右手に小さな口がちょこんとキスをする。
そこから生まれた小さな黒い光が輪になり、手の甲へと収束していく。
そして、それは闇の紋章になった。
ただティルの時とは違い、闇の紋章は私の皮膚に溶けるように消えてしまう。
これで契約終わり?
『そして叫べ、其方の名前と余の真名を』
「その前に」
「!」
ハーディバルが突然私の手を掴む。
え、え!?
慌てる私を他所に、冷静に「魔力を渡す」と言い放たれる。
……そ、そうだった、私を媒体にして魔力をウィノワールへ渡すんだったわね。
「あ、ありがとね……」
「いや、こちらこそ」
「え……」
「……巻き込んだのはこちらだからな……」
「……あ、そういう……」
「?」
「な、なんでもないわ」
あれ? 私、今何を期待したのかしら?
なんで落ち込んでるの? 私……。
うっ! ハクラの眼差しか不審がってる!
なんでもない、なんでもない!
「えーと……ハクラはなんて言ってたっけ?」
「ミスズの名前なんだっけ、フルネーム」
「水守みすずよ」
「ならこうかな。ミスズ・ミモリが新たなる契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! ……真名は……ミスズ知ってるの?」
「うん」
うわー、すっごい魔法使う感じの呪文!
ひゃあっほーい!
ちょっとワクワクしてきたわー!
「よーし! かっこよく決めるわよー!」
「……この状況でなんて呑気な」
「ミスズ・ミモリが新たなる契約に基づき願い奉る! 汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! ダークヴァール=ウィノワーーール!!」
ハーディバルの冷静なツッコミが耳に届いたが無視した。
だってせっかくの魔法っぽい呪文なんだもの。
調子に乗って右手を掲げると、なんか正解のように漆黒の紋章が天に浮かび上がった。
小さな黒いドラゴンが、天空の紋章へと飛び上がるとそれをすり抜ける。
途端に、あのかわいいサイズがコロシアムの広場サイズになって登場した。
私を助けてくれた、あのドラゴンだ。
金と銀の瞳、漆黒の鱗、長い尾、闇の翼。
力強い咆哮に邪竜が反応して、おぞましい咆哮で応じた。
体の大きさはやはり大人と子ども。
でも……
ウィノワールの闇の翼が黒く輝く。
なんて綺麗なの……。
その輝きが背中から首、首から口へと吐き出される。
同じく口からどす黒い光線を吐いた邪竜。
その光線は、ウィノワールの闇の光でかき消される。
どういう事なのか、ウィノワールの闇色の翼はどこまでも広がって空を覆っていく。
闇の翼からはいくつもの細い光の柱が邪竜へと突き刺さり、消える。
痛みに叫ぶ邪竜。
ううっ、邪竜から噴き出した黒い靄がまた更にどえらい臭い……。
「すごい……あれが『闇翼のウィノワール』王……! 父さんが欲しがった力……!」
「……邪竜をまるで赤子のように……!」
私も呆気にとられた。
だって、本当に強い!
サイズはティルと同じくらいなのに……力は圧倒的。
あれが神竜の領域に達したドラゴンの王様……。
『八竜帝王』……『闇翼のウィノワール』!
私の、命の恩人。
あんな力があっても争いを好まないと言い、私を助けてくれたの。
『ゆくぞ、ニーバーナ!』
『ぼくはティルだよー、ウィノワールおにいさん!』
『そうであったな』
あまりにも圧倒的な力の差に、無茶苦茶に暴れ始めた邪竜。
ひええ、こっちまで石の瓦礫が飛んでくる!
ハーディバルがバリアを張ってくれるから被害はないけど、このままじゃ床が抜けるのも時間の問題だわ!
『パパ!』
「うん! トドメだミスズ! ハーディバル!」
「え! あ、お、おう! やってやるわ!」
「はいはい、もういくらでも持っていきやがれです」
私ただの中継基地だけどね!
左右に回り込む黒と白のドラゴン。
挟まれた邪竜は、どちらを迎え撃てば良いのか分からずただ大口開けて威嚇する。
その隙に、ティルとウィノワールの特大の火炎放射!
ドラゴンの醍醐味!
きゃー! 怪獣映画みたいなんだけどー!
……っていうか熱……熱風がこっちまでくる!
熱い! あつつつつつつっ!
臭いし熱いし地獄かっ!
ポツ。……ポツ、ポツポツ……。
……私の心の声が通じたかのように降り出した雨。
まさに天の恵み!
ウィノワールとティルが私たちのところへ戻ってくる。
小さいサイズに戻って、ウィノワールは私の胸に……ティルはハクラの腕の中へと飛び込んできた。
……寝てる。
「お疲れ様……ありがとう……」
抱き締めた。
私の小さな王様。
真っ黒に焦げた、邪竜の体。
首から上は、焼け落ちている。
伝説の末路……。
この程度の被害で済んだのはまさに奇跡なんだろうけど……やっぱり後味悪いわね……。
「チトセさん」
「?」
「…………ありがとう」
ハクラが明後日の方向にお礼言ってる。
どうしたどうした!?
「誰です?」
「ツバキさんのお兄さん。この雨はチトセさんの黒炎能力だよ。……ほら、俺たちは濡れてない」
「! 本当だ」
「ツバキ……王妃の? え! それでは……!」
王妃様のお兄さん?
…………王妃様は、確か純血の幻獣……そのお兄さん……って事はーーー!
「邪竜の邪気と瘴気が消えていく。……浄化の雨だ」
「……町全体に及んでいた瘴気が瞬く間に……。……ありがたいですね……」
「……ホンットに過保護……俺は大丈夫だったのに……」
「は?」
「ううん、なんでもない」
「……終わったのね……」
「………………うん、終わったね」
ほう、と溜息が出た。
禍々しい空気が雨で洗い流されていく。
淀んでいた空気も、空間すらも直して雨は止んだ。
晴れ晴れとした夜が……そこには広がっている。
東の空が赤らんできて、それはなんとも長く、恐ろしい夜の終わりを告げているようだった。
…………………………え、朝?
「うそ……徹夜?」
「……ああ、やっと来た。……まあ、あの瘴気では降りられないですよね……」
「おーい!」
天空騎士隊の先行隊が到着し、ユフィとエルフィは王都の病院へと運ばれる事になった。
空間の淀みは雨が消してくれたようだが、念のため転移魔法は避ける事にしたのだ。
まあ、安全が確認されてからじゃないと空間系は怖いものね。
二人に付き添ってカノトさんが一緒に行くと言ったけど、天空騎士隊のドラゴンたちにも一応重量規制ってもんがあるのでお断りされた。
というわけで、私たちも町の外まで徒歩で向かう事になる。
安全第一……仕方ないわ。
「ミスズお嬢様!」
「やあ! ハーディバルくん! ハクラくん! そしてティルくんもお疲れ様だ!」
「…………」
「……なんだろう、ランスロット団長を見たらドッと疲れが……」
町の入り口まで来ると、騎馬騎士隊と数人の魔法騎士、ランスロット団長、そしてマーファリーが居た。
私たちの姿を見るとマーファリーが駆け寄って来てくれる。
うわぁ、な、泣いて……。
「ご無事ですかー! すみませんすみません! ほ、本当はわたしもミスズお嬢様を助けに行きたかったんですけどハーディバル先生にランスロット団長たちを待っていて状況を説明してくれって言われてーー!」
「うん! うん! 分かってる! 大丈夫だったから落ち着いて!」
「お怪我は!? お怪我はありませんか!? ああ! せっかく整えた御髪やお化粧がボロボロ!」
「怪我の次に気にするのがそこ!?」
私の手の中のドラゴンにはまさかのノータッチ!?
さすがマーファリーだわ……。
「ナージャ! あなたも無事だったのね! 良かった!」
「……マーファリーさん……」
こんなにテンションの高いマーファリーはお祭りやお化粧の話をする時以外で初めて見たかも。
ランスロット団長とハクラとハーディバルは状況の確認とか、小難しい話をしてるわね。
カノトさん……心ここに在らずって感じ。
そして……マーファリーの手によって即座に整えられる私の髪。
こんな時でもなんてぶれないの……マーファリー。
メイドの鑑だわ、あなた……。
「分かった、後は私が引き継ごう! ハーディバルくんは彼女たちを家まで送ってくれたまえ! 後で色々聞く事になるとは思うが!」
「僕よりハクラの方が適任です。僕も調査に加わるです。一応隊長ですから」
「む、そうか? ではハクラくん! 構わんかね!」
「うん、いいよ。さすがに疲れたしねー、俺も」
「あの、僕はユフィ、……ユスフィーナ様やエルファリーフ嬢のところへ向かいたいのですが」
「うむ! 構わんよ! えーと病院はどこになったのかな?」
「国立王都第一病院ですね」
カノトさんはユフィたちのところへ行く!?
それなら、私も!
「私もユフィたちのところへ行くわ!」
「ワタシも!」
「んん!? ……そうかね? 私は構わないが……ただ、アナスタシア・クレパスくん! 君は我々に協力してくれるかな! 一応、君は関係者の扱いだからな!」
「! ……あ、そ、そうですね。はい、ワタシに分かる事なら」
……そうか、ナージャ……ううん、アナスタシアはクレイドルやターバストの家族……関係者、か。
腕を組んだハーディバルが少し不服そうに「いや、普通に拘束しやがれです」とランスロット団長に進言している。
安定の鬼!
でもランスロット団長は相変わらずの笑顔で「はっはっはっ!」と笑って誤魔化した。
「ワタシはそれでも構いません。お嬢様やユスフィーナ様を騙していたのは事実ですから……」
「うむ! その辺りも後で詳しく聞く事になるだろう! だが、今の今までハーディバルくんは君を拘束していないしな!」
「!」
あれ、そういえば……。
「やかましい。声量下げやがれです」
「はっはっはっ! ハーディバルくんは相変わらずツンデレ……!」
ゴッ!
ランスロット団長の膝裏をハーディバルが蹴りつける。
かくん、と仰け反るがランスロット団長はそのまま笑い続けた。
どんな身体能力よこの人……! 怖!
「なんにしても今回の件は大事件の部類だ! ミスズくんやマーファリーくんにも後で話を伺う事になるだろう! 協力、お願いするぞ!」
「あ、は、はい!」
「分かっております」
「では一度皆、病院で検査をしてもらって、ゆっくり休まれるといい! さあ! 我々は仕事だぞ! 諸君!! 張り切って行こう!」
おー、とやる気の感じられない騎馬騎士隊の声。
あ、いや、きっとランスロット団長の声が元気すぎるのね。








